第42話 ごめんなさいっ!
それから、小一時間……。
「……随分歩いたな……」
「そうですねぇ、ダイエットには丁度いいって感じですねぇ」
この世界にダイエットという概念があるのか疑問だったが、おそらく最もニュアンスの近い言葉に訳されて聞こえているのだろう。
そもそも、シリューはそんな意味で言った訳では無かったが。
「俺は別に、ダイエットとかしてないんだけど……」
「あ、白い鳩」
「おい……」
「今日は絶好のお散歩日よりですねぇ」
「……おい」
「あ、あの雲、アルミラージみたいですねぇ」
「……誤魔化してるだろ」
少女はぴくんっ、と肩を震わせる。
「な、何の事でしょう?」
図星らしい。少女の顔に引きつった笑みが浮かんでいる。
「……ここ、通るの三度目だぞ」
「え? そ、そ、そうですかぁ……?」
きょろきょろと、挙動不審に辺りを見渡す少女。
どうやら、よく分かっていないらしい。
「任せろって言ったよな……」
「は……い」
「迷ったな……」
「…………」
「迷ったろ」
一瞬少女の動きが止まる。
暫くの沈黙の後……。
「ふえぇぇん、ごめんなさぁいっ。わざとじゃないんですぅ」
手を組み、祈る様なポーズで謝る少女。
「お前っ、方向音痴かっ。何で自信満々に案内するって言った⁉」
シリューの中で、ごく自然に『あんた』から『お前』に降格した。
「だ、だってぇ。お役に立ちたかったんですもん……」
少 女は涙目で訴える。
「立つか! めっちゃ迷惑だわ!」
「な、何とかなるかなぁって、思ったんですぅ」
「お前っ、残念かっ。変態で残念とかもうアレだな、ポンコツだな、紫パンツ残念変態ポンコツ神官娘だな」
「長っっ、さらに長くなったっ⁉」
ぴくぴくと肩が震える度に、少女のメロンな胸がまたしても揺れる。
シリューは大人の対応を心がけようと、何とか冷静さを取り繕う。
「もういい、変態がうつるとイヤだからこれでチャラにする」
「きゅうぅ、あくまでも私、変態扱いなんですね。……ひどいですぅぅ……」
「いや、酷いのはお前だろ。初対面でいきなり蹴り掛かってきたり。アレ喰らってたら普通に死んでるぞ」
人差し指を衝き付け、きっぱりとシリューが言った。
「いやぁ、指ささないでくださぁい……ちゃんと、手加減しましたよぅ……最初は……」
「最初?」
「……お兄さんが綺麗に躱すから、その……段々、本気になるって言うか、熱くなるって言うかぁ、ねっ」
少女はちょこんと首を傾げる。
本来これ程の美少女にそんなポーズをされると、一気に腰くだけになりそうなものだがシリューの反応は違った。
「あ、なんか思い出したら、だんだん腹立ってきた。お前、簀巻きにして河に流してもいい?」
「いっ、いやですよぉっ! どこの誰がいいよ、とか言うんですかぁ。やめてくださいぃぃ」
少女は頭を抱え込んで目を伏せた。
〝さすがに、これだけ言っとけば、もう絡んでこないだろ?〟
シリューは本気で、二度と関わりたくないと思った。
「じゃあもう、これでチャラな。ここからは一人で行くから、お前ももう帰っていいぞ」
「あん、待ってくださいぃ」
少女はうるうるとすがる様な涙を浮かべた瞳で、シリューの服の裾をつまんだ。
「帰り道……わかりませぇん……」
「マジか……」
シリューはがっくりと肩を落とし、大きな溜息を零した。
〝……そういえば……〟
シリューの脳裏に、ふと懐かしい光景が浮かぶ。
〝美亜もかなりの方向音痴だったよな……〟
いつだったか、新しくオープンしたショッピングモールへ、二人で出掛けた事があった。
『最寄りの駅から徒歩十分』
その時、美亜はそう言ったし、確かに広告にもそう書いてあった。
それなのに……。
「美亜、歩いて十分だったよね?」
「そうだよ?」
額に滲ませた汗をハンカチで拭いながら、澄ました顔で答える美亜に、僚は一抹の不安を覚えた。
その心が表情に出たのだろう、美亜は僚を見つめてにっこりと笑った。
「ん? 心配なの僚ちゃん? 大丈夫っ、お姉さんに任せなさいっ」
そして、まるで子供を宥めるような口調で、ぴんっと指を立てる。
「いや、何いきなりお姉さんぶってるんだよ、だいたい一つしか違わないじゃん」
「その一つが大きな差なんだよ、僚ちゃん?」
すたすたと自信ありげに歩いていく美亜の背中に向かい、僚は大きな溜息を零す。
「それじゃあお姉ちゃん……もう二十分は歩いてるんだけど、なんで?」
「え?」
「それにさ、ここ通るの三回目なんだけど、気付いてる?」
「え……」
