一番美しい娘の名はサーラ

残酷な童話

第1話 サーラの憂鬱


 むかしむかしあるところに、サーラという美しい娘がいました。

 サーラは濡羽色ぬればいろの美しい黒髪と、大きな瞳が特徴の少女であり、年頃になると多くの男性から求婚されるようになりました。


 しかし彼女はいくら素敵な贈り物を貰ったとしても、決して男たちになびくことはありません。そんな彼女の態度を見て、ある人は凛としていると評し、またある人はお高くとまっていると評しました。


 ある日のこと、サーラは一人の男性から声を掛けられました。

 男性の名前はマルタ、サーラの住む町で一番の大地主の息子です。彼は自分と結婚すれば、将来広大な土地が手に入り、金にも困らない生活ができると豪語します。


 しかしサーラはそれを聞いても興味を示しません。なぜなら彼の自慢していることは、全て優秀な祖父や父親が築きあげてきたものばかりだったからです。

 サーラは自分の力で何一つ成し遂げる気の無いマルタに魅力を感じなかったため、彼の求婚を断わりました。


 翌日、マルタがサーラにフラれたという噂は町中に広まりました。

 その話を聞き、女たちはもったいないと口にし、男たちはサーラが財力では釣れないため、他にどのようなアプローチをするべきなのかと話し合いました。


 意気地いくじの無い男たちが遠巻きにサーラを眺めている中、一人の男が勇気を出して彼女に近づきます。

 彼の名前はフィリップ、町で一番の美青年です。


 彼はサーラと少しずつ仲良くなり、やがてサーラから友人として認知されるようになりました。そして仲が深まった頃、フィリップは思いきってサーラに告白をします。

 しかしサーラはフィリップと友人以上の関係になるつもりは無いと言い、彼の告白を断ってしまいました。


 翌日、フィリップがサーラにフラれた噂を聞き、町に住む若い女たちは喜びました。なぜならフィリップは若い女性たちの間で人気のある青年だったからです。


 一方男たちの間では、金でも美しい容姿でもなびかないサーラの話を聞いて、もしかしたらサーラには既に想い人がいるのではないかと噂になっていました。


 そんな中、無謀にもある男がサーラに近づきました。

 彼の名はブルーノ、軍隊帰りで筋骨隆々きんこつりゅうりゅうの荒っぽい男でした。彼の自慢はたった一人で百人の敵兵を殺したことです。軍隊ではこの功績が認められ表彰されるなど、自他ともに認める強い男でした。


 彼はサーラにアプローチしますが、残念ながらサーラに興味すら示してもらえないままフラれてしまいました。



「ふぅ……」



 サーラは自室に戻ると、小さくため息を漏らしました。

 彼女はその美しい容姿と、資産家の令嬢であるせいで、何人もの男たちからアプローチを受ける日々に疲れていたのです。


 人々は彼女が男になびかない理由を、既に想い人がいるせいだと決めつけていましたが、実際は違います。むしろ、彼女は自分が好きになれるような男性が現れないことに悩んでいたのです。


 サーラは何か上手くいかないことや嫌なことがあると、決まってある本を取り出し眺めます。

 それはサーラが産まれるよりも前に書かれた古い恋愛小説でした。


 彼女はこの物語に出てくる王子が子供の頃から好きであり、自分が大人になった暁には、この王子のような男性と結ばれたいと考えていました。


 しかし、サーラは年月を重ねていく中で現実を知ります。

 自分が住む町にいる男性は、物語に出てきた王子とは大きく違うということに。


 例えばフィリップの場合、容姿こそ物語に出てくる王子にそっくりですが、残念ながら内面までは一致していません。

 病弱な母親に家事を押し付け、自由気ままに生きる彼と結婚すれば、おそらくサーラも彼の母親と同じ扱いを受けることになるでしょう。


 病気や怪我で苦しんでいる時に、家事ができないことをなじられたりする人生なんて考えたくもありません。なのでサーラはフィリップに興味を示しませんでした。


 ブルーノの場合は、強いという一点だけに絞れば小説の中の王子様と同等かもしれません。

 しかし知性を感じられない普段の言動に前々から嫌悪感があったため、サーラは彼に興味を示しませんでした。


 それに、ブルーノに限らずサーラは、男たちにトロフィーワイフとして利用されることに抵抗がありました。もっと、そんな下世話げせわな価値観を持たない、理想的な人がいれば……サーラはそんなことを考えつつ、今日も一日を終えるのでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る