第43話 説明……してもらえます?

 防具屋『赤い河』の女主人、エルフのベアトリスが身に着けていたのは、紛れも無い所謂ビキニアーマーだった。


 デコルテラインを美しく見せるようなネックラインに、バスト全体を包むオパール型カップの、現代のスポーツブラに似た黒いアンダーウェアを着用し、その上に、バストの形に合わせたメタリックなビキニトップとショルダーアーマー。


 下は、メタルプレートを縫い込んだ水着の様な黒のショーツに、トップと同じ素材のベルトと、ベルトの側面にプレートアーマーが装着されている。


 美しいメタリックブルーのカラーで統一されたビキニアーマーは、身に着けているベアトリスの肢体を、より一層引き立てていた。


 ただ……。


「防御力あるのかなこれ……。それに、なんで防具屋さんがビキニアーマー?」


「あら? いきなり質問?」


 心の呟きの筈が、どうやら声に出していた様だ。


「そうね、防御力は殆どないわ。それと、単に私の趣味よ。実戦には向かないけど、夜にでも彼女に着せてみて? 破壊力は……想像にお任せするわ」


 エロエルフだった。


 防御力が無いのに破壊力があるって、どんな防具だよっ、と、シリューは思わずツッコミたくなった。


〝ロランさんっ、大丈夫なんでしょうねっっっ!?〟


 どう考えても、の危ない店にしか思えない。


「……あの、ロランさんに聞いたんですけど……此処って防具屋ですよね……いかがわしい店とかじゃないですよね?」


 ベアトリスは大きく目を見開き、何度も瞬きをした。


「何か……いきなり随分な発言だけど……。大丈夫、うちは防具屋で、私はこの店のオーナーのベアトリスよ。安心して、ボ・ウ・ヤ」


 ベアトリスは口元で掌を上に向け、ふっ、と蝋燭の火を消す様に息を吐いた。


 全く安心できる要素がない。


「で、どんな防具が欲しいの? 鎧系もローブ系もそれなりに揃ってるわ。お金さえ出してくれれば、オリジナルの制作も相談に乗るわよ」


「……オリジナル……」


 武器については、比較的早くイメージできたのだが、防具については全くイメージが湧かなかった。


 魔法主体の戦闘スタイルと言っても、多彩な魔法が使える訳ではない。


 剣士と言う程剣が使える訳でもない。


 答えは出なかったので、直接防具屋で相談してみる事にしたのだ。


「……なるほど。要約すると魔法で牽制しながら、間合いの外から素早く近づき止めを刺すってトコね」


 シリューの分かりづらい説明にも、ベアトリスは、すぐに納得してくれた。


「これなんかどうかしら?」


 ぽんっ、と、自分の身に着けた、ビキニアーマーのブラを叩くベアトリス。


「……いや……俺男ですよ。それにさっき防御力無いって言ったじゃないですか……」


「いやぁねぇ、ブラじゃなくて素材のコトよ」


 ベアトリスは、腰のベルトと側面のプレートアーマーを外した。


「ちょっ、な、何をっ?」


 プレートアーマーを外してしまうと、下半身にはプレートを縫い込んだ、面積の小さな黒いビキニショーツだけ。


 プールや海なら何と言う事も無いが、防具の並んだ店の中では刺激が強すぎる。


 眼福であっても、青少年には目の毒だ。


「あら、結構ウブなのね、ふふっ」


「あ、あのっ」


 ベアトリスは、外したベルトとプレートアーマーを、シリューの目の前に差し出す。


「冗談よ、ほら、これを」


「えっ?」


 二つを手に取ったシリューは、その軽さに驚いく。


「……これ……金属ですよね?」


「ええ、ルミアル鋼って言ってね、防具専用に開発した新素材なの、凄く軽いでしょう?」


「開発、した?」


 ベアトリスは、腕を組み得意そうに笑った。


「ええ。私も開発者の一人なのよ。それで、自分で作った新素材のビキニアーマーを着て、宣伝してるってわけ」


 シリューには何故、ビキニアーマーが新素材の宣伝になるのか、今一つ理解できなかった。


「さっきも言ったけど、彼女に……」


「それはもういいです!」


「あらそう? でも結構売れてるのよ。買っていくのは男性ばかりだけど」


〝売れてるのか、ビキニアーマー! 確かに、確かにっ、着せてみたいけどっっ〟


 シリューはそこまで想像してはっと我に返る。


〝ごめんなさいいっ…………美亜!〟


「ん? 着せたい娘でもいる? サイズを教えてくれれば……」


「いませんっ! てか、防御力無いって言いましたよね」


「それは、このアーマーがって意味よ。素材自体は鉄より上。柔らかくて武器には向かないけど、軽くて衝撃を吸収するから、刃物や牙、爪に対する防具には最適なの。まあ、欠点もあるんだけどね」


