018 settlement 帰路

 山の主を討伐したその日は、宿に帰って服を脱いで土汚れだけぬぐい去って、それから泥のように眠った。

 たっぷり丸一日寝た翌朝、いつぞやのような肌色の光景に目をしばたたかせながら、自分がリーナに抱きしめられていることに気付いた。ほどなくしてリーナも目覚め、二人で朝風呂を浴びることになった。

 気まずさはすっかり霧散していた。

都会だからか分からないけれど、石けんがあり、随分と泡立たないそれをなんとか泡立て、綿布でリーナの背中を流す。一頻り洗うと、浴槽のお湯を木桶で掬い、流す。流石にシャワーまではないらしい。

 リーナと交代して、背中を洗ってもらう。それからしばらく浴槽で疲れを流し、浴室を出ると乾いた綿布できちんと水気を拭い、昨日のうちに洗ってもらった服を着る。

 朝食は分厚く切られた食パンに、葉物野菜のサラダ、スープ、ゆで卵、コーヒー風の飲み物だ。スープには半透明の野菜や人参のようなオレンジ色の野菜、そしてソーセージが入っている。


「ライカ、ひょっとしてこれ、ソーセージ?」

「そうだね。私の分も食べる?」

「いいのですか?」


 代わりにゆで卵を貰う。ここは温泉街だし、温泉玉子と言っても過言ではないだろう。ほのかな塩気を感じながら、朝食をあっという間に平らげる。そう言えば久々の食事だった。身に染みる美味しさだった。


「ごちそうさま」


 この世界風に、組んだ両手を鼻に当てて食事への感謝を伝える。

 一心地ついた後、部屋に戻って書類の切られた下半分を持って冒険者組合の寄合所へ向かう。どれほどの謝礼金がもらえるのか分からないけれど、金属製の農具か調理器具、それか石けんを買って帰りたい。


「よぉ、待ってたぜ」


 寄合所に入るなり、屈強な男達が待ち構えておりリーナはおろか私まで気圧されてしまった。何事かと身構えるが、向こうには一切の敵意はなくただただ私たちをねぎらう言葉をかけるばかりで、驚いてしまった。


「あんた最強だな、拳撃の聖女って感じの活躍ぶりだったぜ?」


 拳撃の聖女か……この肩書きからは逃げられないのかもしれないや。


「ご協力いただき、まことにありがとうございました。あなた方のお陰で討伐に成功したとうかがっております。街を代表して御礼申し上げます。こちらが、報奨金になります。本来ならもう少しお渡ししたいくらいですが、お納めください」

「だ、大銀貨五枚!? じゅ、十分ですよ!」


 リーナの反応から、それが高額という意味で破格だということが伝わる。地方の村とは言え、村長一族の令嬢たるリーナが驚くぐらいだから、そうとうの価値があるのだろう。私には分からないけれど。


「え? だ、大銀貨五枚ってことは小銀貨五十枚で、大銅貨が二百五十枚……。村の人頭税二年分に匹敵するわ……」


 とにかく結構な額だということは分かった。レゾリックの街の人たちは、よっぽど山の主に手をこまねいていたんだろうなぁ。


「何を買って帰る?」

「ここで何か買ってもいいけれど、重くなるから……ドリュエイ村で買い物をするか、銀貨のまま持ち帰って、ミャルセットで買い物をするのも十分、考えられるわ」


 なるほど。でも石けんは買って行きたいかなとだけ、提案しておくとそこまで重くないこともあり、購入が決定した。それから帰りの道中で食べる保存食、それらを求めに商店へ向かう。


「あ、ソーセージは買う」


 リーナ、本当に好きなんだなあ。保存食として持ち帰る用とは別に、食べ歩くように串に刺されたソーセージも買う。


「このまま少しだけ、この街をゆっくり見て回るのもいいと思うのだけれど」

「それはそれで魅力的なんだけど、少し家が恋しいわ。おじいちゃん、元気かなぁ」


 ほぼ十日が経ってしまったし、帰るのにも五日はかかるわけだから……確かに今回が初めての旅となると、リーナがホームシックになるのも頷けるかな。

 購入した石けんや保存食を革袋に詰め、一度宿屋に戻る。ジーンさんと宿の主人夫妻に挨拶をして、宿を後にする。入ってきた時と同じ南門からレゾリックの街を発つ。


「さぁ、帰ろうか」

「うん。帰ろう!」


 リーナとの日々、そしてこの世界でのスローライフに向けて、道は明るい。

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