第23話 歩廊の上で


 大防壁の側面に貼り付けたかのような造りの、とても長く幅の広い石階段を駆け上っていくシン。


 階段を駆け上っていけばいく程に、それまで聞こえていなかった激しい音や鋭い音、人の叫び声や魔物の悲鳴などといった様々な音が響き聞こえてくる。


 そうした音達に続いて、魔物独特の臭気や血の匂いまでもが漂って来て……そうしてシンは、それまでの人生で感じることのなかった、戦いの空気というものを敏感に感じ取ってしまう。


 その空気のあまりの重苦しさに足が竦んでしまって心が怯えてしまって、一歩も動けなくなってしまっていると、そんなシンのことを大きな体となったドルロがそっと抱き上げる。


 抱き上げたシンをそっと自らに肩に座らせたドルロは、その大きな手でしっかりと支えて、その力強さでもってシンを元気付けながら、のっしのっしと階段を駆け上がっていく。


 そうやってシンとドルロが階段の終わりの向こうにある大防壁の歩廊へとたどり着くと、歩廊を埋め尽くさんばかりの数えきれない程の騎士達の姿が二人の視界に飛び込んでくる。


 泥に塗れ、返り血に塗れてその白鋼の鎧を汚してしまっている騎士達は、仁王立ちになるか、歩廊の壁によりかかるか、片膝を突くなどしながら、荒く重く息を吐いており……その様子から余程の激戦なのだろうという事を窺い知ることができる。


 ドルロの肩から降りながらシンが、そんな騎士達の姿を一人一人、確かめるように眺めていると、そんなシン達の存在に気付いた一人の騎士、白銀の大盾を持ったガラハがシン達の下へと駆けてくる。


「シン君!? どうしてここに!? それにドルロ君のその体は一体!?」


 駆けてくるなりそんな大声を上げたガラハに、シンが言葉を返そうとした……その時。

 シンとガラハの間に空の上からふんわりと降りて来たマーリンが割り込んでくる。


「シン達の参戦を許可したのは、他の誰でもないこのマーリン様だよ。

 ああ、ああ、ガラハのその顔……色々と言いたいことがありそうだね。

 まぁまぁ、まずはこの水薬を飲んでみると良い。

 シンがわざわざ君達の為にと作ってくれたものなんだし、飲んであげるのが騎士道ってものだろう?」


 そう言ってマーリンが手にした杖を一振りすると、荷車に置いたままのはずだった水薬達がその荷箱ごとゴトリとシン達の目の前に現れる。


 一体何をしたのかと一体どんな魔法を使ったのかと、シンとドルロが驚き困惑してしまっている中……ガラハは大きな溜め息を吐き、マーリンのことを半目で睨み、呆れたような表情を浮かべて何かを言おうとする……が、そんなガラハの表情を見てか、マーリンはわざとらしい仕草でもって自らの両耳を塞ぎ始めてしまう。


 マーリンのそんな子供のような態度に、何を言っても無駄なようだと大きな溜め息を吐いたガラハは、渋々といった態度でマーリンの言葉に従い、目の前の水薬に手を伸ばす。


 瓶を手に取り、蓋を取り、瓶に口をつけて……水薬を一口のみ、二口飲み、その味と効果の程を確かめるかのように少しずつ少しずつ水薬を飲んでいったガラハは、その全てを飲み干すなり、目を丸くして驚愕の表情を浮かべる。


「……これが水薬だとは、にわかには信じられない程の味ですね。

 以前マーリンが作ったものはあんなに酷い味をしていたというのに……。

 それでいて薬効も中々どうして悪くない。飲んだ瞬間から疲労と痛みが消えて……全身が心地良いというか、むずむずとして回復する様を実感出来るというか……うん、これは良いですね」


 そう言ってガラハは、荷箱の数を数え、荷箱の中の瓶の数を数えてシンへと向けてニッコリと微笑んでくる。


「ありがとうございます、シン君。

 この戦況の中で、この飲みやすい水薬の存在はとてもありがたいです。

 ……この短期間で、この質のものをこれだけの数揃えるとは……大変だったでしょう?」


 微笑みながらそんなガラハの言葉に、シンが何とも言えず照れてしまっていると、ずいと身を乗り出したマーリンがさも自分も褒めろと言わんばかりの顔を作り出す。


 そんなマーリンの顔を見て半目となったガラハは、手にしていた大盾をガンッとマーリンの足元へと叩きつけて、マーリンを鋭く睨む。


「シン君、この水薬を作ってくれたこと、そして僕達の為にというその気持ち、とても嬉しく思います。

 ……ですが、この男……マーリンなんかと付き合いを持つというのは感心しませんね。

 この男はトラブルと女遊びだけを好む、この街一番の厄介者です。

 付き合いを持った所で良いことなど一つもありません。

 こんな男の言葉に惑わされないで、今すぐ安全な場所に避難を―――」


 マーリンを睨んだまま、険しい声でそういうガラハに対し、マーリンはハハッと軽く笑い、ガラハの言葉の途中だというのに構うことなく大きな声を上げる。


「あー! あー! あー!

 良いのかな、良いのかなー、そんなこと言っちゃってー!

 シンとドルロは貴重なゴーレム核を今日の為に使い切る程の覚悟でこの場に駆けつけてくれたのにさー!

 そ・れ・に、大事なことを忘れているようだけど、このマーリン様はすでに口にしているんだよ?

 シン達の参戦を許可したってね!

 このマーリン様の階級の関係上、この決定を覆せるのはアーサーだけ!

 その肝心のアーサーは今何処にいるのかな? あ、戦場かな?

 じゃぁじゃぁしょうがないよね、アーサーが来るまでは好きにやらせてもらうよ!」


 そう言ってシンの背中をトンと叩くマーリン。


 ドルロに二つのゴーレム核を使い、そうして今日までの時間を使って準備をした、アーサー達の助けになればとドルロが必死に考え練り上げたあの技……あの作戦。

 それを今こそやれと、そういう合図なのだろう。


 その合図を受けてシンとドルロは本当にやって良いのかと困惑した顔になるが、マーリンは、


「構わないよ、やってごらん」


 と、そんな言葉を口にし、なんとも軽薄そうな態度でウィンクをしてみせる。


 そんなシン達とマーリンを交互に見やったガラハは大きな、呆れ混じりの溜め息を吐いて……そうしてからシンとドルロに向かい治って優しい静かな声を口にする。


「……シン君。

 マーリンは最低愛悪の性格をした、稀に見るゲス野郎ではありますが……確かに騎士団の中での階級は僕より上の、僕の上司にあたります。

 そのマーリンが良いと言っている以上は……僕に止めることは出来ません。

 それとまぁ……マーリンはゲス野郎ではありますが、悪人だとか嘘つきの類ではありません。

 そのマーリンがやれと言っている以上はきっと悪くない作戦なのでしょう。

 ……なぁに、何かあっても責任を取るのはマーリンです、好きにやってしまいなさい」


 ガラハにそう言われてシンとドルロは強く頷き、そうして意を決し……戦場を臨む歩廊の奥へと足を進めるのだった。

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