【閑話】いつかの世界どこかの未来(前編)

(時系列的には第1章15話の直後のお話になります。)





 氷の棺と共に、僚は龍脈へと消えてゆく。


「……僚……」


 パティーユの手から、僚の心臓を貫いた剣が離れ、乾いた金属音を響かせた。


「う……うっ……」


 焦点の定まらない目で僚の消えた龍穴の光を見つめ、パティーユは膝から崩れ落ちる。


「あ、あ、り、りょう……りょう……」


 震える両手をじっと見つめる。そこにはまだ僚の背を刺した感触がはっきりと残っていた。初めて愛した人を、この手で殺した、その感触が。


「うわああああああああああ!」


 パティーユは叫びとも悲鳴とも思える声をあげて泣きじゃくった。


 殺した。殺した、ころした、ころしたころしたころしたころした!


 なのに!! 


「なぜ私が生きているのっ?」


 とめどなく流れ落ちる涙を拭う事もせず、顔をあげ立ち上がったパティーユは、まるで引き寄せられるように、ふらふらとした足取りで龍穴へ歩を進める。


「りょう……」


 龍穴から立ち昇る光を、一心に見つめるパティーユの瞳には、もう世界の何も映ってはいなかった。


「いけません! 殿下っ!!」


 龍穴に飛び込もうとしたパティーユを、その寸前でレスターの腕が掴んで止めた。


「は、離してっレスター! 離しなさいっっ」


 何とか振りほどこうとパティーユは必死に抵抗するが、レスターにがっしりと抱き抱えられ徐々に龍穴から引き離されてゆく。


「殿下っお気を確かに! 使命をお忘れですかっ」


 だがパティーユの耳には、もはやレスターの声など届かない。


「お願い離して! 離せっ!!離せえええええ!!!」


 使命も目的も王女としての誇りもかなぐり捨て、ただひたすらに死を願うパティーユの顔には、鬼気迫る表情が浮かび、いつもの優雅さや威厳は微塵も残っていなかった。


「殿下っ、お許しを!」


 走り寄ったエマーシュが、パティーユの額に手をかざし、素早く睡眠の呪文を唱える。


「やめ……死なせ……て……」


 糸の切れた繰り人形のように、パティーユはがくりと崩れ、深い眠りへと落ちていった。


「殿下が、此処まで取り乱されるとは……やはり、どんなに恨まれようと、私がこの役目を負うべきだった……」


 レスターは眠ったパティーユをそっと床に寝かし、後悔の滲んだ表情で呟いた。


「いいえ……それは、殿下自身がお許しになりませんでした。殿下は、お一人で全ての罪を背負うおつもりです」


 レスターを見下ろし、エマーシュが目を閉じて首を振った。


「ああ、だがそのような事、殿下お1人に押し付ける訳にはいかん」


「ええ。我々も、殿下とともに……」


 レスターとエマーシュがお互いに頷き合う。


 エマーシュはパティーユの横に膝をつき、懐から装飾の施された金の腕輪を取り出した。美しく刻まれた紋様は、一見するとただの飾り彫りのように見えるが、実際は巧に構築された魔術式であった。


「それが……」


「はい」


 レスターの短い問いに一言で答えたエマーシュは、眠るパティーユの左腕を取りその腕輪を装着すると、自分の右手を腕輪にかざし魔術を完成させる為の呪文を唱える。封印系の魔術具の一種で、闇魔法と組み合わせる事により、任意の事項についての記述や発言、伝達と言った表現を規制する。


「いっそ、忘れてしまう事が出来れば……」


 永遠に続くかとも思える長い詠唱が終わり腕輪が輝いた後、レスターが誰に言うともなしに呟いた。それは、パティーユの事を思っての言葉だったが、エマーシュは静かに首を振った。人の記憶を消したり改ざんする魔法は存在しない。もしあったとすれば、エマーシュは迷いなくパティーユの為に使っていたかもしれない。だが……。


