第68話 対決! シリューVSランドルフ
シリューは振り向きざまに左の剣を抜き、迫る斬撃を切り払った。
「そうか……お前いたんだっけ……」
忘れていたわけではないが、全く意識していなかった。
「まさか、モノケロースを1人で倒すヤツがいるとはな……。けどな、俺は獣みてえにはいかねえぞ……」
ランドルフはロングソードを正眼に構え、余裕の表情で笑う。
「ま、やってみればわかるさっ」
一瞬で間合いを詰め、シリューは右手に持った剣で斬りかかる。
ランドルフは僅かに構えをずらし、容易く受け止める。
シリューは素早く右に回り込み、横薙ぎに振るう。一歩下がり躱したランドルフが、袈裟懸けに斬りつけるのを、シリューは頭上に掲げた剣で受け、身体を反転させながら、下から斬り上げる。
それを、剣のはらで受け流し、ランドルフがシリューの首を目掛け突きを放つ。
「くっ」
シリューは後ろに転がり辛うじて突きから逃れ、更に大きく跳躍し一旦間合いを取る。
スピードもパワーも、明らかにシリューの方が上だ。なのに全く攻撃が当たらない。
「スピードはたいしたモンだが……剣に関しちゃあど素人……それにお前、人を殺した事がねえな?」
質問とも独り言ともとれるランドルフの言葉だったが、シリューはあえて無言で返した。そもそも剣術スキルも無いうえに、剣を習ったのは数週間程度の素人もいいところだ。それに、ただの高校生が人を殺した経験などある筈がない。
だが確かに、魔物を相手にしたときと違い、ランドルフに向けた剣を思い切り振り抜く事は出来なかった。
悪党とは言え、人を殺す行為を素直に受け入れられない。たとえそれが、この異世界において異質なものであったとしても。そして、甘い考えだとしても。
殺さなければ殺される、ならばそんな次元を突き抜けた強さを身に付ければいい。
それに……。
「お前達を此処で殺すつもりはないよ……。闘って死ぬ栄誉より、惨めったらしく処刑される方がお前らにはお似合いだからな」
シリューはランドルフに鋭い視線を向け、右手に持った剣を左の逆手に持ちかえる。利き腕の右を空け、剣は防御に専念するためだ。
「……言ってくれるな、出来るモンならやってみな?」
ランドルフはニヤリと笑った後、脇にへたりこむクロエに何か目配せをした。
「じゃあ遠慮なく。ショートスタンっ」
あざといやり方だが、シリューはいきなり3発のショートスタンを撃った。予兆の殆どない麻痺放電ショートスタンを躱す事はほぼ不可能。3筋の放電がランドルフを直撃する。
「無駄だぜ? モノケロースやグロムレパードを使ってるんだ、耐電撃系の装備は揃えてある。やるならさっきの炎か、おかしなマジックアローにしとけ」
ランドルフは剣を上段に構える。
「どっちにしろ無駄だがなっ。くらえ!
三日月状の斬撃が2つ、地面を抉りながらシリューに迫る。だが、その2つの三日月はシリューの前で交差し、大きく空中に舞い後ろへ逸れていった。
「ありゃ、外しちまった。まあいいこれでどうだ!
咲き乱れる風の刃が、シリューを切り裂かんと襲来する。
「もう一丁!」
更に数を増し、躱す隙間もない。
「お前こそ、無駄だよ。ホーミングアロー!!!」
逸れる軌道のものは無視し、シリューに迫る風刃をストライク・アイで捉え、悉く迎撃する。
「かかったな」
ランドルフの目が鋭く光る。
最初に放った2つの翔破刃が弧を描き、シリューの背後を襲う。外したのではなく、これがランドルフの狙いだったのだ。
「軌道を曲げるのは、お前だけじゃねえんだよ」
が、斬撃がシリューの背中をとらえるかに見えた直前、2発のホーミングアローが飛来しこれを粉砕した。
「言ったろ、無駄だって……。お前のターンは、終わりだ」
「ちっ、本物のバケモノかっ。クロエっ!」
ランドルフの合図を受けたクロエは、手にもった魔道具のスイッチを押した。
その瞬間、洞窟内の全ての明かりが消え、目の前に差し出した指さえ見えない程の暗闇に包まれる。
ランドルフは懐から暗視用の魔道具ゴーグルを取り出し素早く掛けると、音もなく、風のようなスピードでシリューに近づく。
暗視ゴーグルを通して見えるシリューは、気付く事なく突っ立ったまま動く気配もない。
“ もらった ”
ランドルフがシリュー心臓を狙い、剣を突き出した刹那。
ドォォォォォン!!
