第16話 給料日



 あれからシンはケイの言葉とガラハの助言を噛み締めながら、ありったけの気持ちを込めてサラマンダーの世話をする日々を過ごしていた。


 サラマンダーに食事を楽しんで貰えるよう丁寧に魔力を練って、どうしたら魔力が美味しくなるのか、どうしたらサラマンダーが喜んでくれるのかを模索しながら、実践していく日々。


 そうした日々の中でドルロもまたシンに負けぬようにドルロなりの努力をしようとしていて……魔力を練るシンを真似ているのか、それともパン職人達を真似ているのか、パン屋の裏口にある井戸の側で泥を捏ねる日々を過ごしていた。


 その行為に一体どんな意味があるのかは全くの謎であったが……かといって誰かの迷惑になる訳でもなし、シンもパン屋の面々もドルロの好きなようにさせていて……そうして何日かが過ぎての給料日の朝。


 待ちに待った給料日だと、パン屋の面々がソワソワとフワフワと沸き立つ中……シンとドルロは落ち着いた、いつも通りの態度で身支度を整えていく。


 給料を貰える事は嬉しいには嬉しいが……それが果たしてどういうことなのか、どれ程嬉しいことなのか……給料という形で金を受け取ったことの無いシンとドルロは、今ひとつ実感出来ていなかったのだ。


 そうして身支度を終えたシンとドルロが、いつも通りに食堂に向かい、いつも通りに朝食を摂り、さぁ今日も元気に働くぞ! と、気合を入れていると、


『ガッハッハ!』

 

 と、何処かで聞き覚えのある笑い声が、店先の方から響いてくる。


 その笑い声は店先から、開店準備中の店内へと入って来て……その笑い声に釣られてシンとドルロが店内へと視線をやると、いかつい鉄兜を被り、金色のワサワサとした髭を揺らし、ガチャガチャと全身鎧を揺らす、バルトの入り口で会った騎士団長の姿が視界に飛び込んで来る。


「……なんで騎士団長がここに?」


「……ミミー?」


 お客さんにしては今日初めて見るというのも、開店準備中の中に入ってくるのもおかしな話。


 騎士団が……その長である騎士団長が、パン屋に一体何の用なんだろう? とシンとドルロが首を傾げていると、騎士団長が懐から大きな革袋を取り出しながら大きな声を張り上げる。


「おうおうおう、お前ら! 給料の時間だぞ! 並べぇぇーーい!」


 そんな騎士団長の声を受けてか、パン屋の中に居た職人達が一斉に駆け出し……休日だからと二階の自室で休んでいた職人達までもが階段を駆け下りてくる。


 そうして騎士団長の前に、横一列にピシリと整列するパン職人達。

 

 その様子を見てシンは、なんだか自分も並ばなければならないような気分になって、ドルロを抱えて慌てて駆け出し、職人達の列の一番右側にちょこんと並ぶ。


 シンのそんな姿を見てガッハッハと一笑いした騎士団長は、そうしてから背筋を正し、職人達の名前を一人一人呼んで、側に来させて、革袋の中から出した魔法銀貨二枚か三枚を手渡していく。


 そうやって職人達全員に手渡し終えた騎士団長は何故かシンの名前を呼ばずに、シンの前へと歩いて来て、その口を大きく開く。


「ガッハッハ!

 まさかあの時の魔法使いさんがうちで働いてくれるたぁなぁ!

 おかげで繁盛しているそうじゃねぇか、ありがとうよ!」


「……あ、あの、騎士団長がどうしてここに?

 それにうちで働くって……?」


「ミミ、ミミミミー?」


「あぁ? 俺が此処に来たって別段不思議なことはねぇだろうよ。

 何しろここは、騎士団の駐屯所を兼ねた騎士団員が働くパン屋なんだからよ」


「え、えぇ!?」

「ミミー!?」


 まさかの騎士団長の言葉に、シンとドルロがそうやって驚いていると、騎士団長は説明していなかったのかと並ぶ職人達改め、騎士団員達をギロリと睨む。


 すると騎士団員達はそれぞれに誰かが説明したとばかり思っていたという顔をして……そんな中でガラハはうっかりしていたと言わんばかりに自らの頭を両手で抱え込む。


 そんな騎士団員達の様子を見て……ガラハの様子を見て、大きな溜め息を吐いた騎士団長は、コホンと咳払いを一つしてから、シンとドルロに言葉をかけてくる。


「昔のパン屋……というか、小麦粉に関わる者達は、どいつもこいつも不正をするモンばかりでなぁ。

 それで俺達の……規律正しく誇り高くいざ不正をしようもんなら首が飛ぶ騎士団員の出番となったんだよ。

 バルト内の粉挽き小屋とバルト中央部のパン屋は大体騎士団が関わっていると思って良い。

 もちろん騎士団が関わってねぇパン屋もあるにはあるが……まぁ、そういう店は大体ロクでもねぇ店だと相場が決まってらぁな」


 そこで一旦言葉を切った騎士団長は、革袋の中から金貨一枚と何枚かの銀貨を取り出し、シンの右手に握らせる。


「ま、そういう訳だからよ、魔法使いさん。これからもよろしく頼むぜ。

 ここで働くうちに騎士団員になりたくなった、とかも大歓迎だからな!

 うちには魔法使いの騎士団員も大勢居るし、大魔法使いを自称する阿呆もいるからきっと良い勉強になると思うぜ。

 ……っと、いけねぇいけねぇ、そんなことよりも何よりも、まずは挨拶をしねぇとだったな。

 俺の名前はアーサー、バルトの誇る騎士団最強にして大陸最強かも知れないと噂される男だ。気軽にアーサー団長と呼んでくれや」


 そう言ってアーサーは握手のつもりなのか、金貨と銀貨を握り込んだシンの右拳そのものを、大きくごわごわとした手で包み込み、そのままぶんぶんと振り回す。


「ぼ、ぼ、ボクの名前はシンです! こっちのゴーレムはドルロ!

 よろしくお願いします……アーサー団長!」


「ミ、ミミミミー!」


 右手を振り回されながらどうにかシンが、シン左腕の中でその揺れに耐えながらどうにかドルロがそう言うと、アーサーはにっこりと微笑んで満足気に頷き……そうして大きく口を開いて笑う。


「ガッハッハ!

 南門で見かけた時から思っていたが、随分とまぁ良い面構と良い心構えをしているじゃねぇか。

 あの女好きの馬鹿魔法使いに見習わせたいくらいだ!

 こっちのゴーレムの方も中々どうして……愛嬌があるし、元気も良い!

 こいつぁこれからが楽しみだな!」


 そう言ってアーサーはまたもガッハッハと大きく笑い、そうしてシンとドルロの頭を交互に何度も何度も撫で回し続けるのだった。

 

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