第26話 戦いを終えて


「うぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 周囲を見渡し、生き残っている魔物が居ないとなって、戦場に立つアーサーから勝鬨が上がる。

 すると戦場と歩廊の騎士達がそれに応えて……それを受けてなのか閉じられていた北門が、仕掛けの放つ凄まじい轟音と共に開け放たれる。


 そうして門から飛び出して、


『うおおおおおおおおおおおおおお!!!』


 と、アーサーの勝鬨をかき消してしまう程の大声を上げて、戦場へと突撃していく大勢の人々。


 一体何が!? と、歩廊の上のシンとドルロが驚いていると、空を見上げて何かを探していたマーリンが、そんな人々へと視線を移し、そしてシン達へと視線を移してから声をかけてくる。


「あっはっは、あれを見ると驚いちゃうよね。

 あそこに居るのは一人残らず全員がバルトの商人達なんだよ。

 戦いが終わったなら次は商人達の出番だ。魔物達を解体し、素材を採取し、それを加工するなり売るなりしてお金を稼ぎ、経済を……人の営みを回す。

 北方開拓地は壊滅してしまったし、多くの人々に犠牲が出てしまったけれど、あの『強さ』が人の営みの中にある限りは、すぐに復興するんじゃぁないかな。

 いや、強さと言うよりも『したたかさ』と言うべきかな?

 ……うん、まぁ、どっちでも良いか! 何にせよバルトも北方開拓もまだまだこれからって事だね!」


 そう言ってマーリンは金色の髪を靡かせながらにっこりと笑う。

 

 そんなマーリンの表情を見て、あるいはその優しげで落ち着いた声を聞いて、戦いが終わったことをようやく実感したシンは深く安堵し……そうして猛烈な眠気に襲われてふらついてしまう。


「おぉっと、流石に限界のようだね。

 ……その様子なら水薬を飲むよりも眠った方が良さそうだ。

 おぉーーい、誰か! シンとドルロを寝床に連れて行っておくれ!」


 シンの背中をそっと手で支えながらのそんなマーリンの声を耳にしたシンは、そのまま夢の世界へと落ちていってしまうのだった。



 

 ポカポカとした暖かい陽気と、賑やかな人々の声を受けてシンが目を覚ますと、そこはパン屋の二階、寮の自室のベッドの上だった。


 寝ぼけた目で枕元を見れば、そこには丸まって眠るいつもの姿をしたドルロが居り……それを見たシンはほっと安堵の息を吐く。


 そうしてシンは、心地よい陽気と人々の声を浴びながらのなんとも幸せな微睡みを楽しんで……存分に楽しんでから体を起こし、ベッドから起き上がっていつもの目覚めの身支度を済ませていく。


 ドルロを起こし、着替えを済ませてから階段をたたっと降りて、井戸へと向かい、顔を洗い歯を磨いて、トイレもしっかりと行っておく。


 賑やかな……いつも以上に賑やかな人々の声を聞く限りどうやら今は昼過ぎのようだ。


 一体どれ程の時間寝てしまっていたのだろうかと、そんなことを考えながらパン屋の方へと顔を出すと、そこはいつも以上の賑やかさに包まれていた。


 次々と店先から届けられるパンの注文。

 注文を受けて元気に働くパン屋の騎士達。

 サラマンダーもいつも通りに『ぐけけ』と鳴きながら竈の熱し、パンを焼いている。


 それはいつも通りの日常だった。

 いつの間にかシンにとっての当たり前の日常となっていたパン屋の光景だ。


 その様子を見て、シンとドルロは言い様のない温かさを感じて、


「あははっ」


「ミミィ~!」


 と、笑う。


 そんなシン達の笑い声を受けて、シン達の存在に気付いた職人姿の男……髭面のアーサーがくわりと大きな笑顔を浮かべて、シン達の下へと駆け寄ってくる。


「ガッハッハッハ! ようやく起きたか!!

 丸一日寝ているとはなぁ! 寝坊にも程があるぞ、おい!」

 

 そう言って太く硬いその両腕でもってシンとドルロを抱き上げるアーサー。

 そうして髭面をぐしぐしとシン達に押し付けながら大きな声を張り上げる。


「あの泥の魔撃! あの水薬! そして魔王にトドメを刺したあの雷鳴!

 どれもこれも凄かった! 本当に助かった! ありがとうな!!」


 そんなアーサーの言葉を受けてシンは最後の雷鳴は違うと、自分がやったことではないと訂正しようとするが、アーサーの硬くもっさりとした髭による痛みがそれを許さない。


「そういう訳で、だ。

 シン、お前にこいつをやろう。

 騎士団からの礼というか、勲章というか、まぁそんな感じの贈り物だ」


 そう言ってアーサーはシン達のことを開放し、エプロンの下のベルトに差し込んでいた一本の短剣をシンに手渡す。


 赤鉄の鞘に宝石をあしらった柄。

 確かな魔力を感じるその短剣が尋常のものではないと察したシンは、本当にこの短剣を貰ってしまって良いものかと戸惑ってしまう。


 するとアーサーは、そんなシンを見るなり、


「抜いてみると良い」


 と、そう言ってガッハッハと大きく笑う。


 アーサーに促されて、シンが恐る恐るその短剣を抜き放つと、鞘から抜き出た短剣の刀身がまばゆいばかりの光を放つ。


 周囲を照らす明るく温かいその光は、まるで日光のようで……それでいてじっと見つめてもいても目が痛むことは無く、なんとも言えない安心感がシン達の心と体を包み込む。


「ガッッハッハ!

 どうだ、凄い短剣だろう?

 ……まぁ、言ってしまうと光で周囲を照らす以外に、これといった使い道は無いんだが、旅をするのであればランプの代わりになるだろう。

 短剣としてもまぁ……それなりの逸品ではある。光を消したい時は鞘に収めちまえば良い」


 そう言われて、シンが短剣を鞘に収めると、刀身の光は消え去り……鞘に収められるその瞬間、刀身に刻まれた古い時代の神代文字がシンの目に写り込む。


「……クラウソラス?」


 その文字を読み上げる形でのシンの呟きに、アーサーはおや? という表情を浮かべる。


「ほう? 倉庫の奥に放り込んであった骨董品にそんな銘があったのか。

 ……クラウソラスとはまた聞きお覚えの無い銘だな」


 そう言って自らの髭を撫でながら首を傾げるアーサー。

 そのまま黙り込み考え込むアーサーに対し、工房で待機していたパン職人達から声が上がる。


「団長! 俺からもシンに礼を言いたいんですがね!」

「倉庫の肥やしを押し付けただけのことで何をそんなに偉そうにしているんですか!」

「シン! お前の水薬、すっげぇ美味かったぞ!」

「ドルロも意外と強かったんだなぁ!」


 そんなことを口々に言ってシンとドルロの下へと殺到するパン職人、兼、騎士達。


 そうしてシンとドルロは大勢の筋骨隆々の男達に全力で、一切の遠慮無く揉みくちゃにされてしまうのだった。

 

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