第三章 都市レグノス編 邂逅

第33話 紫のパ〇〇? のひと

 アルフォロメイ王国。


 その一都市であるレグノスは、国を分断するかのようにまたがるエラールの森の西側に位置し、北西に広がる穀倉地帯を抜けた先に王都を望む。


 そのため、南やエラールの森の東側から王都を訪れる者たちは、一旦レグノスで荷を解き、身体や馬たちを休める、いわゆる交易の中心としての機能を果たしていた。


 街を行きかう人々は雑多で、人族以外にもドワーフや獣人、時にはエルフ族も目にする事がある。


 規模こそエルレイン王都の半分程だが、人口は比較的多く活気にあふれ、街のあちらこちらに屋台や露店が並び、商人たちの客寄せの声がひっきりなしに響いている。


 石畳の道路には、ところどころ高さにして3mほどの石造りの柱が建ち、先端に摩道具の明かりを取り付けた街灯が設置されていた。


「うーん、文明的には16世紀並みだけど、街灯があるのは19世紀並みだし……ほんと不思議な世界だよなぁ……」


 シリューは、違う時代が入り混じったような街並みを歩きながら、溜息まじりに呟いた。


 加えて布や衣服、特に下着などの製織・縫製技術は、化学繊維が無いだけで、20世紀のものと顕色がないように思える。


「召喚された先代の勇者とかが、関係してるんだろうな……」


 胸のポケットの中では、ヒスイが顔だけをちょこんと出し、先程から落ち着かない様子できょろきょろしている。


「ヒスイはニンゲンの街は初めて?」


「はい、なの。ちょっと怖いけど、珍しいものが沢山あるの、です」


 ヒスイは声を弾ませた。


 やはり、警戒心よりも好奇心の方が勝っているようだ。


「ポケットから出ちゃだめだよ?」


 何となく、魔物に食べられた時の様子が目に浮かび、シリューはヒスイに念を押した。


「ヒスイはご主人様の傍を離れないの、です」


 そんな時だった。


 辺りの喧騒を引き裂く、女性の叫び声が響いた。


「誰かぁ! その男を捕まえてっ、ひったくりだよ!」


 シリューは声のした方に顔を向ける。


 ダガーを手にした男が革製の鞄を脇に抱え、こちらに向かって走ってくる。


 さらにその後ろを、鞄の持ち主であろう老婆が、よろよろと力なく追いかけていた。


「どけぇ、邪魔だ!」


 男はむちゃくちゃにダガーを振り回し、通行人たちを脅している。


 シリューはふっと、向かって来る男の前に立った。


「でめえ、邪魔だぁ!」


 男は右手に持ったダガーを振り下ろしてくる。


 が、圧倒的に遅い。


 シリューは軽々と左に躱し、男の右手首を捻りあげ、手放したダガーを左手で掴む。


 そのまま男の腹を右足で蹴り上げる。もちろん細心の注意を払って。


 そして、男の右手を無造作に振り払うと同時に鞄を奪いとった。


 おおっ、と、いつの間にか出来上がった人垣から声が漏れる。


「て、てめぇ! 返しやがれっ」


 男は、よろめきながら叫んだ。


「ええ?」


 厚かましいにも程がある。


 だがシリューは、一瞬考えた後左手に持ったダガーを掲げた。


「ああ、こっちの事?」


 確かにこのダガーはこの男の物だ。


 そう思った時。


「そこまでです! 観念しなさい!!」


 黒い神官服の少女が人垣から飛出し、スカートの裾を派手に翻し、空気が唸るような敏速の蹴りを放つ。


 シリューに。


「俺っ!???」


 咄嗟に身を屈めて躱したシリューの髪が、僅かに少女の脚に触れて千切れる。


「な、ちょっ?」


 こういう場合、普通髪が抜ける事はあっても、千切れる事はない。


 刃物並に鋭い蹴りという事だろう。覇力を使っているのかもしれない。


「な、躱しましたね。それならっ」


 少女は更に追撃してくる。


 右の回し蹴り。シリューは少女の更に右側に回り込み逸らす。


 直後。


 目標を見失った少女の蹴りが、街灯の柱に直撃し、鈍い音と共に表面を砕く。


「待った待った! なんか勘違いしてるっ」


 あんな蹴りを喰らったら、普通に死ぬ。


 シリューは大声で叫んだ。


「問答無用です! 覚悟しなさいっ」


「ええっ?」


 左の内回し蹴りから、右の横蹴り。少女は止める気配がない。


 しかも、頭ばかりを狙ってくる。狙ってくるので……。


 少女の着ている神官服は、体にぴったりとした黒のワンピース。スカートの裾は踝の上くらいの長さがあり、元の世界でいうチャイナドレスのようなシルエットで、両脇には腰上までの深いスリットが入っている。


