第48話 ドルロの成長


 大噴水の中央に立つ女神の像をじっと見つめて……見つめたまま呆然としていたシンは、少しの間があってからどうにか正気を取り戻して、そうしてすぐ側で尚も踊っていたドルロのことをがっしりと掴み、持ち上げる。


「ドルロ、今の……その、女の人が言っていたこと、魔力変換機構と心を繋ぐっていうの、やってみたい?」


 先程の出来事を、女性から受け取った言葉とイメージを忘れないうちに……と、そんな言葉を口にしたシンに対してドルロは、


「ミー、ミー、ミー」


 と、繰り返し声を上げて、その声に合わせて体を揺らし、その体全体でもって頷いて見せる。

 そうしながらドルロは、その目に込めてキラキラと輝かすことで期待感を精一杯にアピールしてきて……その目をじっと見つめたシンは力強く頷いて、一言。


「やってみようか!」


 と、大きな声を上げて瞑目し、早速とばかりに魔力を練り始める。


 魔力変換機構自体はそう珍しいものではない。

 魔力式のランプや暖炉などに使われている、古い時代からある当たり前の技術の一つだ。


 アヴィアナからその作り方を習っていたシンは、そのイメージをドルロの中に投影し……そのイメージとドルロが新たに取り込んだ4個のゴーレム核と、最初のゴーレム核……シンの母親の形見であるドルロを産み出したあのゴーレム核とを繋いで……出来上がった魔力変換機構とドルロの心が繋がるようにイメージを深くし……魔力を込めて、それが現実のものとなるように強く、確かな祈りを込める。


 そうして魔法を発動させようとした、その時だった。

 瞑目しているシンの耳に、黒き森で耳にした妖精達の笑い声が響いてくる。

 

 元気に楽しそうに、どこまでも明るく響くその声に、シンが幻聴だろうかと訝しがっていると、先程の女性……女神そっくりの姿をした女性の声までが響いて来る。


『こらっ、邪魔しちゃダメじゃないの。

 あなたもこんな声に惑わされていないで、しっかり集中なさい』


 ピシリと嗜めるかのようにそう言われて静かに頷いたシンは、両手でしっかりと抱えたドルロにだけ意識を集中させて……ドルロの中で今か今かとその時を待っていたゴーレム核達に魔力を送り込み、魔法を発動させる。


「ミミィー!」


 魔法が発動すると同時に、大きな声を上げたドルロは、シンの手を振り払ってぴょんと飛び上がり、ベンチの上へと降り立ちながら、両手を振り上げてのポーズを取る。


 ポーズを取ったままドクンドクンと体を構成している泥を脈動させて……一周り、二周りと大きくなっていくドルロ。


 いくつものゴーレム核と魔力変換機構を体内に取り込んだことにより手狭となったのだろう。

 窯の中のパンのように大きく膨れ上がり……そうしてから体内の区画整理と調整が行われていく。


 そうやって変化をし続けるドルロに対し、ありったけの魔力を送り終えたシンは、目をそっと開いて、変化し続けるドルロの様子をじっと静かに見守る。


 いつも通りの大きな手に、少し太く大きくなりしっかりとした脚に、大きく丸い体に。


 そんな風にドルロの体が出来上がっていく中、ドルロの肩の辺りにシンが望んだ訳でもなく、ドルロがそうした訳でもないのにズズズと不思議な模様が刻み込まれていく。


 その模様は、噴水を囲う壁に刻まれた、女神の祝福を示す模様とよく似たデザインとなっていて……その模様が完成となる間際に、その隅っこに三枚の木の葉を重ねたような模様が刻み込まれる。


 その何処かで見たことのある木の葉を見て、誰の仕業であるかをなんとなく察したシンが小さく笑っていると……再度ビシリと両手を振り上げてのポーズを取ったドルロが、


「ミィー!!」


 との歓声を上げる。


 出来上がった、ということなのだろう。

 歓声を上げ終えたドルロがトタタッとシンの側へと駆け寄ってくる。


「ミミミィ~、ミミ!!」


 早く早く食事をしてみたい。

 そう言っているであろうドルロの声を受けて、シンは腰に下げた道具袋へと手を伸ばし、そこから妖精の花蜜入りの瓶を取り出す。


 蓋をあけて瓶をそっと傾けるシンに、それを受け止めようと大きく口を開けるドルロ。


 そうして花蜜が一滴、二滴とドルロの口の中に落ちると、ドルロはすぐさまに口を閉じ、閉じた口をもごもごと動かし……花蜜を体の奥、作られたばかりの魔力変換機構へと送り込む。


「ミィ~~~~~~!」


 甘~い! と、そう言っているに違いない喜色でいっぱいのドルロの声を受けて、シンは魔法が成功したことと、ドルロが念願としていた食事に成功したことを喜んで、満面の笑みを浮かべる。


「ミィミィミィ!」


 もっともっともっと!

 そんな声を受けて、更に花蜜を垂らすシン。


 一滴、二滴、三滴と花蜜を呑み込んだドルロは、甘さと香りと幸福感で身体中をいっぱいにして、溢れる魔力を振りまきながら、ドコントコンとベンチの上で軽快なダンスを踊り始めてしまう。


「……変換した魔力を吸収しきれずに溢れちゃってるから、花蜜は当分お預けだね。

 普通の食事はしていいかもだけど……体の大きさのことを考えると一人前は多すぎるからそこもよく考えてね。

 それと石とか鉄とか、魔力に変換できないようなのは口にしちゃダメだからね!」


 シンがそんな言葉をかけるが、今のドルロにその言葉が届くはずもなく、ドルロはただただ花蜜の甘さに酔いしれて踊り続ける。


 そうしてドルロの幸せいっぱい魔力いっぱいのダンスは、キハーノが神殿から戻ってくる時まで続けられるのだった。

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