第2話 エミリーの憂鬱

 サーラが理想的な男性に会えないと嘆いている頃、この町ではもう一人の少女が嘆いていました。

 彼女の名前はエミリー。サーラと同い年の平凡な少女です。


 彼女が嘆いている理由、それは彼女が片想いをしている相手が、サーラに恋心を抱いていると知ってしまったからです。

 噂によると、彼は一度サーラにフラれたものの、実は内心諦めておらず、どのようにすれば彼女が振り向いてくれるか男友達とよく相談しあっているそうです。


 エミリーはその話を聞き、早く何とかしなければ、彼とサーラが結ばれてしまうかもしれないと怯え続けていました。


 ある日エミリーは、サーラと意中の彼が何か話し込んでいる様子を目撃してしまいます。エミリーは噂が本当だったと確信するやいなや、急いで自宅に戻り、本棚の中を漁り始めました。


 しばらく本の探索を続けると、エミリーはお目当ての古ぼけた本を発見します。これは曾祖母の時代からある黒魔術について書かれた本であり、この本の中に書いてある内容に従って儀式を行うと、他人を意のままに操ることができるという代物でした。


 エミリーの記憶が正しければ、たしかこの本の中には惚れ薬の作り方が載っていたはずです。エミリーは惚れ薬について書かれたページを見つけると、逸る気持ちを抑えながら、慎重にその内容を読み進めていきました。



「……こんなの、どうやって集めればいいの?」



 思わず愚痴をこぼすエミリー。無理もありません、なぜなら惚れ薬の材料として並んでいる物は、どれも聞いたことが無いようなものばかりだったからです。

 エミリーは酷く落ち込み、一瞬惚れ薬制作を諦めようとしましたが、ふと幼い頃に祖母から聞いた話を思い出し、思い留まります。


 その話とは、西の森に住む魔女の伝説でした。その伝説によると、魔女は西の森に住んでおり、迷い込んだ人間に対して魔女の秘薬を譲ってやろうかと持ち掛けてくることがあったそうです。


 エミリーはその伝説に出てくる魔女の力を借りれば、惚れ薬を作ってもらえるのではないかと考えました。しかし伝説の中では、魔女の誘いに乗ってしまった人間は、後に大きな代償を支払うことになるという警告も含まれています。


 エミリーはしばらく考えた後、一旦魔女と交渉してみて、もしも支払う代償が大きすぎると感じたのであれば、すぐに断ってしまえばいいと思いました。

 エミリーは黒魔術について書かれた本を持つと、一人西の森へと足を運びます。


 西の森に入ってからどのくらい経った頃でしょうか? 昼間だというのに薄暗い不気味な森の中を歩いていくと、道の前方に一軒の家が見えてきました。

 おそらくあれが魔女の家に違いない、そう考えたエミリーは、躊躇することなくその家へ向かい、扉をノックしました。すると家の中からは白髪の老婆が出てきてこう言います。



「何の用だい?」



 エミリーは少し緊張しながら、西の森に住む魔女について知っていることがあったら教えて欲しいと老婆に頼みました。すると白髪の老婆はエミリーのことをしばらく観察した後、口を開きこう尋ねました。



「理由次第では教えてあげてもいいんだけどね……ところであんた、魔女に会って一体どうするつもりだい?」



 エミリーは老婆に目的を尋ねられたため、素直に事情を説明することにしました。

 現在片想い中であること、その恋が叶いそうにないこと、そして祖母から聞いた魔女の伝承を思い出したため、惚れ薬を作って貰おうと思っていること――エミリーが一通り話し終えると、老婆は口を開きこう言いました。



「なるほど、あんたの事情はわかったよ。どうやら嘘はついてないようだね」


「はい」


「……あんた、秘密は守れるかい?」


「……?」


「実はね、アタシは西の森に住む魔女の生き残りなんだ。だから惚れ薬ぐらいならすぐに用意してやれるよ」


「本当ですか……!」


「ただし、一つだけ条件があるよ」


「……どんな条件ですか?」


「なぁに簡単なことさ、この森に魔女が住んでいることを秘密にするだけだよ。あんたはそれさえ守れば惚れ薬を手に入れられる。どうだい、悪くない条件だろう?」


「あ、はい、わかりました。それなら守れます」


「じゃあさっそくこの契約書にサインして貰おうか」



 そう言うと魔女は家の中から一枚の紙を持ってきました。

 紙にはおどろおどろしい文体で契約に関する注意事項が書きこまれています。

 契約の期限は死ぬまで続くこと、一度結んだ契約を取りやめることはできないこと、契約を破った場合には契約者に呪いがかかること……エミリーは契約書の注意事項を読んで一瞬躊躇しましたが、惚れ薬を手に入れるためにサインをすることにしました。



「よし、契約成立だね」



 そう言うと魔女は戸棚から液体の入った小瓶を取り出しエミリーに渡しました。



「その液体を惚れさせたい相手に飲ませることができれば望みは叶うよ。あぁ、ちなみにもし成功したとしても、お礼なんか持ってこなくていいからね。二度とここに来るんじゃないよ」


「わかりました、ありがとうございます。魔女のおば様」



 エミリーはそう言って一礼すると、そのまま森を後にしました。

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