第5話
しかし、そう決意した日から3日も経っていた。
良輔は次の一手を攻めあぐねている。
あの後、インターネットから新聞社が管理する新聞記事を調べると、火事は良輔が到着する2週間前の9月26日に起きており、やはり加奈は逃げ遅れていた。
もう一度調べ直そうとしてわかった事があった。タイムトラベルは2度同じ時間に向かえないのだ。同じ時間をセットして移動しようとボタンを押すとエラー音が鳴り響き、タイムマシンは動かないのだ。
タイムトラベラーが同時期に同一人物が存在することは不可能なのだろう。
それと、良輔にはもう1つわかった事があった。
これは昨日気がついたことだった。昨日走り書きしたメモを眺める。そこにはある日付の一覧が並んでいた。
「加奈が死んだ日は俺の最初の時間軸でいう、加奈と会った日だ。加奈の死の始まりの日、跳んだ2週間前、たしかに一致するし、そう思えて仕方がないんだ」
実際、10月2日に何をしたかは覚えていないが、当時の手帳に加奈に会う、と書いてあった。良輔と加奈は当時付き合って2年ほど経っていたが、その時期良輔も加奈も仕事に追われ、2人は1ヶ月に2回会えればいい方だった。大体は電話かメッセンジャーアプリでやり取りする。その為か、お互い会う日はかなり楽しみにしていた。この俺が手帳に書くほど、だ。
時間という神にも等しい力が、たった2人の人間のために力を注ぐと思うなどかなりだいそれた考えだった。しかしそこから良輔はある仮説を立てていた。
「ということは」
良輔は当時使っていた手帳やスマホを取り出し、今使っているスマホのアプリから2015年と2016年のカレンダーを呼び出して、加奈とあった日を埋めて行った。
「後半はわかるが付き合いはじめの頃は押さえきれない。だけど、わかる範囲では書けたはずだ」
カレンダーアプリにマークを入れていった。丸は加奈と会えた日、三角は会っていたかもしれない日、バツは自分が跳んだ日だ。
「つらいが・・・試す必要があるな」
そう言うと、良輔はカレンダーをなぞった。
10月2日より前に加奈と会ったのは、直近で9月8日と23日。良輔はタイムマシンに向かい10月2日より1つ前の加奈と会った日、9月23日に設定し跳んだ。
そして何もせず元の時間に戻り、それを9月23日の朝、昼、夜、深夜と往復した。
その作業が終わると、良輔は黙ったまま新聞社のサイトを検索した。
翌9月24日の新聞記事には事故らしいものはない。
「1つクリア。そしてあともう1つ確認だ」
そう言って再びタイムマシンに乗り込み、今度は10月20日の火事が移動した日、2人が会った10月2日の深夜にセットする。
「加奈がいれば助ける。いなければ仮説の正しさが成り立つ」
そう言って良輔は震える指で起動ボタンを押した。
10月2日に着くと、加奈の家は燃えてなかった。良輔はもしかして加奈がいるのでは、と思ったが、踏み止まる。一度戻って確かめる事が先だ。
そのまま良輔はタイムマシンを降りず、元の時間に戻り、再び新聞社のサイトに繋げた。10月3日の新聞記事に加奈の記事はなかった。しかし9月9日の新聞の一面の記事が目に飛び込む。
ー 通り魔殺人、被害者は11人 ー
思い出した。
この日はこの事件が起きた場所から駅の反対側で加奈と会っていた。街を歩いていると、長くうるさい、沢山のサイレンが鳴り始め、何があったのかとニュースサイトを覗くと、号外で通り魔殺人が起きたと書いてあった。
そんなことを思い出しながら新聞記事の被害者リストをなぞると加奈の名前があった。良輔は溜息とともにつぶやく。
「厄介だな。あれに巻き込まれたことになったのか」
事件に巻き込まれたことは対策を練らねばならないが、結果的に良輔の仮説は正しいと言えた。加奈が死ぬのは、良輔と会った日だけだ。しかも、タイムマシンで既に行ってしまうとその日は加奈の死の候補からは除外されるようだ。
良輔は思考を展開して繋げていく。
そしてこれはある種の賭けとなる。加奈が死ぬ日より、死ぬであろう日より前の日に跳べば、その跳んだ日より後に生きている加奈は、少なくとも自分と次に会う日までは死なないのではないか、と考えた。
良輔はその確信に近い想定を得ると同時に覚悟を決めた。
お互いに"会った"と思っている、認識があるのは、知り合った3年ほど前からだろう。しかし、"ただ会った"ことがあるか、となるとそれ以前のことなどわからない。
例えば偶然駅でぶつかって謝った、ということが実質的に出会う10年ほど前にあってもこの歴史の中では、会ったことになるのではないか。キリのない考えを巡らせても仕方がない、と良輔は決意を固めた。
「必ず助けると決めた。やるんだ」
良輔は加奈が生まれた日から朝、昼、夜、深夜、毎日4回分タイムトラベルをするつもりだった。良輔と確実に出会う23歳まで、約32,000回以上のタイムトラベル。1日の限度は充電とメンテナンスで8回できるかできないか。おそらく10年ほどかかるだろうと試算した。
「終わる頃には俺は60近い・・・か」
必要な時間を見て、気持ちが折れそうな自分に、良輔は寂しげに笑う。
この使命をやることにしたとしても、最後が肝心だ、と考える。ゆえに連続殺人の被害者である加奈を助けやすい状況にしておかなければならない。もし、今やろうとしている事がうまくいくなら、必ず加奈と会える時間軸があり、そこではこの流れに強制力がかかり、この運命そのものが最終的に逃げにくい状況を作らなければならない。
ただ、今このままにしておくと、その時に殺人者と最悪取っ組み合いになることになると想定される。60を過ぎているかもしれない自分では何もできないだろう。
加奈と会う日は想定外を少なくして固定しておきたい。
そのためには不確定要素を減らすために、できるだけ状況を改善しておく必要があった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます