超☆能力恋愛バトル

冬原桜

プロローグ

 外は、暖かい春の陽気だ。

 春休みはたった二週間ほどだったのに、通学のためのバスを待つのがものすごく久しぶりだと、椎名しいなあおいは感じていた。

 腰掛けたベンチは深い緑。見上げれば日除けはくすんだグレー。車線の間の植え込みから生えた桜の木から、風が吹いたわけでもないのに、花びらがひらりひらりと落ちる。

 蒼の前に、一台のバスが止まる。紺色が基調で、タイヤの辺りに白のラインが入っている。乗り込めば、蒼と同じ制服を着た学生が数人座っていたが、見知った顔はない。左側の、一列シートに座る。

 蒼は窓枠に肘をつき、ぼんやりと外を眺める。一、二本後にくるバスに乗れば、座席は埋まり圧迫感があるため、今年度も変わらずゆとりを持ったバスに乗り、通学する。

 バスが五分ほど走行し、広い川の上の橋を渡りきると、すぐに小中高並んだ一般学校の前を通り過ぎる。、こちらの学校に通っていただろう。そうだったなら、自宅が近いから歩いていけるし、初めての彼女だってとっくに出来ていたに違いない。

 ここから乗車時間はさらに二十分ほどかかる。賑わった街中から離れ、マンションなどの高い建物は徐々に見えなくなり、整列するように並んでいた一軒家同士の間隔も、広くなっていく。

 上り坂が増えたと思えば、しばらくして山道に突入する。道が悪いのか、座席が小刻みに震え、蒼は一度お尻を浮かし、座り直した。うねった道に差し掛かると、体が右へ左へと持っていかれる。この揺れは長年乗っていても慣れず、座っていても辛い。

 蒼がげんなりしていると、すごい速さで窓の外をよぎった影が、進行方向少し先で止まった。バスの天井より少し高い空中で、あぐらをかいた状態で蒼の方を見ている。担任の早瀬はやせ歩鷹ほたかだ。早瀬は蒼と視線が同じになるくらいまで高度を下げ、走るバスの横をあぐらの格好のまま浮遊していた。

 口に咥えていた煙草を二本の指ではさみ、挨拶がてらかその手を上げ、車中にその声は聞こえないが、「ひさしぶり」とガラスの向こうから口パクで伝えてくる。一文字発するたび、早瀬の口から煙がもれていた。

 蒼がぺこりと会釈して顔を上げると、もうそこに早瀬の姿はなかった。

 高速で空中を移動できる早瀬のような能力があれば、こんなに揺れるバスに乗る必要もなく、便利だ。残念ながら、欲しても、手に入らないわけだが。

 バスが木々の間を抜けたその先に、限られた人間だけが通うことを許された学校があった。あるいは、限られた人間にとっては、ここ以外に行き場がない、とも言える。

 そこは、超能力を持つ人間が集約された学校。蒼の通う学校だ。

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