 そのスリットを覆うように、二枚の白い飾り布がしつらえられ、激しい動きを阻害せず、普通に歩いたりしても、せいぜいひざ下までしか見えないように出来ていた。

 ……但し、今は。


 、である。


 蹴りを連発してくる上、頭ばかり狙って来る。


 本人は気付いているのかいないのか。


 ガーターで留めたストッキングに包まれた太腿。


 シリューの目に飛び込んでくる、さらにその奥、鮮やかな……。


「紫? ってそんな事考えてる場合じゃなかった!」


 が、強力なスキルを手に入れ、肉体も超強化されたと言っても、そこは健全な高校生。


 チラチラと言うよりモロにさらされる、少し大人びた紫に目を奪われるのは仕方のない事だろう。


 そのせいで、一発の前蹴りが鼻先を掠める。


「っあっぶな!」


 ただ、余りにモロだとありがたみがなくなるのも早い。


 だんだん、この勘違い紫パンツ神官少女に、イライラが募る。


「こぉのっっ!」


 少女の回し蹴りを左手で無造作に掴む。


「へ?」


 いとも簡単に自分の蹴りを止められた少女は、一瞬目を丸くして、呆けた声を漏らす。


 シリューは続けて少女の軸足、つまり左脚を払う。


 右脚をシリューに掴まれたままの少女は、そのまま背中から倒れ込むが、シリューはすかさず自分のつま先を少女の後頭部へと添える。勿論、頭を石畳にぶつけないように。


「ひゃうっ」


 最後に、シリューは右脚で少女の左脚を押さえつける。 


 大胆にスカートが捲れ、しかも恥辱の大股開き。


 女の子を押さえつける方法としてはアレだが、まあ今回は仕方がないか、とシリューは思った。


 さすがに、周りの目に晒されないように配慮はしている、シリューからは丸見えだが。


「おーい、神官さん。ひったくりの犯人逃げるぞ」


 人垣の誰かが声を上げた。


「え……えっ?」


 少女はナイフを振り回し逃げてゆく男と、シリューの顔を交互に見比べる。


「あ、あのぅ……」


 シリューは不機嫌な表情で、逃げる男の方向へ顎をしゃくる。


「……離して頂けると、ありがたいかなぁ、なんて……」


 少女の顔を、冷や汗が一筋。


「まったく……」


 溜息交じりに呟き、シリューは少女の戒めを解く。


「あの、怒ってます? 怒ってますよね?」


 少女は立ち上がりスカートの裾を直しながら、伏し目勝ちにシリューを見つめた。


「いいからっ、追えよ……」


「は、はいっ。ごめんなさい! 後できっとお詫びします! ここで待ってて下さいねっ」


 そう言って、神官の少女は犯人を追い掛け走り去っていった。


 逃げる犯人にショートスタンを撃とうと、ストライクアイを起動させたシリューだったが、撃つ直前で気が変わった。


 精々長い距離を追い掛けてくれれば、その間にこの場から立ち去る事ができる。


 シリューは踵を返して老婆のもとへ歩き、そっと鞄を渡した。


「ありがとう、ありがとう……」


 老婆は何度も何度も頭を下げて、感謝の言葉を口にする。


「今度は気を付けて下さいね」


 涼やかな笑みを向け、その場から早々に立ち去ろうとしたシリューに、露天の店主から声が掛かる。


「よう兄ちゃん、なかなかいい腕してるじゃねえか。ほらっ、これ持って行きな」


 店主はそう言って、店先に並べた果物を一つ投げてよこした。


「どうも、ありがとうございます」


「なあに、いいって事よ。久し振りにいいもん見せて貰ったからな!」


 シリューは果物を受け取り、豪快にわらう店主に軽く会釈して歩き出す。


 振り向いて確認すると、神官の少女はやっと犯人に追い付いたところだった。


 これなら当分こっちには戻って来られないだろう。


 少女は待てと言っていたが、当然待つつもりはなかった。


「あんな、パンツ全開の露出狂な変態娘、関わり合いになりたくないしな」


 シリューは貰った果物を一口齧る。


「ん、甘い……」


 水分が多く、甘みも強い。元の世界の梨に近いだろうか。


「……いいもん?」


 シリューは店主が言った言葉を、思い返した。


「それって、紫……?」


 頭に浮かんだ光景を払うように、シリューは首を振った。


 勿論、店主の言ったのはその事ではない。

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