「それは、あまりに哀しすぎます……。誰も報われる事はないでしょう」


「報われる、か……。我々の勝手で命を奪われた明日見殿に、果たして報われる時が来るのだろうか……」


 レスターは龍穴の光を眺め、自嘲的な笑みを浮かべた。


 この事を、記録からは消したとしても、記憶から消し去ってはならないのだ。大災厄を乗り越えるまでは浅ましくとも罪を背負い生き、そしてそののち罰を受ける。


「全てが終わったら……三人で明日見様のところへ謝りに行きましょう」


「そうだな、許されるとは思えんが、それがいい。それまでは、何としても生き抜いてこの世界の為、殿下にお仕えしよう」


「はい」


 エマーシュは力強く頷いた。


「……いい少年だった……本気で娘の婿に欲しいと思ったよ」


「それは……殿下がお許しになりませんよ」


 見つめ合って微笑む二人の目には、薄っすらと涙が滲んでいた。


「では。後は手はず通りに」


「ええ。我々は悪役に徹しなければなりませんね」


 レスターとエマーシュはゆっくりと立ち上がった。


「望むところだ……。未来の為、そして我々の都合で巻き込んだ彼ら四人を無事に返す為に……」


 エマーシュは手にした杖を頭上にかざした。


◇◇◇◇◇


「あ……」


 先に儀式を終え、別棟の部屋で待機していた直斗たち4人の身体が一瞬輝いた。


「なんだ?……今までにないくらい、力が湧いて来るっていうか……」


「ねえねえっ、これっ、ステータスビュワーじゃないの?」


 有希が少し興奮気味に声をあげた。



“ 日向 直斗 ”


 称号 勇者 世界に勇気を与える者 魔法剣士

 年齢 18歳

 魔力 1725

 魔力量 5008

 固有スキル バーニング:味方の全ステータスを一定時間5~10倍に上げる

 スキル 

 魔法:火、水、風、土、雷、無、空間、光

 属性攻撃:火、水、風、雷、光

 剣術、槍術、聖剣技

 身体能力補正

 アビリティ:魔力、覇力、理力



“ 高科 有希 ”


 称号 従士 勇者と共に在る者 闘士

 年齢 18歳

 魔力 1012

 魔力量 3160

 固有スキル バースト:敵一体の魔法効果を無効化

 スキル 

 属性攻撃:火、風、土

 拳闘術、棒術、鏢術

 身体能力補正

 アビリティ: 魔力、覇力



“ 穂積 恵梨香 “


 称号 従士 勇者と共に在る者 弓術士

 年齢 17歳

 魔力 1207

 魔力量 3150

 固有スキル バスター : 敵一体の攻撃力、防御力を下げる

 スキル

 属性攻撃 : 風、水、火

 弓術、短剣術

 アビリティ:魔力、覇力



“ 葉月 ほのか “


 称号 従士 勇者と共に在る者 魔導士

 年齢 18歳

 魔力 2070

 魔力量 6111

 固有スキル バリア 任意の味方に一定時間、物理・魔法による攻撃を完全に無効化する障壁を展開する

 スキル

 魔法:火、水、風、土、雷、無、空間

 身体能力補正

 アビリティ:魔力、理力



「本当ですね……制限が解除されています」


「って事は、僚くんも無事に終わったんだね」


 四人ともそれぞれのステータスビュワーを確認して、ようやくそれまでの緊張を解き笑顔になった。


「……これで、明日見も……」


 直斗が握った自分の拳を見つめて呟いた。


「ねえ、スキル使えるようになったら、僚君ってば直斗より強くなるんじゃない?」


 有希がいたずらっぽく笑った。


「俺だって負けないさ」


 直斗は咄嗟にそう答えたが、勝ち負けではない事を理解していた。


「ちょっと直斗、なにニヤニヤしてんの? キモいっ」


「きっと明日見さんの事が、自分の事のように嬉しいんですね」


 からかうような有希の言葉に、恵梨香がフォローする。


「男の友情ってかんじ? 直斗くんらしいねぇ」


 ほのかが改めて確認するように微笑んだ。


「……うるさいなあ……」


 そうなのだが、幼馴染とはいえ三人の女子に言われると、少し気恥しい。


「照れるな照れるなっ」


 有希はくいくいっと直斗に肘を押し付けた。


 その時。


 激しく建物を揺らす衝撃とともに、耳をつんざく爆音が響いた。


「何だっ!」


 直斗はソファーから立ち上がり、立てかけていた剣を手にとる。


「今の音、龍穴の間のある建物の方から聞こえました」


 恵梨香もそれに倣い、即座に弓をとって立ち上がる。


「び、びっくりした」


「心臓止まるかと思っちゃったぁ」


 少し遅れた有希とほのかが、目を丸くして胸を抑える。


「とにかく、行ってみよう!」


 直斗を先頭に四人は部屋を飛び出していった。


 外に出た直斗たちの目に映ったのは、もうもうと土煙をあげ無残にも半壊した建物だった。


「大丈夫ですかっ、何があったんですか!」


 直斗は建物の外で蹲って咳き込む侍女の一人に尋ねた。


「ゆ、勇者様……ごほっ、それが、突然龍穴の間から……ごほっごほっ」


「くそっ、明日見!!」


 直斗は躊躇せず建物の中へ飛び込んだ。何か良くない事が起こったのは明らかだった。


「あ、待ってよ直斗っ」


 有希たちも後に続く。


「これ、まさか……」


 ほのかは抑えられない胸騒ぎをおぼえた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る