007 Morning rest お風呂

 目を覚ますと、視界が肌色だった。温もりと、ほのかに香る甘い匂い。規則正しい寝息と、鼓動。リーナに抱きしめられていると気付くまでにたっぷり一分を費やした。よくよく見たら自分も何も着ていない。リーナが駆け寄ってくるところまでは覚えているんだけれど。


「リーナ、リーナ!」

「ん、ぅん? シスター・ライカ、おはようございます。どうされました?」


 無自覚に振りまかれている色香に一瞬くらっとする。朝日に照らされ、色白の肌が輝いて見える。


「え、だって、全裸、裸だよ」


 ツンと上向いた女性らしい膨らみ……さっきまでそれを私は枕にしていたのかと思うと、女の子で良かったぁ。


「シスター・ライカの修道服、少し汚れていたので。お召し物を全て洗おうと思ったのですが、時間も時間でしたし身体を休めることを優先しましたの」


 それはなるほど。正直、着の身着のまま人生三度目に突入してしまったせいで着替えがないのだけれど。


「着替えがしたいのと……あと、湯浴みがしたいなって」


 入浴文化が盛んということを予め知らされているものの、まだ一度も入っていない。そろそろお風呂が恋しい。体感としては半月ほど入れていないのだから。……魔王討伐の旅は本当に過酷だったなぁ。孤独だったし。


「そうね。私もお風呂に入りたいわ。まだ朝ね。飲んでいた大人たちは誰も起きていないでしょうから、このまま行きましょうか」


 ……え。


「あ、心配しないで。お風呂はこの向かいだから」


 なら安心……なのかな。日本で家族と暮らしていた頃も、そこまでずぼらなことはしたことないけどなぁ。でも洗濯の難易度というか、頻度みたいなことを考えたら今は着ない方がいいのか。


「いいか。行こう」


 扉を開けると向かいにまた扉。昨日の昼に来た時は土足だったが、今は竹かなにかで作られたサンダルを履いて歩いている。扉の先は脱衣所のようになっているが、今はそのサンダルを脱ぎ、さらに扉を開ける。


「おお! お風呂だぁ」


 石材で作られた浴槽。ファンタジー世界っぽくはないが、今はどうでもいい。木桶が三つある。取り敢えずかけ湯をと思ったが、ある違和感に気付いた。湯気がない。


「これ、お湯?」

「今からお湯にするのよ」


 そう言うとリーナは指先に火球を作ると、それを湯船に放り込んだ。ジュッという音が立ち、それから朝靄のように湯気が立ちこめてきた。これでひょっとして、煮沸も兼ねているのかな? 流石に水道がある世界じゃないから、この水は井戸から汲んでいるんだろうなぁ。なんだか見慣れないキューブが浮いている。


「ね。お湯になったでしょう? 少し熱いから注意して」


 木桶でお湯を揉んで温度を調整。足先や手先、腕、足と心臓から遠い場所にお湯をかける。冷水でも同じだが、体温から離れた水を浴びる時はそうすると身体が驚かずに済む。石の床に流れたお湯は溝を通して外へ排出されるようになっている。考えられているなぁ。

 浴槽に入る前に丁寧に身体を洗う。タオルと呼ぶには少し薄い、厚手の手ぬぐいで身体を洗う。石けんがあるのがありがたい。リーナの隣でそうするのは恥ずかしいけれど、お尻の辺りは入念に洗う。

 泡を流して、ようやく浴槽に入る。身体の力が抜けていく。


「薪材で熱するんじゃないね」

「そうする家もあるし、焼いた石で熱する家もあるけれど、私にはこれがあるから」


 指先に火を灯すリーナ。方角の都合でまだ薄暗い浴室に設置されたトーチに点火する。私も対抗して……ということではないが、光球を浮遊させて明るくする。身体を洗うときに恥ずかしいから、暗いままにしていたんだろうなあと納得する。

 浴槽は二人入ってもまだまだ余裕で、ゆったりとした時間をリーナからこの村の歴史を聞きながら過ごすのだった。

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