案外、答えに辿り着いてみれば

SaJho.

Q-1



【テーマ】

 セリフ:「ようやくここまで辿り着けたな」

                     ――『この台詞で素敵な作品を』より





 いつか、ネットか何かで見たことがある。

 それ曰く、「冷たいモノが欲しい人は、マグネシウムが足りていない」のだとか。身体が疲れた時に、人が味の濃いものを求めるように。或いは気持ちが疲れた時に、温かで優しい味のものを人が求めるように。

 果たして冷たいモノが欲しい人間は、畢竟、マグネシウムが足りていないことになるわけだ。

 と、それを見た俺は過日、大いに思った。

 ……マグネシウムってなんだ? と。

 いや当然、マグネシウムそれ自体を知らぬわけではない。なんかあれでしょ? 栄養素。ジャンル的には鉄分とか亜鉛とかそんな感じだろう。鉱石みをそこはかとなく感じるタイプの栄養素。それがマグネシウムである。

 しかし、しかしだ。

 例えば俺が疲れた時なぞは、俺の身体は塩分を求めている。それは分かる。俺の心がカサついたときに、身体の芯を暖めたくなる感情も想像が付く。

 だけれど、マグネシウムってどういうときに欲しいってなる? 身体や心にマグネットを求めた経験など、俺にはてんで心当たりがない。

「(ごくごくごく)」

 さて、

 俺が唐突に謎のトリビアを思い出したのには、察するに理由があった。

 ――時期は夏。それもまっしぐら。

 俺の住む街は海にほど近く、それゆえ夏日には、旺盛な日差しに茹だった大海原が湯気を上げ空に立ち入道雲を形作る。それは、見るも鮮やかな夏の景色でこそあるが、しかし翻って、俺の住む街、地上にも、旺盛に湿気がわだかまっているということの証左である。

 嗚呼、蝉がうるさい。アイツらはどうしてこんなクソ暑い日にもじーわじーわと元気なのか。俺は透明な水道水をじょぼじょぼ吐き出す蛇口に半ばかぶりつくようにしながら、うなじに喧噪を吐きかけるクソ昆虫どもに胸中にて中指を立てた。

「(あー旨い。水が旨い。どうして水ってこんなにおいしいんだろうか……っ!)」

 水が旨い。ゆえに我思う。

 冷たい水って、どうしてこんなに旨いのか。

 ……それで思い出したのが先ほどのトリビアであった。察するに暑さで思考が散漫になっているのだろう。よくよく考えても見れば俺はマグネシウムなんて別にどうでもよかった。


「――っぷはぁ」


 喉を鳴らして、俺は上体を起こす。すると途端に旺盛となった水の勢いが、水飲み場の、直射に熱された銀色のシンクを派手に濡らす。どこどこどこと薄っぺらい音を立てて、水の塊が跳ねて流れ落ちる。

 それを眺めて、錆っぽい感触の蛇口をきゅきゅっと締めて、

 俺は、彼女の待つ教室に、戻ることにした。


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