「ひょっとして、圧力に弱い、ですか?」


「あら、よくわかるわねぇ。その通り。柔らかい分、押しつぶしたり引っ張ったりには効果無いのよ」


 柔らかくて、軽くて、衝撃を吸収する。


 しかも、良い所だけではなく、欠点もちゃんと説明してくれた。


「いいですね。そのルミアル鋼で、防具を作ってもらえますか?」


「少し、値段は張るわよ? 先ずは手付金として320ディール、いい?」


「大丈夫です」


 ベアトリスの出した注文書に、シリューが名前を書き込む。


「防具の種類とデザインは任せて貰えるかしら?」


「はい、お任せします」


「了解。じゃあ、五日後に又来て。それまでには仕上げておくわ」


 シリューは軽く頷いた。


「あ、ねえちょっと」


 店を出ようと出入口のドアのノブに手を掛けたシリューを、ベアトリスが思い出した様に呼び止めた。


「気になってたんだけど、君のポケットに隠れてるのって、ピクシーでしょう?」


「え?」


 シリューは咄嗟に、胸のポケットを手で覆った。


「警戒しなくても大丈夫よ、エルフはね、ピクシーの存在を感じる事ができるの。君のポケットから懐かしい魔力を感じたの、もしかして、アストワールのピクシーじゃないかな?」


 ポケットを覆った手を下ろすと、姿消しを解除したヒスイがゆっくりと姿を現し、ポケットから飛び出した。


「ああ、やっぱり。あなた、翠ちゃんでしょう?」


 ヒスイは警戒もなく、ベアトリスの目の前まで飛んで行く。


「……イヴリン……イヴリンなの?」


 じっとベアトリスを見つめていたヒスイが、驚いた様に両手を口に添えた。


「懐かしい名前ね、でも覚えててくれて嬉しいわ」


「二人とも、知り合い?」


 シリューが、ドアにもたれ掛かったまま聞いた。


「はい、なの。イヴリンが小さい頃、ヒスイはよく遊んであげたの、です」


「え? ヒスイが遊んであげたの?」


「そうなの、ヒスイはお姉さんなの、です」


〝まあ、何気に132歳だからな……〟


 シリューはヒスイに解析を掛けた時の、ステータスを思い浮かべた。


「……ヒスイ……? 君、ピクシーに名前を付けたの? ……って、ピクシーの言葉が分かるの?」


 ベアトリスが目を丸く見開いて、シリューを見つめた。


「はい……どっちもそうです」


「何て事! すごいわ! 私は何て運がいいんでしょう!」


 手を組み、ベアトリスが弾ける様な喜びの声を上げた。


「あの、何の話です?」


「あ、いいの、そのうち分かるから」


「え? いや、でも……」


「先のお楽しみよ、今分かったら面白くないでしょう?」


 シリューは眉をひそめた。


 多分面白いのは、ベアトリスだけな様な気がする。


「あ、ところで、ヒスイちゃん? は何でアストワールの森から出たのかしら?」


 唐突に話題を変えるベアトリスだった。


「ヒスイは、アリエル様の為に人を探していたの、そしたら森の扉に巻き込まれて、魔物に飲み込まれて、そしてご主人様に助けて貰ったの」


「ご主人様? 彼?」


 ベアトリスはシリューを横目で見た。


「そうかぁ……、そうなるわよねぇ」


「ヒスイは一生、ご主人様にお仕えするの」


 更に気になるワードが出て来た。


「……アリエル様って誰? ヒスイは誰を探してたの? そうなるって、どうなるの? 一生って、一生? 話が大きくなってない?」


 シリューは力なく二人に近づいた。


「あの、説明してもらっていいかな?」

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