第35話 冒険者登録します
スイングドアを抜けると、正面にハイカウンターがあり、受付の女性三人がそれぞれ、立ったままの冒険者たちの相手をしていた。
右端に一つだけローカウンターがあり、おそらくそこが強面の大男の教えてくれた登録の受付だろう。
入口から左奥には受付とは別に、後ろにグラスや酒瓶の並んだカウンターがあり、幾つかの丸テーブルでは冒険者のグループが談笑している。
まるで若かりし日のイーストウッドが、葉巻を咥えてポーカーに興じている、そんな、古い西部劇のサルーンそのままの雰囲気を醸し出していた。
シリューは誰もいないローカウンターへ進み、銀色の卓上ベルを鳴らす。
間を置かず、奥のドアから出て来た若い女性が、ローカウンターの前に立ったシリューを見つけ、いらっしゃいませ、とお辞儀をした。
「冒険者登録ですか?」
少し鼻に掛かった声で、女性が尋ねた。
「はい、そうです」
「では、すぐに手続きしますので、そちらにお掛けください」
女性は掌を見せるように、カウンター越しの椅子を指し示した。
「レグノス冒険者ギルドへようこそ。私は受付を担当します、レノと申します。よろしくおねがいしますね」
レノは、シリューが椅子に掛けたあと、にっこりと微笑んでカウンターの向い側へ着席する。
亜麻色の髪にアンバーの瞳。通称『狼の目』と呼ばれるその瞳の色にふさわしく、レノの頭頂部にはイヌ科の動物に近い形状の耳があった。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
もっとよく見てみたいという欲求を抑え、シリューはレノに倣って頭を下げた。
「早速ですが、お名前を教えていただけますか?」
「シリューです、シリュー・アスカ」
シリューが名乗ると、レノは少し黄色見を帯びた、A4サイズ程の紙をくるりと上下に廻し、カウンターに置く。
「こちらが申込用紙になりますので、必要事項を書き込んでいただけますか。こちらで代筆もできますが……」
レノは気を使う様に、シリューの目をじっと覗き込む。
この世界で高度な教育を受けられるのは、貴族や一部の商人だけであり、一般人の識字率はそれ程高くない。
それは冒険者も同じで、彼らの中にも読み書きのできない者は少なくない。
「いえ、大丈夫です。自分で書けますので」
シリューの言葉に、レノの表情が僅かに曇る。
「申し訳ありません。気を悪くしないでください……必ず聞くようにと、言われているものですから……」
「え?」
シリューは何気なく答えたつもりだったが、不機嫌そうに聞こえたのかも知れない。
「あ、いや、俺の方こそごめんなさい。ちょっとぶっきらぼうでしたね……」
そう言って、涼し気な笑みを浮かべるシリューに、レノは目を丸くして見入ってしまう。
「あ、あの……どうかしました?」
この世界に来てからというもの、何故か美女と接する機会が増えた気がする。
ただ、だからと言って、こうも真っすぐに見つめられると、どうにも落ち着かない。
「失礼しました。受付嬢に、ここまで丁寧な対応をしてくださる人は、初めてだったものですから……」
シリューにしても、常識程度の受け答えしかしていないつもりだったが、それでもこちらの世界では、珍しいようだ。
どうぞ手続きの方を、と促されて、シリューは渡された用紙に目を通す。
名前、年齢、出身地、犯罪歴の有り・無し。
拍子抜けするほど簡素な項目が並ぶ。これでは簡単に偽証出来そうだが、そもそもこの世界には戸籍自体がない。
最後に、戦闘スタイル。
「……うん……魔法と、剣でいいか」
シリューは書き終えた申し込み用紙をレノに渡す。
「では、確認をしますね。お名前はシリュー・アスカさん、17歳、ご出身は……アルヤバーン? あの……申し訳ありません、聞いた事が無いのですが……」
