ネット彼女だけど本気で好きになっちゃダメですか?
烏川さいか/MF文庫J編集部
プロローグ
「えっと……どうして僕って縛られてるんだっけ……?」
「どうしてって天野、私の家に泊まりに来たからでしょ」
「そっか~。女子の家に泊まる時は普通縛られるよね~……ってなるかぁああい!!」
正面に立ち、虫けらに向けるような眼差しで僕を見下ろす少女に思いっきりツッコむ。
僕は今、手足をロープで縛られ、彼女の部屋のど真ん中に座らされていた。
ベッドや本棚、クローゼットなど、白と黄緑を基調とした女の子らしい清楚な部屋だ。
この空間に手足が縛られた男子というのはあまりにも異質である。
「もう、人の家でうるさいわね」
その少女は腕組みをし、心底迷惑そうに顔を歪めた。
彼女の名前は月見里林檎。明るい色の髪をボブカットにした人形のように整った顔立ちの、間違いなく十人いたら十人が認める美少女だ。淡い緑のTシャツに茶色のショートパンツ、黒タイツという格好で細い足が際立ちよく似合っている。
こんな美少女の部屋で縛られているといったら普通の男子であればよからぬ妄想を働かせることだろう。しかし、僕と林檎にはちょっとした因縁があり、中学校時代から顔を合わせれば喧嘩ばかりするほど不仲だ。そんなイベント期待すらできない。
仕方がなく僕は、この場にもう一人いる天使のような少女に助けを求めることにした。
「ねえ、花咲さん。頼むから助けてよ」
僕は林檎の後ろで若干戸惑いつつこちらを見つめていた少女に声を掛ける。
彼女は花咲こころ。ウェーブがかかった金色のセミロングヘアに、タレ目がちでおっとりとした雰囲気で、笑顔がとても似合う可愛らしい女の子だ。今は白いフリルブラウスにブルーチェックのキュロットと、ふんわりとした印象の彼女にぴったりの服装をしている。
僕に対して絶対零度の冷たさで当たる林檎とは対照的に、優しさの塊のような女の子だ。彼女ならこの窮地を救ってくれるかもしれない。
「え、だけど天野くんこういうことされて喜ぶって林檎ちゃんが……」
だが、どうやら花咲さんはおかしな誤解をしているようだった。
「そんなはずないって! 花咲さんになら喜んでだけど、林檎なんかにされて誰が──あいたっ! 縛った上に叩くことないじゃん!」
喋っている途中で頭に衝撃が走ったかと思えば、林檎がムスッとした顔で自分の右手を摩っていた。
「なんか無性に腹が立ったのよ」
口を尖らせてそう言うと、林檎はくるりと背を向けて部屋から出ていこうとした。最後にドアのところからこちらを見て、念を押すように言う。
「とにかく、私たちはお風呂に行ってくるから。何があっても覗かないでよ?」
「この状態でどうやって……第一、覗かれたくないなら交代で風呂に行けばいいのに」
「そしたら天野とこころが二人きりに……何でもないわっ! ほら行くわよ、こころ」
林檎は頬を桃色に染めてそう言ったかと思うと、大股で風呂場へと向かっていった。
その姿を見送り、花咲さんが申し訳なさそうに僕の目の前にしゃがみ込む。
「ごめんね、天野くん。行ってくるね」
「謝るくらいなら解いてほしいなぁ」
「林檎ちゃんに禁止されてるから、ごめんね。でも、できるだけ早く戻ってくるから。あ、よかったらこれ食べてて。あーん」
花咲さんがポケットから飴玉を取り出し、僕の口へと運んでくれる。
「なんでこの状況で飴かは分からないけど、とりあえずもらっておくよ。ありがとう」
手を縛られている僕は、口を開けて飴を受け取ろうとする。
「あー……ん?」
しかし、その途中で彼女の手が止まった。
どうしたのだろう。焦らしプレイというやつだろうか。
「こういう……ンビって、可愛いよね」
「え?」
突然花咲さんは何やら怪しげな笑みを浮かべてぶつぶつと呟きだした。
「頑張って噛み付こうと這いずってくるんだけどノロノロで、でも時々ぴょんって飛び跳ねたりして……はぁああああどうしよっ! 撃ちたくなっちゃったっ!」
「いきなりどうしちゃったのぉおおお!?」
何かのタガが外れたかのように、鼻息を荒くした彼女が僕に襲い掛かってきた。
「こら、こころ!」
今にも花咲さんが僕の身体に覆いかぶさろうとしたところで、彼女は部屋に戻ってきた林檎によって首根っこを掴まれ、ぐいっと引っ張られた。
そのおかげでどうにか助かったようだ。
林檎はすぐに、猫を持ち上げるようにして掴んでいた手を放して花咲さんを解放してあげ、呆れの眼差しを僕らに向けた。
「まったく……目を離せばすぐにいちゃいちゃするんだから。今度こそ行くわよ」
そう言い残して部屋を去っていく。
「あはは、ごめんね、林檎ちゃん」
その後ろに、いつもの調子に戻った花咲さんもニコニコしながら続いていった。
「はあ、助かった……」
林檎との因縁や花咲さんの豹変の理由については、話すと長くなるからまたの機会にしよう。
それよりも今は、なぜ僕が林檎の部屋で縛られているか、である。
そもそも僕たちはただ同じ学校の生徒会に所属するだけの関係だった。それなのに、どうしてかこういう状況になってしまっている。
このすべての発端は、僕がSNS上だけの偽の恋人を作ってしまったことに繋がるだろう。
それはアカネという、優しくて明るいけれど、どこかミステリアスな少女のアカウント。
彼女との出会いが、この現状を招いたのだ。
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