019 Rain ぬくもり
明るいと思っていたのだけれどなぁ……。
「雨だぁ……」
レゾリックの街を出た時はまだ晴れていたのだけれど、だんだんと雲行きが怪しくなり……ドリュエイ村との中間地点で雨が降り始めた。この世界に来て初めての降雨だ。私とリーナ二人ということで、全力疾走でドリュエイ村まで向かった。
「ちょ、ちょっと待って」
「ん?」
森の中の少しぬかるんだ道を疾駆する私を後ろからリーナが私を呼び止める。あぁ、ここは……。
「手、合せていっていい?」
「……うん。そうしよう」
盗人三人を殺害した場所。私は埋めた場所へ手を合わせ、それを鼻につけた。人を殺すことに慣れた覚えは無い。けれど、割り切ることと忘れることを知ってしまった私をリーナはどう思っているんだろう。わだかまりは解消した気がするけれど、気のせいだったら立ち直れないや。
「納得はしたよ。感謝もしてる」
不意に、リーナがそう呟いた。でもね、と前置きして言葉を続ける。
「私は人を殺したくないし、ライカにも、もう殺して欲しくない。あ、殺したくて殺しているわけじゃないのも分かってるよ? 私が言ってるのは我が儘だし、きれい事だし、それも分かってるよ。ただ……難しいね。エヒュラ村は平和だから」
私だって日本で暮らしていればそんな風に思うだろう。弔い終わった私たちは、呼吸も整ったこともあり、再びドリュエイ村へ向けて駆けだした。
この世界とは違う文明水準で造られたブーツを履いている私と異なり、木枠に皮を張った靴を履くリーナにはダッシュは少し堪えるようで、最終的に私が抱えてダッシュした。温かくて柔らかくて、ちょっとそわそわしてしまった。
「はぁ、はぁ……着いた……」
「ごめんね、ライカ。あまり体力がなくて……」
「いいの、気にしないで」
町長の家に生まれて、体力を要求される場面の方が少ないだろう。にしても……リーナの服がすっかり雨で透けてしまった。ブラジャーなんて文明的なものがない以上、もう、モロだ。旅装束の定番であるマントすら持っていない我々は、人の視線を回避しながら往路でも使った宿屋へ向かった。
「大人二部屋……」
「あ、一部屋で大丈夫です。ほら、早く荷物置いてお風呂行きましょう!」
木製の鍵を貰うや否や、私の手を引いて客室に向かうリーナ。ざっと荷物を置いて、部屋に置かれている着替えと手ぬぐいを持って、フロント横の女湯へ向かう。
旅をする人が多いからか、それともドリュエイ村が温泉地としてブランド化しているのかは分からないけれど、宿のもてなしの丁重さは日本の温泉地に比肩するレベルだと思う。
脱衣所にはけっこうな人数のお客さんがいた。老婆から幼女まで年齢の幅も広い。びしょびしょになってしまった服を脱いで、カゴに入れる。……竹、どこかに生えているのかな。タケノコも食べたい……。あれ、地球にしかないんだよなぁ。
「どうかしたの?」
あ、いっそ聞いてしまおう。
「このカゴって何で出来るの?」
「ハゾルの木の樹皮だと思いますよ。しなやかで水に強い上に、ハゾルの木は樹液も防水塗料になる木なんです」
竹じゃなかったぁあ!! まぁいい。なんか凄い樹木があるということだけ分かった。冷えた上に全裸は素直に寒い。そそくさと大浴場へ向かい、かけ湯をする。
「ふわぁ、生き返るぅ」
「ライカ? 死んでないわよ」
急に言語の加護が弱まったのかな? そういう言い回しがないのかな。宗教観の違いだろうか。お風呂に入って極楽だなんて異世界人は言わないものね。あれはもう確実に仏教の流れを汲む発言だろうし。
私は気にしないでとだけ言って、さっと身体を洗い湯船に浸かった。レゾリックで購入した石けん、持ってくれば良かったなぁ。
「この調子なら明後日にはエヒュラ村に戻れるかな?」
「そうだね。戻ったらお買い物に行きたいわ」
ダッシュしたこともあって大きく距離を縮めることが出来た。ただ、天気が回復しなかった場合はここドリュエイに留まるか、雨具を買って雨天の中エヒュラ村まで歩くかを検討しなければならない。
「天候が良くなればいいのだけれど。この先、旅をするか分からないのに雨具を買うのは何だか気が引けるというか……」
「村ではどうしてるの?」
ゲームやアニメの世界それから前回の異世界ではマントやケープが利用されていた。魔法の繊維で織られたケープは撥水、防火、耐刃と八面六臂の利便性だった。
「村ではそれこそハゾルの樹皮を編んだ笠を使ってますね。休農期にエヒュラとミャルセットの間に広がる林で乾燥したハゾルの木を伐採して、村の人総出で作るんです」
なるほどなぁ。農家さんって休む暇がないんだね。生活に直結してるから仕方ないんだろうけれど……。それともこの世界の人が特別勤勉なのかな。前の世界では召喚された立場で、なかなか庶民の人の暮らしを目の当たりにすることもないまま魔王討伐に旅立っちゃったからなぁ。
世界をもっと見て回りたい気持ちも少しだけある。でもスローライフを送ることが、この世界での目標だし、もう私はエヒュラ村のシスターなのだから。ふらふら出て歩くわけにもいかないのだ。
「そっか。今、エヒュラ村にはシスターがいないんだよね。怪我した人とか、薬が足りなくなっちゃったなんて人がいなければいいのだけれど」
「それも心配ね。……明日、雨が降るようなら素直に雨具を買って帰りを急ぎましょう」
「……うん、そうだね。ミュラとリューンにも会いたくなってきちゃった」
明日の予定を決めた私たちは身体が温まったこともあり、お風呂から上がるのだった。
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