神の前に

@SUMEN

第1話

一、神の存在はその現前においてある。すなわち、神の前に立たされることにおいて、神は存在する。ゆえに、宇宙の一点を構成する、なんらかの独立不変な実体として、神の存在を定義し、それをあたかも森羅万象の原理のように解するかぎり、人は神の存在を信じることはできない。人は神を信じるから祈るのではない。祈るから、神の存在を確信するのである。


二、祈りと犠牲は目的と手段の上位概念である。これらは神の存在を前提として活きてくる。祈りと犠牲の崇高な点は、自力によって物事を成し遂げる意識から他力によって物事が成し遂げられる意識へとシフトしている点にある。自力によって達成する意識は、エゴの原理から逃れることができない。すなわち、自力を信じる人は、感情への執着にもとづいて、物事が成し遂げられると理解する。一方で、他力によって達成する意識は、エゴの原理から逃れ、他なるものへの敬意や感謝を芽生えさせる。その限りで、祈りと犠牲の秩序に生きる者は、目的と手段に生きる者よりも尊い。


三、自然物は祈りと犠牲の秩序を生きている。このことを理解する者は、生命をつうじて神を知ることができる。というのも、自然の本質は、成長であり、無限の生成力であるからだ。非存在から存在へと転化することとしての生成は、ある跳躍を契機として孕んでいなければ不可能である。その跳躍を生命の原理から導くものは、進化論を生きる。一方で神の恵みから導くものは、信仰に生きる。わかりやすく言えば、生命は生成ないし成長を本質として抱えており、それを可能にするのが神の恵みというわけだ。草が伸びるのも、鳥が飛ぶのも、山が佇むのも、花が咲くのも、それらが神への祈りと犠牲にもとづいていると知ることが、神を知ることにつうじる。


四、人間もまた自然の一部であり、本質に生成力を抱えている。すなわち祈りと犠牲をつうじてのみ、人は自己をありのままの姿において表現することができる。


五、人間の理性とは認識能力のことであり、認識の本質は超越性にある。すなわち、あらゆる事象から距離をとって存在することのできる特性が人間の本質である。この超越性をつうじて、事象を認識してゆくことのうちに、人間の成長はある。ちなみに、認識とは執着心を刈り取ることである。感情がそこに根を下ろす執着心から離れることがありのままを正しく認識することと呼ばれる。


六、祈りと犠牲は、理論と実践の往還を超えて、唯一の実践的な態度として意味を持つ。というのも、真心を伴わない行為は、いくら善い行いであったとしても、偽善だからである。ゆえに、理論に動機づけられた行為は偽善を免れない。純粋な感情にもとづく祈りと犠牲のみが、真心を伴った善となりうる。


七、幸福とは自然に即して生きることである。その限りで自然物はすべて幸福である。ただ、人間のみが感情への執着によってエゴを獲得し、不幸になりうる。とはいえ、自らの本性に従って理性を働かせ、感情の認識をつうじて、執着を断つことで、人は幸福になることができる。


八、神を知る者は、祈りと犠牲のうちに生きる。恵みによって物事を成し遂げるからこそ、そこに神への感謝が芽生える。だから、正しく祈る者はまず、神への感謝を述べる。


九、祈りと犠牲を媒介するものは理性である。理性とは祈りに対していかなる犠牲を払えば、恵みが施されるかを考える能力である。理性は人間の領分である。祈り、考え、犠牲を払うことのうちに、物事の成就がある。


十、祈りの最後に、「神の御心のままに」と述べなければ、物事の成就はありえない。なぜなら、その言葉を欠けば、祈りと犠牲が目的と手段に失墜し、感情への執着にもとづいて行為が為されるからだ。純粋な感情にもとづく祈りのみが達成される。というのも、純粋な感情はエゴではなく自然に即しているからだ。また、「神の御心のままに」と述べることで、いかなる結果になろうとも、神を憎むことがなくなる。神を憎むほどに、祈りと犠牲の秩序は理解されなくなるだろう。


一一、以上の思想を理解し、物事の成就を重ねるほどに、神への感謝は強まり、より深くこの思想は理解されるだろう。理解が深まるにつれて、祈りの外には何もないことも理解されるだろう。


一二、人はありのままの事実に余計な判断を加えて悩み苛まれる。とすれば、純粋な祈りは、いかなる言葉も語ることなく捧げるべきである。ゆえに究極の祈りは黙祷である。黙祷を捧げる者のうちに神の純粋な現前がある。

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