「ああ、ここからずっと東の果てにある、小さな国です。知らないのも無理ないんじゃないかな」
二度目の説明ともなれば、自然と口をついて出て来る。アルヤバーンはアラビア語で日本、嘘をついている訳ではない。
「……それは、随分遠くからいらしたのですね……あと、犯罪歴はなし、戦闘スタイルは魔法と剣、以上で間違いないでしょうか?」
「はい、間違いありません」
「ちなみに、使える魔法の属性をお聞きしてもいいですか?」
レノの使う敬語が少しくだけてきたが、シリューにとってはその位で丁度良かった。
「えっと、無属性に火、あとは土系ですね」
雷や光系は今のところ、メニューに表示されているだけで使った事がないので、今回は伏せておく。
「無属性を含めて3系統ですか……、凄いですね……」
「ああ、でも使えるのは、初級の魔法ばかりですから、大した事は……」
「いえいえ、複数属性を使える事自体が稀なんです。そこは自慢できますよ」
それでは、とレノは立ち上がった。
「この内容で登録を行います。身分を保証するものをお持ちでしたら、確認のためにお預かりしますが?」
「あ、そういえば……」
シリューは、ズボンのポケットに入れた封書を取り出した。
別れ際、ギルドに登録する際に提出する様にと渡された、ナディア本人の書いた紹介状だ。
「これは……」
紹介状を受け取ったレノは、表に描かれている家紋と、裏側の封蝋に捺された印章を何度も交互に確認する。
「……アントワーヌ侯爵家の印章……少々お待ちくださいっ」
レノは大慌てで、奥のドアに入っていった。
「さあて、どうしたもんかな……」
冒険者ギルド、レグノス支部の三階にある執務室で、ワイアットは椅子に背を預け、咥えた葉巻をゆっくりと燻らせた。
五年前に冒険者を引退し、乞われる形でギルドに残ったワイアットは、その二年後にレグノス支部の支部長に就いた。
くすんだ金髪を短く刈上げ、浅黒く日焼けした肌と引き締まった筋肉。無精ひげを生やしてはいるが不潔感は無く、眼光鋭いその碧眼は、まさに歴戦の戦士を彷彿させる。
そのワイアットが、現在頭を悩ませているもの。
半年前、エラールの森に現れた野盗団。
一切の証拠も遺体さえ残さず、まるで煙の様に姿を消す。
レグノス領主の派遣した二度の討伐隊も、討伐依頼を受けた冒険者ギルドのクランも、誰一人帰って来なかった。
唯一分かっているのは、相当数の魔物を使役しているらしいという事だけ。
「……本部に頼んで、Aクラスのクランを派遣して貰うか……」
一人呟きながら、手に持った報告書を机に放り投げた時、部屋のドアをノックする音が響いた。
「ああ、どうぞ。入んな」
ワイアットの掛けた声とほぼ同時にドアが開き、レノが慌てた様子で入って来た。
「支部長っ、これをっ」
レノは右手に持った封筒を差し出す。
「どうした? そんなに慌てて、お前さんらしくも無いぜ」
「とにかく、それを見て下さい!」
ワイアットは封筒を手に取り、家紋と封蝋の印章を確認する。
「ほう……アントワーヌ家の紹介状か……どんな奴がこれを?」
「東方出身で17歳の黒髪の少年です。恐らく貴族ではないかと……アントワーヌ家に確認しますか?」
しばらくその封筒を見つめた後、ワイアットは首を振った。
「いや、必要ない。この印章はナディア嬢の物だ……。いいだろう、その少年とやらにギルドカードを渡してやれ」
「……中身を確認しなくてもいいんですか?」
ワイアットは片方の口角をあげ、ニヤリと笑った。
「目を通しておくから、その間そいつを引き留めといてくれ」
「分かりました」
レノは足早に部屋を出ていく。
「……面白くなりそうだ……」
一人になった執務室で、ワイアットはポケットから取り出したバタフライナイフを使い、封筒の封を切った。
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