021 Home Sweet ただいまと言える幸せ
翌朝、目を覚ますとヤミーラビットの外皮が見当たらなかった。ほぼ同時に起きたリーナと共に川で顔を洗って、気分をしゃっきりさせた後に問うてみると、
「多分だけど、夜闇鳥が持っていったんだと思う。生き物の死骸を食べて、大きな鳥に補食される……生命って、繋がっているのね」
リーナがそう答えてくれた。その気付きが得られただけで、きっとジーンさんがリーナも連れて行こうって言った甲斐があるのだろう。そうだ!
「朝ご飯はちょっと任せてよ」
私は足下に魔法力を込めて足場を形成すると、水面に向けて拳を振り下ろした。顔を洗っている時に魚がいるのが見えたから、それを食べようという魂胆だ。水面に奔る衝撃波に魚が飛び跳ね、川から出る。それを薪用に残していた木の枝に刺し、リーナに焼いて貰う。
「ふふ、ライカにしか出来ない漁ね」
「ちょっとした閃きだったけど、巧くいって良かったよ」
鮮度抜群の焼き魚を食べた私たち、はもう一踏ん張りだとお互いに言い聞かせ、エヒュラ村へ向けて歩き出した。
昨日よりも身体は楽で、足取りも軽い。村までもう少しということで精神的にも気楽に歩ける。村の皆が元気かななんていう話をしながら、街道を歩く。すると……。
「え、魔物……。聖印を持っているのにどうして?」
こちらに向かってくる二体の魔物。淡い青の体色をした二足歩行のカエルみたいな魔物。リーナが解説してくれた。
「フロッゲコは雨季が近付くと獰猛になって、見境無く攻撃するの。魔法しかも火属性が利くから、ここは私に任せて」
リーナが素早く短杖を構える。リーナは村の外に出ることが無いと言っていたわりに、ヤミーラビットを遠目から見付けたり、魔物の弱点を把握していたり……やはり狩人の血筋というものなのだろうか。私なんて前回の世界で物理攻撃の利かない敵にどれほど苦戦したことか……。まぁ、光属性の攻撃魔法をあまり修得しなかった私の落ち度なのだけれど。
「ファイアショット!!」
杖の先から炎弾を放つリーナ。そういえばリーナが実戦をしている姿をゆったり見るのは初めてだ。山の主の時は暗かったし忙しなかったから。……あと、普通に指先からも火球を放つことができるのに、杖を使う必要があるんだろうか。ゲームだと魔法力を高めたり、集中力を高めたりする能力がある場合もあるけれど……。
「上がれ!!」
なるほど……。リーナの放った炎弾を、フロッゲコ――フロッグと鳴き声のゲコゲコが由来だとしたら、相当に雑なネーミングだがどうなんだろうか――は飛び跳ねて回避。それに対してリーナは杖を振って炎弾をホーミングさせる。後から操作ができるとしたら、命中精度は抜群に上がるだろう。
「もう一発!!」
杖を横薙ぎに払い、その先端から炎弾を放つリーナ。今度はフロッゲコに直撃する……かと思いきや、口から水を吐いて応戦。すかさずこちらに転がってくるフロッゲコ。流石にそれをただただ見ている私じゃない!
「せい、破!!」
真っ直ぐ突っ込んでくる敵には、側面から攻撃するのが鉄則。側面から掌底を突き込むと、面白いように吹っ飛んでいった。……が、掌に残ったのはちょっとした手応えと、べったりと付着した粘液。これは流石に気持ちが悪い。こういう時に手甲がないと困るなあ。
「後は任せて、手を洗って!!」
運良く石に直撃して立ち上がれずにビチビチしているフロッゲコに、正確無比な炎弾を食らわせるリーナを背に、私は近くの川へ駆けだした。毒があるというわけではないようだが、純粋に気色悪い。
綺麗に洗い流してリーナと合流する。ちょっとした火を出してもらって、手を乾かす。あらかたの水気を飛ばしつつ、ふとカエルが鶏肉に似た味がすることを思い出した。とはいえ……。
「流石にフロッゲコの肉は食べないよね?」
「……最近は食べなくなったらしいけど、今年は麦の収穫量が少ないから……ちょっと、食べるのかもね」
おぉ……。あの粘液はどうするんだろう。乾く様子が想像できないや。
「粘液は保水力がすごいから、普通に感想させようとしても無理なの。一気に火属性の魔法で加熱しなきゃ。今年は忙しくなりそう……。あ、味は特に気にならないけれど少し肉質が硬いかしら」
村に近い場所でも出没するらしいから、今回撃破した二体はそのまま放置ということになった。お昼ご飯にしないのかと聞いたら、お昼にはもう着くらしい。行きの道筋から距離をきちんと覚えているあたり、リーナの頭の良さを感じる。
「おぉ、ほんとだ!! 帰ってきた!!」
リーナの言う通り、体感的に午前十時といった頃合いにはもうエヒュラ村に着いた。帰ってきた、自分で言ってますます実感が湧いた。……エヒュラ村はもう私にとって帰ってくる場所なんだな、と。
「ふふ、お帰りなさい。ライカ」
小走りで私の前に出たリーナが振り返り、笑いかける。
「ただいま、リーナ」
ただいまって言える、当たり前の幸せをかみしめて、私がこの世界に来てから初めての旅が終わった。
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