衝撃音が洞窟中に響いた。
「お頭! あははは、終わりよガキどもっ」
暗闇のなか近づいて来る足音に、ランドルフの勝利を確信したクロエが笑いながら立ち上がり、魔道具のスイッチを押した。
洞窟に再び明かりが灯る。
「誰が終わりだって?」
だがそこにあったのはランドルフの姿ではなく、涼し気な笑みを浮かべた、シリューの姿だった。
「な、な……ぜ……」
クロエは目を見開いて声を絞り出す。
「俺も見えるんだよ、暗闇だろうとね」
あの瞬間。シリューは左手の剣でランドルフの突きを逸らし、右の拳を脇腹に叩きこんだ。
「お頭、は……」
シリューが指さした方に目を向けると、壁に叩きつけられ気を失ったランドルフが横たわっていた。
「ひっ」
「これで本当にお前だけだ……」
シリューは剣を鞘に納める。
「シリューにいちゃん! こいつだよっ。こいつがっ、ミリアムねえちゃんをこんなに、こんなに……」
ダドリーが泣きながらクロエを指さす。
「……そうか……」
ぷちっ、と糸が切れるような音がシリューの耳に聞こえた気がした。
「ま、待って。私はお、脅されてっ、そうよっこいつらに脅されて仕方なく……」
シリューは最後まで聞かず、クロエの左頬を殴った。
「ぶほっ」
倒れたクロエの髪を掴み引き起こす。
「まって、ホントに……」
「そうか、気の毒にな、俺には関係無いけど」
そう言って今度はクロエの鼻を小突く。
「かぺっ」
鼻が折れ、涙と鼻血を垂れ流すクロエが、震えながらミリアムを指さす。
「まって、見逃してくれたら……その娘の首輪の解除方法を教える……でなきゃ、一生そのままよ……」
シリューは訝し気な表情でミリアムを見た。
ミリアムが腫れた目を伏せ、申し訳なさそうに小さく頷く。どうやらそういうアイテムのようだ。
「ミリアム、こっちに」
優しく、いたわるような声。
「あ、はい……」
シリューは右手をのばし、ミリアムの首筋にそっと触れた。
「あ、ん」
その手の温かさにミリアムは思わず声を漏らす。
そして数秒。
【解析を完了しました。封じの首輪の術式を解読しました。封印を解除しますか? YES/NO】
「当然YESだ、2度と使えないようにしろ」
【封印を解除、不再用の処理を施します】
次の瞬間、ミリアムの力を封じていた首輪が甲高い音と共に、バラバラに弾けた。
「え?」
ミリアムは驚いた顔で自分の首に触れる。解除術も使わず封じの首輪を無効化するなど聞いた事もない。先程から驚かされてばかりで、気が遠くなりそうだった。
「な、なんで……」
驚いたのはミリアムだけではなかった。クロエの驚きはミリアム以上だろう。なにせ自分の進退が掛かっていたのだ。
「さ、これでお前の利用価値は無くなったな?」
シリューは冷たい微笑みを浮かべ、クロエの髪を掴んだまま裏拳を入れる。
「ぶがっ」
折れた前歯がクロエの口から落ちる。
「ああ、悪い。価値はあったわ。人の顔がどれだけ腫れるのか、実験台としてな」
振り上げた拳を、ミリアムの手がそっと包んだ。
「ミリアム……まだ……」
ミリアムはゆっくりと首を振った。
シリューは頷いて掴んだクロエの髪を放した。もう十分だ、という事なのか、自分を傷つけた相手にどこまでもお人好しの少女だ。と、シリューは思ったのだが。
ミリアムはよろけて後ずさったクロエにつかつかと歩み寄り。
「これは、怖い思いをした子供たちの分です」
立て続けに4発殴った。
あっけにとられるシリューをよそに、更に4発。
「これは、子供を攫われた親御さんの分」
クロエは血と折れた歯を吹きながら倒れて、シリューの目の前へ転がった。
ミリアムは蹲るクロエをはさみ、シリューの向いに立つ。一度目を閉じゆっくりと開く。
「そしてこれは……私からの、お礼ですっっっ」
クロエの腹を掬うように、高く頭上まで蹴り上げた。
どさり、と落ちたクロエは無様に口を開き、ぴくぴくと痙攣している。
「垂らすのは涎だけにしてくださいね。下は掃除が面倒ですから」
ミリアムは大きく息を吐き、ゆっくりと脚を下ろす。
「……あ……」
クロエは生きているが、シリューの心臓と呼吸は止まりそうだった。
なにせ、ミリアムはクロエに蹴りを放ったのだ。シリューの目の前で。
以前と同じ黒の法衣で。
以前と同じ、見事な蹴りを。
以前と一つだけ違うのは……今、そこに、無かったのだ……。ソレは今、シリューのポケットの中。
「あの……シリューさん?」
ミリアムは硬直したまま動かないシリューに首を傾げた。
「ナ、ナンデモ、ア・リ・マ・セ・ン……」
この事は、一生胸にしまって墓場まで持って行こう。
シリューはそう固く誓った。
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