第24話 泥
シンとドルロが歩廊の奥、戦場の方へと足を進めると、歩廊の壁にある弓矢を射る為に作られたと思われる穴の向こうから凄まじい光景が二人の視界へと飛び込んでくる。
数え切れない程の魔物達と数えきれない程の魔物の死体が埋め尽くす戦場を、魔力を放ち光り輝く騎士達が舞い飛んでいるという……その圧巻とも言える光景にシンとドルロは思わず言葉を失ってしまう。
魔物達の死体の数からして騎士達はかなりの戦果を上げているようだったが、魔物はまだまだ、辺り一帯を埋め尽くす程の数を残しており……何よりオーガなどの大型の魔物達の多くが健在であるようだ。
その様子を見てすぐにでも援護しなければと意を決したシンとドルロは、今日の為にと練っていた作戦を実行すべく準備を整え始める。
まずはドルロがその口を大きく開けて、そこから何か丸い筒のようなものを突き出し、その筒を壁の穴へと差し込み……相変わらず短いままの足を大きく開き、かなりの大きさとなった両手を壁に突いてどっしりとした構えを取る。
そうしてシンが構えを取ったドルロの背中……いつもの数倍の大きさとなったドルロの背中にそっと両手を触れて、瞑目し魔力を込めながら呪文を唱え始める。
シンとドルロのそんな様子を見たガラハはドルロの突然筒が突き出たことに驚愕し愕然とし……シンとドルロとガラハのそんな様子を見たマーリンは腹を抱えて両足をバタバタとさせての大爆笑をする。
辺り一帯にマーリンの笑い声が響き渡る中、シンの魔力とドルロの筒の準備が整って……筒の奥に込められたシンの魔力が弾けて、ドルロの筒から一つの……大きな泥の塊が戦場へと発射される。
「ど、泥ですか!?」
それを受けてのガラハの悲鳴のような声が周囲に響き渡る中、発射された泥の塊はオーガの顔目掛けて飛んでいって……そうしてオーガの顔へとベチャリと直撃する。
「あーはっはっはっっは! そうだよ、あれは泥! 泥なんだよ!!
しかもあの泥、ただの泥じゃぁないんだよ!!」
その様を見て、したり顔でそんな大声を上げるマーリン。
泥の直撃を受けたオーガはその泥を手で拭おうとする……が、ヌチャリヌチャリと全く泥らしくない粘着力の強さで、いくらオーガが拭おうとしても拭われることなくオーガの顔に張り付き続ける。
張り付いたままグニグニと蠢き、大きく広がった泥は、オーガの目を塞ぎ、鼻を塞ぎ……視覚と嗅覚をオーガから奪い取ってしまう。
「あーーっはっはっは!
無駄だよ、無駄無駄! シンとドルロが魔力で操っている以上、その泥から逃れる術は無い!
魔力で弾けばどうにかなるかもだけど、君達のような愚鈍な魔物に魔力を練ることが出来るかなぁ?」
壁から身を乗り出して泥を受けたオーガを指差し、嘲り笑うかのようにそんなことを言うマーリンに対し、なんだってお前が自慢げにするのだと半目で冷たい視線を送るガラハ。
そんな中、シンとドルロは懸命に魔力を練り、泥を操り……それを受けて泥は更に蠢き広っていってオーガの口すらも塞ごうとし始める。
目と鼻だけならまだしも口まで塞がれてしまったらと思い立ったのだろう。どうにか泥から逃れられないかと、泥を拭い去れないかと悶え苦しみ、そうして我を忘れたオーガは暴れ始めてしまう。
人の数倍はあろうかという巨体で暴れてしまったが為に、周囲の魔物達にオーガの腕が当たり、脚が当たり……何体かの魔物達がその命を絶たれてしまう。
「あーっはっはっは!!
お、お腹が痛いってレベルじゃないよぉ、これ!
笑いすぎて喉も頭も、全身の何もかもが痛いやら、おっかしいやら……!!
……いやはや、よくもまぁこんなことを思いついたもんだよねぇ。
これはシンのアイデアなのかい?」
緩んだ笑顔をずいと突き出してそう尋ねてくるマーリンに、シンは懸命に魔力を操作しながら言葉を返す。
「えぇっと……この作戦は全部ドルロの考えたものなんです。
パン屋さんで皆さんが小麦粉を練る様子を見て、泥も似たようなものなんじゃないかと、水を混ぜたり良く練ったりするとで、色々なことが出来るんじゃないかと、ドルロはそう考えたらしくて。
それでドルロは時間を見つけては泥をパン生地のように練って研究したり、焼き物屋さんから焼き物に向く粘着質の泥を譲って貰ったりしていたみたいなんです。
そんな時に二つのゴーレム核が手に入ったので……これはもうやるしかないなって、そう思ったんです」
そう言ってシンは魔力の操作へと意識を戻し、集中し始める。
ドルロの筒からもう一発の泥が放たれて、それが先程のオーガから離れた位置にいる別のオーガの顔へと命中する。
そうやってまたもオーガの視界を塞いて鼻を塞いて……三発、四発と次々に泥を発射し、同じことを繰り返していくシンとドルロ。
そんな折、発射された一発が泥の射線が、戦場を飛び回っていた騎士の軌道に重なってしまい……そうしてその泥がその騎士へと命中してしまう。
その光景を見た瞬間「あっ」と声を挙げて、騎士があの粘着質の泥に埋もれてしまうと息を呑むガラハだったが……しかしガラハの予想通りにはならず、騎士へと命中した泥はサラリと滑るかのようにして騎士の身体をすり抜けて、そのまま地面へと落下していく。
騎士が身に纏っていた鎧やマントには微かな泥汚れすら無く……その様子を見たガラハは唖然としてしまいポカンと大口を開けてしまう。
よくよく見てみれば泥を発射する度、ドルロの身体は縮んでいて……なるほど、あの泥はドルロの体の一部なのかと思い至り、そこでようやくシンとドルロが何をしているかを理解するガラハ。
切り離し遠くへ放たれたといっても体の一部であることには変わりなく、それであんな風に自由自在に操ることが出来ているのだろう。
距離が離れているが為に相応の魔力は消費してしまっているようだが……それでも普通に魔法を放って攻撃するよりもかなり効率は良いようで……少ない魔力でどうにかしようとしたのだろう、シンとドルロなり苦心の跡が垣間見える。
文字通り自らの身を削って行われるドルロのその攻撃は戦場へと向けて次々と放たれていって……魔物達の最大戦力であったオーガの何体かが泥に纏わり付かれたことで、戦場の流れが変わり、形勢が騎士達の優勢へと傾き始める。
「ああ、いけない、いけない。
面白すぎて夢中になっちゃったよ。
ほらほら、ガラハ、ぼーっと見てるだけじゃなくてさ、シンの水薬を皆に配らないと駄目だよ。
休憩中の皆の体力と魔力を回復させて……一気に流れを変えようじゃないか」
そんなマーリンの言葉を受けてハッした表情になったガラハは、先程マーリンが出現させた荷箱を抱え上げ、水薬を歩廊で体を休める騎士達へと配っていく。
その様子を見てうんうんと偉そうな態度で頷いたマーリンは、面白い見世物で楽しませて貰った事だし、自分も少しは皆の役に立ってやろうかと、手にしたその杖を振り上げるのだった。
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