第15話 バルトの通貨


「これから俺がする話は、このバルトだけでなく、バルトと取引のある街全部で通用する話だからな、よく覚えておけ。

 バルトを中心とした統一通貨による統一市場。これが商業街バルトの強みなんだ」


 そう言ってケイは、テーブルに置いた銅貨の上に人差し指を置き、スススとシンの前まで滑らせてくる。


「まず銅貨について。

 実はこのバルト銅貨な、同じ大きさの銅よりかなり高い価値があるんだよ。

 ……お? 訳わかんねぇって顔をしたな、良いぞ良いぞ、それで良い。

 本来の硬貨っつーのは、銅、銀、金、それと魔法銀を使って作った、その素材の価値そのままの価値を持つモンなんだが……それだと色々と、重くて持ってらんねぇだとか、嵩張って邪魔になるだとかそういう面倒があってな。

 で、もっと使いやすくしようとなって……それで硬貨価値保障って法律が作られたんだよ」


 説明を続けながらケイは、その銅貨を持ち上げて……軽い木片をそうするかのように、手の中でポンポンと跳ねさせる。


「このバルト銅貨は、純銅製の銅貨何枚分かの価値があり、その価値をバルトが保障します。

 この硬貨をバルトの商会に持っていけば、相応の純銅貨か、同価値量の銅と交換します。

 なので皆様、この軽くて持ち歩きやすいバルト銅貨をぜひともお使いください。

 何しろ軽いので、買い物や旅の負担になりません、とってもおすすめです。

 ……って感じでな。

 そういう訳で、バルト銅貨は銅を一部含んだ……よく分からん軽くて劣化しにくい素材で作られているし、バルト銀貨も、バルト金貨も、バルト魔法銀貨も似たような感じだ。

 ちなみに何で作ってるのか、どうやって作ってるのかは偽造防止を理由に公開されてねぇ」


 続いて銀貨、金貨を持ち上げたケイは、それらを銅貨と一緒に手の中でポンポンと跳ねさせる。


「バルト銅貨10枚で、バルト銀貨1枚の価値。

 バルト銀貨10枚で、バルト金貨1枚の価値。

 バルト金貨10枚で、バルト魔法銀貨1枚の価値。

 具体的に今の市場で、このバルト銅貨、バルト銀貨、バルト金貨がどれくらいの銅、銀、金の価値があるかは……市場の流れだとか、今年の収穫がどうなるかだとか、何処で戦争が起こっただとか、そういった理由で変動するから、正確な所を知りたきゃ両替屋に行って聞くと良い。

 まぁ……大体バルト銅貨1枚でやっすいパン一つを買えるか買えないかって感じだと思っておけば良いはずだ。

 つまりだ、シン。お前の日当のバルト銀貨2枚は、バルト銅貨20枚……大体パン20個分ってところなわけだ」


 ケイにそう言われて、シンは頭の中で思考を巡らせる。


 故郷の街では、大体銅貨10枚がパン1個分とされていた……が、しかし故郷の銅貨はバルトのそれよりもかなり小さなものだったし、パン自体の出来、大きさも全く違う。


 銀貨は銅貨10枚どころではない価値があったし……金貨は更にその遥か上の価値だ。


 どうやら故郷で培って来たこれまでの価値観はここでは全く通用しないようだと思い至ったシンは……ケイの話を、ここでのお金の価値の話を何度も何度も頭の中で反芻し、深く刻み込む。


 そうしてシンが頭の中での思考が一段落したとばかりに深く頷いたのを見て、ケイははははっと小さく笑う。


「良いぞ良いぞ、金の価値をそうやって真剣に考えるのは大事なことだからな。

 もっと考えろ、考えてよーく考えて……そんで金は大事に使え。

 もうちょいしたら給料日が来る。

 そうなりゃぁシン、新人のお前でもまぁ、それなりの金を手にすることだろう。

 なんならその金を持ってバルトの中を歩いてみりゃぁ良い。

 何日か働いて得た金で何が買えるのか、何が出来るのか……それをよく知った上で、待遇だなんだの話を改めて考えてみたら良いと思うぜ」


 そう言ってケイは、もう一度大きくはははっと笑って……そうして最後に高く硬貨達を跳ねさせてから財布に戻し、途中だった食事を再開させる。


 そしてそんなシンとケイとのやり取りを静かに見守っていたガラハが、話が一段落したと見て、シンに声をかけてくる。


「……さて、シン君はこれからどうしますか?

 ケイの言う通り、給料日までこのまま待つというのも手ですし、待遇が悪いのを承知で……十分な見返りが得られないのを承知で、雑務などの仕事に手を出すというのも……あまり良いことでは無いですが、まぁ、一つの手です。

 シン君は先生の教えを守ろうと、傲慢にならないようにと気を付けているようですが……正直、僕の目で見た限りでは、今の所シン君は傲慢とは程遠い所に位置していると思いますし、僕としてはひとまずの様子見をおすすめしたい所ですね」


「……はい。

 どうやらバルトはボクの知っている街とは色々なことが違うみたいなので、もう少し色々なことを勉強して、そうしてから決めたいと思います」


「ミー! ミミミミー!」


 考え無しの思いつきで余計なことをしようとしてしまったと、ガラハとケイに余計な手間をかけさせてしまったと、落ち込みながら返事をするシンと、そんなシンをドルロが励まそうとしているのを見て、ガラハはにっこりと微笑み……そうしてから優しく静かな声をシンにかける。


「ただ漫然と現状を受け入れるのではなく、しっかりと考えを巡らせて、考えた上の自分の意思でもって、現状をなんとか変えようと動くことはとっても良いことだと……僕はそう思いますよ。

 その上……シン君は人に相談し、人の意見を聞こうとする素直で勤勉な心も持ち合わせている。

 シン君のそういった心構えは、きっとこれからシン君を良い方向へと、正しい方向へと導いてくれることでしょう。

 ……ですので、そう落ち込まずに、後悔などせずに、これからもシン君らしく前を向いて突き進んでください」


 ガラハのその言葉に、シンはいくらか明るさを取り戻し……そうしてから深く頷く。


 このパン屋で働く人達は皆良い人ばかりだ。

 真面目に懸命に日々を働き、美味しいパンを皆に届けようと必死で、それでいて自分のような子供に真っ直ぐ、真摯に接してくれる。


 ケイのようにその知識を惜しげもなく披露してくれる人も居れば、ガラハのように優しくシンを支え、諭してくれる人も居る。


 きっとアーブスはここがそんなパン屋だと、良い人ばかりが働く素敵なパン屋だと知っていて、紹介してくれたのだろう。


 何も知らない子供だから、まずはここで色々なことを学べと、そういう意味を込めて……。


 そんなことを考えてもう一度深く頷いたシンは、気持ちを入れ替え背筋を正し……そうして今日も頑張って働こうと、このパン屋の為に、皆の為に、そして美味しいパンを待つお客さんの為に働こうと、気合いっぱいに椅子から立ち上がるのだった。


 

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