第11話
「私です。ヒヅルです。
所長室を後にし、研究所を西口から脱出したヒヅルは、白金財団に保護してもらうべく森の中を
『ヒヅル。私だ。研究所の東口の正門近くで敵に囲まれた。アルマもいる。助けてくれ』
無線機から陽の声が聞こえてきた。
「東口? わかりました。すぐに行きます」
ヒヅルは有無を言わずに来た道を引き返した。
研究所の東口を抜け、敷地の外へ出ると、鬱蒼とした森が広がっていた。陽とアルマは正門のすぐ前にある白金暁人の銅像の前に、座りこんでいた。
「ヒヅル、来るな。罠だ――」
陽がそう叫ばなければ、今頃ヒヅルは後方に潜んでいた高神によって、心臓を撃ち抜かれていただろう。
ヒヅルは銃声と同時に〈全能反射〉で素早く身を
「よく避けたな」高神が笑顔で現れた。ただし悪魔の如く凶悪で歪な笑顔であった。
「ヒヅル。すまない。お前を呼ばなければアルマを殺すと脅されて」陽が悔しそうに歯噛みし、謝罪した。
「いえ。よく呼んでくれました。あなた方が無事で何よりです」
「ところがどっこい。無事じゃないんだなあ」高神が右手を上げると、さらに潜伏していた鎮圧部隊の兵士たちが四人、一斉に姿を現した。
「ゲームオーバーだな。ヒヅル。最後に何か言い残すことはあるか」
「陽。まだ走れますか。私が彼らを引きつけますから、その間にアルマを連れて、なるべくここから離れてください。アルマもあなたも、無事でなければ承知しませんからね」
「すまない。本当にすまない」陽はアルマを強く抱きしめ、立ちあがった。
「馬鹿が。そんなことをみすみす許すとでも思っているのか。おい、そのガキどもはもう用済みだ。殺せ」
高神が冷酷にそう命じると、四人いるうちの兵士の二人が、陽とアルマに襲いかかった。
しかしヒヅルがすかさずベレッタで弾幕を張り、妨害した。
「どこを見ているのです。あなた方の相手は、この私ですよ」
ヒヅルの身体能力は人工全能の中でも抜きん出ていて、ヘリオスの中でも精鋭中の精鋭である高神をも凌駕している。が、しかしヒヅルに戦い方を教えたのは高神である。如何に人間離れした動きで翻弄しようとしても、ヒヅルの戦いのパターンを、高神は手に取るように把握していた。そして相手は高神ひとりではなく、さらに右腕まで失ったヒヅルに、到底勝ち目はなかった。全能反射で弾丸を躱すのが精いっぱいで、とても反撃する余裕などなかったのだ。
「無駄なあがきを。運良くここから逃げ延びても、ヘリオスの追手からいつまでも逃げられるはずもない。お前たち人工全能は、歴史の表舞台に名を刻むことなく、消えていくんだよ。それが〈組織〉の意向。まったく、あんなことさえしでかさなければ、最年少のグレートオリエントになれただろうに、アルマひとりのために馬鹿なことをしたもんだな。お前はもっと利口なやつだと思っていた」失望した、と言わんばかりに高神はため息をついた。
「妹ひとり救えぬ者が世界を動かそうなど片腹痛い」
「違うな。世界の頂点に君臨する者は、公正でなければならない。たったひとりのために全員の身を危険に晒すなど阿呆のやることだ。事実、お前がアルマを救おうとしなければ、他の人工全能たちは死なずに済んだんだよ。旭も、月世もな」
「そうですね。彼らを死なせてしまったのは、私の力不足故。
「何だ。えらく素直じゃないか。反省しているのか。それとも命が惜しくなったのか」高神が意地の悪い顔でヒヅルを苛めるように言った。
「でも私はアルマを助けたことを後悔しておりません。ヘリオスこそが人類にとって真の災厄なのですよ。麗那。私は必ず生き残り、ヘリオスを打倒するための組織を作り、ヘリオスに代わって平和で豊かな世界を築きあげてみせる。全能の存在による全人類の統治。それこそが人工全能計画の目的であったはず」
