令和に変わるその瞬間に、彼氏の家で一緒にのんびりする彼女のものがたり。

朝田アーサー

 令和に変わるその瞬間に、彼氏の家で一緒にのんびりする彼女のものがたり。

 「ねぇーゆうくーん」


 「んー、なーにー?」


 ゆうと呼ばれた俺は、呼んだ相手である俺の彼女のゆうに対して適当に返事をする。

 でも、その対応が気に食わなかったのかテーブルを挟んで向かい側に座っていた宥が、気に食わなさそうに頬を膨らませながら隣へとやってきては膝を着ける。


 「私が呼んだのに、少し反応が薄いのではないですか?」


 「ならもう一回やる?」


 「当たり前です。というかわかっているじゃないですか」


 満足そうに鼻を鳴らす宥ひゃ、視界に垂れてきた長髪の髪を耳に掻き上げれば「では行きます」と言って目を瞑る。


 「ねっ。ねぇ、宥くん?」


 今度は少し恥ずかしそうに体を左右にもじもじと揺らしながら。

 大きくなく、それどころか控えめである宥の胸だが、それがパーカーにシワを作りどこかエロく見える。


 「なんだい? ハニー」


 「……気持ち悪い」


 「なにそれ!? なに!? なんでそんな小声でいうの!? 傷つくからッ! 俺傷ついちゃうからっぁ!」


 あまりの辛辣な物言いに声を立ててしまう。

 焦って訂正させようと奔る気持ちが俺の膝を立たせるが、それまでだ。

 少し微笑んでいる宥の顔をみて、それは愚策だと判断し何とか抑えた。


 「やっぱり祐は構ってくれるから嬉しいよ」


 「……ちょっかい出してるって自覚があるのなら少しは控えるとかしてくれたらいいんだけどなぁ」


 「だが断る!」


 「ははっ。それやりたかっただけでしょ」


 「まぁねっ」


 気さくに微笑む宥が突然と体を横にするように寝っ転がり、頭を胡坐を掻く俺の脚に乗せてくる。


 「いきなりなんだよ」


 「いきなりなんだよって。いきなり膝枕?」


 「何をいきなりステーキ見たいに言ってるんですかね」


 「なになにー?」と自然に疑問をぶつけるような視線に俺はため息を吐くことしかできず。

 開いた片手で、そっと宥の頭を撫でてみる。


 柔らかい感触が手に馴染み、指と指の間を流れる毛並みがくすぐったさを残していって。

 どこか懐かしさを残していく。


 これはどこの……あぁ、そうか、付き合いたての頃の。


 「初めて付き合ってからのお泊りの頃も、こんな感じに頭を撫でたんだっけ」


 「あまり。昔のことは出さないでほしかったんだけどなぁ」


 少し残念そうに呟く宥に、俺はまずったと口を閉ざす。

 さっきは何も考えずに、ただ頭に浮かんだものを言葉にしてしまった。今は一人じゃないんだ。相手のことを少しは考えないのか俺は!


