白ワンピースの女の子 2
駅のホームを白い電灯が照らしている。集っている虫に遮られ、壁を照らす光が時折翳る。さーっという小さな雨音とともにガタゴトという音が聞こえてくる。鈍く光る目のように、遠くで白光がちらついた。
「2番線に電車が参ります。黄色い線の内側までお下がりください」
繰り返し聞いてきたアナウンスが構内に響く。無感情で平淡な声。今日は湿気があるからか、ねばつくような気に障る印象が耳に残る。気分を害するその声に、和成は今日までに何度も聞いた、面接官の声を重ねた。
「面接終了の時間です。最後に質問がなければご退室ください」
どの会社に赴いても同じ言葉で締められる。
これ以上君に用はない、こちらは忙しいのだから早く帰りたまえ。そんな気持ちを込めているのは無意識なのか、目を向けることもなく言い放たれた。
社会人なんだから、それ以外に言うことがあるだろう。
面接会場を出てからも、ついに聞くことのなかった締めの言葉を心の中で呟いて、和成はまた虚しく思った。
自分の中の言葉を尽くし、考え抜いて紡いだつもりの覚悟や想いを、彼らは蠅を払うようにあしらってくる。
まるで自分たちが上等な花の蜜のようだ。寄ってくる虫に抵抗はしないが、運ばせる虫だけは選ぶ。認められるのは、蝶のように優美な虫や蜂のように統率の取れて強い虫だけ。醜く、奇妙な半端ものには毒でしかない。死肉に寄るようなものを協働者とは認めたくないのだろう。
毒とわかっていながらも、多くの新卒生が蜜を求めて行き交っていく。蠅のような扱いをされる者の日常に、生を謳歌できるような彩りが加わることはない。
雨に濡れ、普段の銀色を鈍色に塗り替えた電車がホームにゆっくりと滑り込んでくる。降りてくる人を待ち、周りが乗り込む。それらを見届けて、ドアが閉まるアナウンスとほぼ同時に和成も電車に乗る。
大学1年の頃から乗り慣れた電車に揺られ、見慣れた景色を見るともなしに、窓に向かって立つ。後ろから2両目の優先席側のドア前。和成の特等席だ。この時間になると人の数は少ないが、その分スーツを着る人が多くなる。就職活動が面接に差し掛かり、どの企業も活気だつこの時期、頭から足元まで黒い人が増え、暗い気持ちを助長する。
今日もスーツが多くて嫌になるな、と和成は思った。
かく言う自分も同じ姿ではあるが、スーツを嫌う人間にとって同乗者の多くは敵にしか見えない。いつも車両の中ほどに進まず、ドアの前で止まり、自分の特等席に侵入してくるスーツ姿の存在は、それこそ毒だ。自分のことしか考えていない彼らに吟味されるというのも、随分おかしなことだ。
自分のことを棚に上げていることは百も承知だが、日々
最寄り駅に近くなり、座席のしきりに預けていた体を起こす。
自分のテリトリーをある程度保っていたい和成にとって、電車は早く出たい場所の1つだ。特等席を確保するため、面倒でも毎回最後の方に乗るようにしている。後から乗ってくる人間で体が押しつぶされることばかりだが、仕方ないことと我慢している。
電車の速度が落ちるのを、体の傾きで感じる。腹に当てたしきりに食い込むようにして、体が前かがみに倒れそうになるのを大して鍛えてない腹筋で堪えた。ふっと力が抜け、今度は反対側の力がかかる。後ろに飛びそうになるのを、しきりを掴んで回避する。慣性の力は何度味わっても慣れないなと、どうでもいいことを思った。
電車を出ようと振り向いたとき、車両の反対側で明るい光を見た気がした。足を止めてそちらに目を向ける。
隣のドアの前に立つ暗色のスーツの人々の中に、白いワンピースに身を包んだ少女の姿が見えた、気がした。前髪とつばの広い帽子に隠れて、顔は見えない。しかし、仕事に疲れて生気の薄れた周りの大人に比べ、少女だけが生き生きとした空気をまとっていた。今日は雲に隠れている、夜空に輝く星のように見えた。
そうとしか思えないくらい、少女の姿は一瞬しか和成の目に残らなかった。
またか、と和成はドアの方に向き直る。
このころ同じような幻影を見ている。何度も繰り返す変わらぬ日常の中で、唯一変化といえる現象だ。元号が変わり、時代が流れていることへの焦りが見せた幻覚かとも考えた。
が、どうやら現実らしい。むしろ令和になってからはっきりしてきた気がする。ここ最近、毎回通る喧騒と肩を並べるほどのストレスの原因。もしかしたら早めに来た天のお迎えかもしれない。
そんな冗談めいた気持ちで慰めるのを、和成は半分楽しくも感じていた。
駅についた電車がドアを開け、味気ない声が降りるのを促す。黒い流れに乗り、和成もホームに降りた。ふと隣のドアを見るが、先ほどの少女は見当たらない。これも毎度のことだった。
こうなると幻覚にも確信を得てしまう。過度のストレスと社会による精神的な痛めつけによるものだろうと。だが、日常の一部になりつつあるものを現実と認めないような不出来さを和成は持っていなかった。
気を取り直して顔を上げ、階段の降り口に移動する。着いたところで、階段下の人波に白い姿が紛れているように一瞬見えた。目をぱちぱちと瞬きしてみたり、こすってみたりしたが、日に何度も見るようなインスタントなものではなかったようだ。
「・・・早く帰ろう」
今日はかなり疲れている。1週間面接続きで頭も体もやられているに違いない。
そう思った和成は、首を振って幻から意識を引きはがす。ひとつ重い息を吐いて新しい空気を吸うと、不思議とゆっくり眠れるような気がした。
階段を降り、何度も通った改札を抜ける。電車に乗る前は傘を差す人が多かったが、今は畳んだままの人が多い。会社を出たときの雨は通り雨だと分かった。すぐ先にある出入り口から見える遠くの空で、小さな星が瞬いた気がした。
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