「うわははは。そんなざまでよくもまあ大言壮語を吐けるものだな。ある意味感心するよ。死を眼の前にしてやけっぱちになっているのか」
「かもしれませんね」
戦いはしばらく膠着していたが、長時間の失血が災いしたのか、ヒヅルにほんのわずかなではあるが、隙ができた。
無論それをみすみす逃す高神ではなく、とうとうヒヅルは左腕に銃弾を受け、銃を落としてしまった。
絶体絶命の、窮地に追いやられた。
右腕を失い、左腕に重傷を負い、もはやヒヅルは戦える状態ではなかった。
どうする。玉砕覚悟で足だけで足掻いてみるか? ヒヅルは自問した。
「チェックメイト、だな。ま、これだけの人数を相手によくやったと思うよ。まったく末恐ろしいやつだ。最後に何か言い残すことはあるか。一応お前の教育を担当した身だ。聞き届けてやろう」そう言い放った高神の顔は、奇妙なまでに優しかった。
あと四十。
「麗那……いえ。教官。私がすべて間違っていました。若さ故の誤ちでした。どうか、許してください」
ヒヅルは唐突に
「ぷ。あはははは」ヒヅルの行動が予想外だったのか、高神は噴き出し、下品に
三十二。
「何だ何だ。やはり死ぬのが怖くなったのか。さっきまでの勇ましさはどこへ行ったんだ。え」高神がヒヅルを指差して嗤った。「だったら、おとなしくアルマを差し出して命乞いでもしてみるか? そうしたら考えてもらえるかもしれないぞ」
二十四。
「それは」ヒヅルは一瞬
「ほう。言ってみろ」高神は面白そうに口角を吊りあげた。
「これを。研究所の廃材でアルマが作ったものです」ヒヅルはアルマの作った小型無線機を取り外し、高神に渡した。「アルマにはあなた方の知らない優れた才能があります。これでどうか、彼女の処分を考え直していただけませんか。この通りです」
高神は感心したのか、眼を丸くした。
「なるほど。事実なら大したものだ。が、それを説明したところで今さら組織の決定は覆らんよ。お前という才能を失うのは私も惜しいが、組織はもはやお前たち人工全能を危険分子と看做している。残念だが」
十二。
「ならば。私が責任を持って彼らを統率します。彼らは私の言うことなら聞き入れるはず。ヘリオスの優秀な駒となるよう、この私が責任を持って――」
ヒヅルの懸命の説得を遮り、高神は手を突き出し、首を横に振った。
「無理だな。お前のことだ。そんなことを言ってこの場を切り抜け、ヘリオスに対抗するための秘密結社でも立ちあげる魂胆だろう。私はお前のしたたかさについてよく知っているつもりだ。お前という悪の芽を、ここで摘みとっておくのが私の」
三、二、一……
「麗那。私の勝ちですわ」
ヒヅルは突然不気味で歪な笑みでそう言い放ち、そして派手に横飛びし、地面に伏せた。
直後。研究所の各所が、強力な爆弾によって、同時に、木っ端微塵に、消し飛んでしまった。
今までどこにそんな爆薬を隠していたのか、それは若くしてノーベル賞科学者となった天才・白金暁人の深慮遠謀によるものだったのかもしれない。
原爆と見紛うほどに巨大なキノコ雲を上げ、周囲には大木をも瞬時になぎ倒すほどのすさまじい爆風が、吹き荒れた。
ヒヅルは所長室を後にした時から、研究所の爆発までの時間を、戦いながらも正確に脳内で秒読みしていたのだ。
何も知らなかった高神らはまともに爆風に巻きこまれ、ふきとばされていった。
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