成績優秀、スポーツ万能、加えて美人でスタイルも抜群と、非常にスペックの高い美亜だったが、とても残念な欠点が一つ。
「美亜ってさ、空間認識能力が高くないよな」
「……僚ちゃん……そこはもうハッキリ方向音痴って言って……」
美亜は素直に迷った事も認めたが、拗ねたように頬を膨らませ、大きな瞳にじんわりと涙を浮かべて、僚と目を合わせようとしなかった。
「……僚ちゃんのいじわるっ」
拗ねた顔もかわいい。と、僚はその時思った。
〝まあ、美亜とコイツじゃ全然違うけど……〟
関わりたくないのは本気だった。ただ、だからといってこのまま置いていくと、小動物を捨てた気分になりそうで、なんとなく後味が悪い。
「全く、何のために来たんだか……。まあいい、とりあえずついて来いよ、紫パンツ残念変態ポンコツ神官娘」
「めっちゃ長いですぅ。もはや早口言葉です……でもありがとうございます、ごめんなさい」
シリューは少女の目の前に、右手の掌を上にして差し出す。
「……ありがとうございます」
少し顔を赤らめ、少女はその手を取った。
……が。
「お前……何してんの?」
「ふぇ?」
少女の手を払って、シリューが眉をひそめる。
「何、手つないでるんだ?」
「ええっ? だって、手……」
「アホかっ、地図だよ地図っ」
少女は左手に持った地図を見つめた。
「……こっちですかぁ……」
壮大な勘違いに、少女の顔が夕日の様に赤く染まる。
「大体何で俺が、見ず知らずの紫パンツ残念変態ポンコツ神官娘と、手をつながなきゃいけないんだ?」
シリューは少女の持つ地図を、むしる様に取り上げた。
「その見ず知らずの女の子に、恥ずかしいあだ名を付けるお兄さんも、どうかと思います……」
「え、何? 一人で帰るの?」
シリューはわざとらしく耳に手を当てて、聞き返した。
「い、いじわるですぅ……。お兄さんいつも女の子に、そんな態度とるんですかぁ?」
言われてみれば、女の子を相手に、此処までの塩対応をした事は無い。
シリューは、少し、ほんの少しだけ、髪の毛の先程度には反省した。
「まあいい、用事が済んだら送ってやるから。ほら行くぞ」
「何がいいのか、分かりませんけど……ありがとうございますぅ……」
それから10分程で、目的の店を見つけた。
地図に書いてある通り、すぐそばにブランコが一つだけの小さな公園がある。
店の構えは『怒りの葡萄』とあまり変わらない様だが、防具屋を示す金属の看板は、ピカピカに磨いてある。
防具屋『赤い河』
ロランの話によると、エルフの女性が経営する、魔力処理に定評のある店だそうだ。
……それにしても……。
「宿が『果てしなき蒼空亭』で、武器屋は『怒りの葡萄』、そして防具屋『赤い河』、か……」
何となく、共通のセンスを感じさせるネーミングに、シリューはくすり、と笑った。
「じゃあ俺はその店で買い物するけど……」
振り返り、後ろをついて来る少女に声を掛ける。
「はい。私、そこの公園で待ってます」
少女は、目と鼻の先ある、小さな公園のベンチを指さした。
「置いてかないでくださいねっ。いざとなったら私……」
上目遣いに、キッとシリューを睨む様に見つめる少女。
「私……?」
思わぬ迫力に、じっと息を呑み次の言葉を待つシリュー。
「……泣きます」
「子供かっ!!!」
これだけ残念でポンコツで変態な娘が、よく今まで無事やって来られたものだ。
ある意味、奇跡かもしれない。
「これはあれだな、野生の世界で、アルビノが生き残れる確率位低いな……」
「え? なんですか?」
「こっちの話。いいから待ってろ、心配しなくても置いていかないから」
ポンコツとは言え、一応女の子だ。最低限の、本当に最低限の優しさ位は示してやる必要があるだろう。あくまでも最低限の。
「はい、ちゃんと見張ってますからね」
少女はそう釘を刺し、公園のベンチに歩いて行った。
「見張るって……ま、いっか」
何となくそう呟いてシリューは店のドアを開けた。
「いらっしゃい」
艶っぽい女性の声がシリューを出迎えた。
「何かご入用かしら?」
右手を顔の横で掌を上に向け、優雅に身体をくねらせるポーズで、カウンターの前に立った女性。
プラチナブロンドの髪の両脇から、エルフの特徴である、尖った耳が覗いている。
にっこりと妖艶な笑みを浮かべる女性の姿に、思わすシリューは目を奪われる。
初めて見た。
「……ビキニ・アーマー? ですか……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます