第47話 女神


 用意されていた着替えに袖を通し、顔を洗い、髭を整え、身支度を整えたキハーノと共に屋敷を出たシンとドルロは、バロニアの町の中央にある大噴水へと足を進めて……そうして噴水側の神殿まであと一歩という所でその足を止める。


「キハーノさん、ボク達はここら辺で待っていますので、女神様との対話が終わったら声をかけてください」


「ミミ~!」


 足を止めたシン達のそんな言葉に、シン達も共に神殿へ向かうものと思っていたキハーノは、首をぐいと傾げながら言葉を返す。


「むう? 君達も一緒に来たら良いではないか。

 女神様にお会い出来るなど、王侯貴族でもなかなか経験することのできない、特別に特別な素晴らしい経験なのだぞ?」


「はい……ボク達も出来ることならそうしたいのですが、女神様の教えを忠実に守っている方々からすると、魔法使いの在り方というのは……あまり気分の良いものではないそうなんです。

 そういった方々だけでなく、女神様に対しても失礼になってしまうとかで、先生からも神殿には近付くなと、そう言いつけられていまして……。

 ……そういう訳ですのでキハーノさん、貴方だけで行ってきてください」


 そう言われてキハーノは、顎髭を一撫でしてからこくりと頷いて「分かった、行ってくる」との一言を残して、スタスタと堂々とした足取りで神殿へと足を向ける。


 その後ろ姿が神殿の扉の奥へと消えていくのを静かに見送ったシンは、ドルロの体をそっと抱えて……大噴水を囲うようにして置かれたベンチの一つへと腰を下ろし、ドルロを隣に座らせてやりながら声をかける。


「……さて、ドルロ、ウィル様に貰ったゴーレム核はどう使おうか?

 前のように魔王との戦いのために使い切っちゃう?」


「ミミミ~~~、ミミ、ミミ~~」


「うん? それよりもいい加減食事がしたいって?

 ……いや、まぁ、ドルロがそう望むなら良いと言えば良いんだけど、このタイミングで食事ってそんな……」


「ミミ! ミミミミ~~! ミミィ~!」


「……え? 

 あぁ、そっか、なるほど……。

 ドルロが妖精の花蜜みたいな高魔力物質を気軽に取り込めるようになれば、体の中で眠っている空っぽのゴーレム核に魔力が供給されて復活するかもしれないのか。

 ……うん、たしかにそうだね、それが出来るようになれば魔力を遠慮なしに使って色々なことが出来るように……」


「ミミミ! ミンッ! ミミンミィ~!」


「え? 魔力どうこうよりもドルロも甘い蜜を舐めてみたいって?

 ん、んんん~~~~……取り込んだものを魔力にして、それをゴーレム核に取り込む機構とかならボクにも出来るけど、味を感じる機構となると、どうだろうなぁ……。

 味……舌で感じる訳だから、何かの舌を……ドルロの口の中に移植?

 ……いやいや、そんなこと、おぞましいにも程があるよ……。

 ああ、でも、触覚や聴覚、視覚があるんだから味覚もきっと……ってあれ? ドルロって嗅覚あるんだっけ?

 食事をするならそこも大事になってくるし……うぅん、難しいなぁ」


 そんなことを言いながらあれこれと考えを巡らせて、その首を右へ左へと傾げるシン。


 首だけでなく体までも左右に揺らしながら、どうやってドルロに甘い蜜を味あわせたものかと悩んでいると……そんなシン達の背後から凛とした女性の声が響いてくる。


「魔力を取り込む機構と『心』を繋げてみたら良いんじゃないかな」


 誰かの声が聞こえてくるはずのない、噴水しか無いはずのまさかの方向からそう言われて、


「ええ!?」

 

 との声を上げながら慌ててベンチから立ち上がり、物凄い勢いで背後へと振り向くシン。


 しかしそこには澄んだ水を吹き上げる噴水があるのみで、声を主の姿などあろうはずがなく……声の主を探して右へ左へと視線を巡らせたシンは(気のせいだったのかな?)と、そんなことを考えながら、ベンチにそっと腰を下ろす。


 そうしてシンが小さなため息を吐き出していると、いつのまにそこに居たのか、シン達の目の前に立っていた女性が、シンとドルロに向けてにっこりとした微笑みを投げかけてくる。


 透き通った薄い青の長髪に、全身をマントのように覆う白い衣、二十か三十か、あるいは四十か、なんとも判別がつかない美人といって良いその女性は、驚愕の表情を浮かべるシンとドルロを見るなりクスリと笑ってから、


「こんにちは」


 と、挨拶を投げかけてくる。


「こ、こんにちは」

「ミ、ミミィ~」


 驚愕しながら困惑しながら、そう挨拶を返したシン達を見て女性は、もう一度クスリと笑い……そうしてからドルロの隣に静かに腰を下ろす。


「あなた、心を扱うことが出来る魔法使いなのね……とっても素敵。

 あなたのおかげでこの子の心もとっても素敵な仕上がりになっていると思うわ。

 この子は視覚があるというよりは、その心で景色や人を見ている……心で直接感じるからこそ、この子はありのままの真実を見通せるのかもね。

 ……お悩み中の味覚もそんな風に心に繋げてあげれば良いと思うわ……心が籠もった魂の器、あなたの言葉を借りるならゴーレム核、かしら?

 さっき言っていた機構とやらと始まりのゴーレム核を繋いで……心と繋がるようにと祈りを込めてあげれば問題ないはずよ。

 あなた達のような味の感じ方とは違った形にはなるけれど、それでもこの子はちゃんと花の蜜の甘さを、そこに込められた味を感じ取れるはず。

 ……私達の勝手な都合で、あなたに力を貸すことは出来ないけれど、助言をすることは許されているはずだから……この言葉、受け止めてくれたら嬉しいな」


 腰を下ろすなり、そんな怒涛のような言葉を投げかけて来た女性は、シンとドルロが何か言葉を返そうとする前ににっこりと微笑んで、その身を包むマントの端を掴み、大きく振り上げる。


 そうしてシン達の視界が白いマント一色に染まった―――次の瞬間、女性の姿が一瞬で消え去り、今しがたそこにあったはずの白いマントも瞬きの合間に消え去ってしまう。


「ミッミミミ~~~!」


 その光景を見てなのか、両手を振り上げてはしゃぐドルロ。

 ベンチの上ではしゃいではしゃいで、踊り回って……そうして呆然としたままになっているシンに、あっちを見てみろと仕草でもって伝えてくる。


 そんなドルロに促されるまま大噴水の中央へと視線をやったシンは、そこに立つ女神像が、先程までそこに居て優しげな言葉を投げかけてくれていたあの女性そっくりの姿をしていることに気付く。


 そうして先程の女性が何者であったかに気付いたシンは、その目を大きく見開いて、言葉を口にできない程に大きな、今までに感じたことのない大きな驚愕の感情をその胸に抱くのだった。

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