変わらないこの村の中で永遠に在り続ける

霜月ふたご

壱人目の村人・荒くれのジェリー

代わりに大きな蓑虫が一体

 それは、激しいあらしの夜のこと。


 一人の少年がなげいていた。


 連れの男ががけから転落し、全身を打撲だぼくして動けなくなってしまったからだ。

 幸いなことに命に別状はなかったが、足をくじいて身動きが取れなくなり、全身にった傷からの出血も激しかった。

 冷たい雨が激しく打ち付け、れた体がどんどん冷えていく。

 徐々じょじょに体力がむしばまれていき、何ら応急処置もほどこせないこの状況下では、連れの男の生命いのちもそう長くはもたないように思えた。


 少年は、痛みにもだえる連れの男の体を支えて抱き起こした。

 肩を貸して自らが支えになりながら、ぬかるむ山の道を転ばないようにゆっくりと進んで行ったのであった。


——いつまでもここで、こうしている訳にはいかない。


 兎に角とにかく、ひたすらに前へと進んだ。それがこうそうしたのか、眼前がんぜん洞窟どうくつを見付けた。それが鍾乳洞しょうにゅうどうか熊の巣穴すあなかは分からなかったが、雨風をしのげるのであればそれで良い。

 体をすべり込ませるように、二人は洞窟の中に入っていった。


 少年は、連れの体を地面に横たわらせた。

 すると連れが、ガタガタと身を震わせながらうめいた。

「早く、あんな恐ろしい村から、遠くに離れなければ……」

 彼はおびえていた。その気持ちは少年にも痛い程分かっていた。


 彼らにとって、あの村での生活は——理解しがたいものであった。


「きっと、大丈夫だよ。外から、助けが来るから」

 少年は連れの手を握ってはげました。それでも、段々と男の手からは体温が失われていっていた。


「助けなんか来るものか!」

 連れの男は絶望ぜつぼうしながら叫んだ。

「俺があの村で、どれ程に恐ろしい目にあったのか、お前なんぞに分かるものか!」

 そう怒鳴った連れの男は、そこらの小石を手に取った。何を思ったのか、連れの男は少年の頭目掛めがけて、拾った小石を投げ付けてきた。相当にカッカしていたのだろう。


 投石とうせきが頭に激突し、少年は身をかがめて痛みに苦悶くもんの表情を浮かべた。


 ここまで連れの男のために尽くしてやったというのに、この仕打ちは何であろうか——。少年の瞳に、怒りの色が燃え上がった。

 少年はゆっくりと立ち上がると、連れの男を睨み付けた。

 そして、言ってやった——。

「ジェリーお兄ちゃんは絶対に、そんなことをしないよ」

 

 連れの男は鼻を鳴らした。まるで気でも狂ったかのように、盛大に笑い声を上げた。

「ジェリー? はぁ? ……誰のことを言っているんだよ! 俺の本当の名前はなぁ……!」

——しかし、男がその後の言葉を口にすることはなかった。


 なぜなら、連れの頭が、次の瞬間しゅんかんには黒いもやおおわれていたからである。

 初めは必死に身をくねらせて抵抗していた男だが、バランスを崩して地面に倒れて以降はピクリとも動かなくなった。


「……ジェリーお兄ちゃん以外は、この村にはいらないんだよ」

 少年が、男を見下ろしながら冷酷な笑みを浮かべた。


——その言葉は、誰に向けられたものなのだろう。

 すでにその場から、連れの男の姿は消えていた。

 代わりに人間程の大きさもある巨大な蓑虫みのむしが一体、そこに横たわっているだけであった。

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