第36話 ナディアのいたずら?

「おいおい、こりゃあマジか……」


 ナディアからの紹介状を読んだワイアットは、驚きの余り、思わず独り言を漏らした。


 五人の野盗達を瞬きの間に倒し、更には、グロムレパード多数を瞬殺。


 しかもそれを、たった一人の少年がやってのけたと言うのだ。


「黒髪の少年って言ったか……」


 ワイアットの頭に、ある疑念が浮かぶ。


 仮に、書いてある事が本当なら、それが出来るのは恐らく只一人。


「確か、エルレイン王国で、に召喚された勇者も黒髪で、同じ位の歳じゃなかったか……」


 だがワイアットは首を振り、その考えを頭の中から振り払った。


「……有り得んな……」


 勇者は今、ソレス地方に複数出現した、B級(災害級)の魔物に対応してる筈だった。


 ここレグノスのあるアルフォロメイ王国からは、エルレイン王国を挟み正反対の位置だ。


 だが、勇者でないとしても、それに匹敵する実力を持っている事になるが、それも怪しい。


 ワイアットは、手紙の最後に書かれた言葉を凝視する。


『追伸。驚く事がありますので、どうかお楽しみに』


 ジョン・ヘンリー・アントワーヌ侯爵とは、彼が爵位を継ぐ前からの友人であり、ワイアットはアントワーヌ家からの指名クエストも、現役当時度々受けていた。


 その頃10歳位だったナディア嬢は、美しく聡明で、随分大人びていた反面、かなりのいたずら好きだった。


「……ナディア嬢の事だ、こりゃなんかオチがあるな……」


 ワイアットは、手紙を元通りたたみ封筒に納めると、口元に笑みを浮かべ、ナディア嬢の用意したオチを確認する為、いそいそと執務室を出ていった。






「それでは、こちらがシリューさんのギルドカードになります」


 レノは学生証程の白いカードと、小さな針をシリューに差し出した。


「……針?」


 シリューは訝し気に、渡された針を取った。


 カードは分かる、が針は何に使うのかよく分からない。


「一滴で構いませんので、カードの裏の四角い枠に、血を垂らして下さい。それによって、シリューさんとカードの関連付け(リンク)が確立します」


「ああ、なるほど……」


 シリューはあれこれ考えず、左の小指に針を刺した。こういう場合、少しでも逡巡したらなかなか刺す事は出来ない。


 そして、言われた通り、カードの四角い枠の中へ一滴、血を落とす。


 すると、カードが明るく輝き、垂らした血が吸い込まれる様に消えてゆく。


 どんな構造になっているのか、シリューが疑問に思う間もなく、数秒程で元に戻り、カードの表には緑のラインが一本描かれていた。


「これでカードのリンクが完了しました。冒険者のクラスとカードについて、簡単に説明しますね」


 ギルドに登録される冒険者は、その実績によって八つのランクに分けられている。


 上から、A〈ゴールド〉、B〈シルバー〉、C〈ブロンズ〉、D〈ブルー〉で、此処までがプロフェッショナルクラスと呼ばれ、都市への出入りは勿論、移動先のギルドに届出さえ出せば、無審査で国境を越える事も出来る。


「更に、Aランク冒険者には、『英雄』の称号と、爵位が授けられます」


 称号や爵位に興味は無いが、国境を自由に越えられるのは魅力的だ。


 レノが続ける。


「プロフェッショナルクラスの下位にアンダープロクラスの緑。その下がノービスクラスになります。此処からは全て、カードの色が白になります」


 E〈緑〉では、都市の出入りはプロフェッショナルクラスと同等だが、国境を越えるには審査が必要となる。


F〈緑ライン三本〉、G〈緑ライン二本〉、H〈緑ライン一本〉は、都市への出入りは一般と同じく審査を受けるか、依頼証明書(クエストプルーフ)を提示する必要があり、国境を越える際は当然、通常の入国審査を受けなければならない。


 やはり、Dランク以上を狙いたい所だが、とりあえずEランク入りを目指すのが良さそうだ。


「尚、Dランク以上の方には、有事の際の非常招集に応じる義務が発生します。これは、特に理由が無い場合拒否は出来ません」


 権利があれば義務がある、と言う事だ。


「シリューさんは新規登録ですので、Hランクからになりますね。ランクが低いうちは、受けられるクエストも限られてきますので、注意してください」


 レノはカウンターの上に、そっと冊子を置いた。表紙には『ガイドライン』の文字。


「詳しくは、このガイドラインに記載されています。説明しましょうか?」


 シリューはガイドラインを手に取り、パラパラと流し読みをする。


『指名クエストを受けられるのはEランクから』


『一度に受けられるクエストは三件までに限る』


『三名以上でクランを創設出来る。但し上限は十二名までとする』


『クエストはギルドとの直接契約とする。どのような場合においても、下請け行為は認めない』


 特に目に付いたのは、その四点だった。


 なるほど……。


 一つのクランに力が集中するのを防ぎ、また、全ての冒険者をギルドがコントロール出来る様に、効率よく考えられたシステムだ。


「……いえ、これを読んでおきますので、大丈夫です。ああ、それと……」


「はい、何でしょう」


「幾つか魔物の素材を持ってるんですけど、買い取って貰えますか?」


 レノは立ち上がり、隣のカウンターに手を向ける。


「買い取りなら、こちらのカウンターで承ります。どうぞ」


「あ、いや。物が大きいのでここではちょっと……」


 さすがに、カウンターの上にグロムレパードの死体を出す訳にもいかない。


「それなら、裏の倉庫を使うといい」


 カウンターの奥の扉を開け、背の高い中年の男が入って来た。


 がっしりした体格、目尻のしわに無精ひげ。


 左奥にあるサルーンの雰囲気もあいまって、いかにもテンガロンハットとガンベルトの似合いそうな男だ。と、シリューは思った。


「お前さんが、シリュー・アスカだな。ナディア嬢の紹介状は読ませて貰ったぜ」


「そうですけど……あなたは?」


 ワイアットは少し慌てた様子で、咥えた葉巻を右手に取った。


「おお、すまんな。俺はこのギルドの支部長のワイアットだ。よろしくな新人さん」


「ぷっ」


 ちょっと吹いた。


 シリューはすかさず、口元を手で覆う。


〝まんまじゃないか……〟


「ん? どうした?」


 ワイアットは訝し気にシリューを見る。


「あ、いえ……ところでワイアットさん。バージルとモーガンっていう兄弟はいますか?」


 思わず口にしてしまった。


 馬鹿な質問だが、聞かずにいられなかったのだ。


「質問の趣旨が良く分からんが……、妹が一人いるだけだな……っておいっ、何でそんなあからさまにがっかりしてんだっ?」


「いえ、こちらの話ですので、気にしないで下さい」


「いや気になるわっ」


 流石、あのナディア嬢が紹介状をよこすだけの事はある。


 これは余程のオチが準備されてるな、とワイアットは心の中で笑った。


「まあいい。じゃあ倉庫に案内するから、付いてきな」


 確かにこの後、ワイアットはそのオチに驚く事になる。

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