 どことなく流れる沈黙に、嫌な自己嫌悪が祐の思考を支配する。


 初めての家でのお泊りのきっかけが、宥が突然と家出をしてきて、そして「泊めて」の一言で玄関を潜り、今でもその理由を教えてくれてはいないのだ。

 無理に聞き出そうともしないし、向こうも話そうとしないしでほとんど忘れてしまっていたが、それを一番忘れてはいけないものだったと後悔が募る。


 今日は平静最後の日と、令和を一緒に迎えましょうの会でのお泊りで楽しい雰囲気を作っていこうといろんな話題を作ってきていたというのに、それが先ほどので無に帰った。


 どうすれば。俺はどうすればこの状況を解決できるんだ。


 その問、俺は思考に集中していて忘れていた。


 「何で勝手に撫でるのを止めてるわけ?」


 「……え? は、はぁ?」


 言われて気付き、俺は先ほどまで宥の頭をなでていた手を探す。

 撫でていた手は、やはりというべきか宥の頭を撫でておらず、それどころか俺の手は宥の頭にはなく、身体を支える杖のように床を突いていた。


 「だから。私が撫でろっていってるんだから、さっさと撫でろ馬鹿」


 「はぁ。はいはい。わかったよ。甘えん坊さん」


 「なぁっ!? 何が甘えん坊よ! 私が何か話題を出さなかったらずっとお通夜のくせに!」


 「わかったわかった。わかったからさっさと俺に撫でられてろ」


 騒ぎ立てようとする宥を無理やりに抑え込みながら、俺はおでこを出すように宥の髪をかき上げながら撫でる。

 そっと指を立ててみれば、先ほど以上に指間に髪が流れて柔らかい感触とくすぐったい感触が流れる。


 「あれ? 今私おでこでてる? あれ? 今めっちゃブス?」


 「なんだよ。そんな要らん心配すんなよ」


 「え? じゃあ今めっちゃ美人?」


 「……」


 「おいおいなんだよ急に黙りやがって。美人だよな? 可愛いですよな?」


 「冗談だよ。可愛い可愛い。俺の彼女は可愛いよ」


 「そうだよ! かわいいんだよ! だっ! だから、最初からそういえばいいのに……」


 次第に小さくなる声は、そっと背ける顔に着いた耳が赤くなることを踏まえて恥ずかしさからだろう。

 きっと今の宥に何か言っても、そのどれもが素っ気無いもので楽しくないのだろうと思い、面白そうということで、指先でそっと耳穴を突いてみる。


 「――っ!? な、なにをするのよ」


 「何って、いきなり耳指し?」


 「それってさっきの私の真似?」


 「んー? どーだろうねー」


 宥の言葉に空返事を返し、もう一度耳に指を突っ込んでみようと、宙でくるくると指先を回す。

 すると突然に宥がムクリと体を動かした。


 「首が疲れた」


 「そーですか」


 まるで興味がないといった具合に返した返答に、宥はまた機嫌を悪くしたのか顔色を変えて膝から頭を退ければ、這い這いのような形でこちらへとじりじりと向かってくる。


 「私は怒りました。だからあなたの膝に座らせるのが道理です」


 「何が道理なのかわからないけど、どうせいつも見たいに座りたいだけなんじゃないの?」


 「別になんだっていいの! だから早く座らせるの!」


 どこか強気で説得するような口調で胡坐を掻く膝の中に転がり込んでくる宥。

 一瞬身が膠着するが、それは宥が予想以上に重かったなどという理由ではなく、後頭部が俺の鼻の目の前にやってきてこのまま息を吸っても良いのかという何とも気持ち悪い疑問が生まれたからだ。

 宥はそれを気づいたのか、後頭部を俺の顔からずらせば背を少しかがめさせ、次には俺の胸板に体重を掛けるように身を預けてくる。


 「……ねぇ、祐」


 「どーしたの? 宥」


 数呼吸置いてからの宥の言葉に、嫌でも引き込まれる俺。

 今度は間違えないように。

 失敗のないように。

 彼女の本心を感じられるように。


 そして宥の口が開くのを待った。


 逡巡するように曖昧に口の開閉を繰り返す宥であったが、決意が決まったのか、目を閉じ、呼吸を揃え、口を開く。


 「もう、昔の話は。昔の私を思い描かないで」


 「……」


 急な突拍子のないものに、俺は口を開けない。

 いや、開けられない。

 今はわかる。

 宥と触れる体に、いつもより早い宥の鼓動が。

 焦っている、緊張している、恐怖している。

 宥の言葉は、これで終わりではないということが分かるから。


 俺は口を開けずに待つんだ。


 「だから。今は、今は、ね? 今の私だけを見てて」


 今の私だけをみて。

 ヤンデレじゃないかという一言で片づけられてしまう言葉。

 でもそうじゃない。

 宥の、俺の彼女の本心はそれじゃない。


 俺の宥の本心は――。


 「なんだよ、嫉妬してんのかよ?」


 自惚れかもしれないが、他人でも誰でもなく、過去の自分、未来の自分に俺の目を今の自分しか入れてほしくないという嫉妬からくるものなのだ。


 愛されている。

 そう思って、そう高ぶってしまっても仕方ないことだろう。


 それに気づいた俺が、この気持ちを止められるわけもなく。


 「ごめん……大好き」


 そっと。それでいて簡単には払いのけることの出来ないほどの力で宥を抱きしめた。

 突然抱きしめられた宥は、戸惑いと恥ずかしさでそれを払おうとするが、簡単には外れない。


 「好き。好きなんだよ、大好きなんだよ!」


 「わかった! わかったからも放して! もうさっき見たいなことは言わないから!」


 顔はもちろん、耳先まで真っ赤にそめた彼女には、それはただの拒絶ではなく、恥ずかしさからくるものだと考えて。


 これじゃあ歯止めがないじゃん。


 きっと今ここで迫っても止める人も、拒絶する宥もどこにもいないだろう。

 でも、だめだ。

 好きだからこそ。

 好きだからこそ、傷つけたくないからこそ。


 「好きなんだよ」


 次第に宥は落ち着きを取り戻すように、顔の赤さだけは相変わらずだが、抵抗は止めた。

 敵わない、解けないと悟ったからではない。

 ただ好きだと。好きなんだと連呼されることに飽きたからでもない。

 今の自分を必死に。自分の言ったわがままを、死ぬ気でなぞろうとしている祐に、そんな感情は無粋だと悟ったからだ。


 だから言うんだ。


 「私は何かきっかけがないと本心は怖くて言えないから。言える内に言っとく」


 私は……。

 私は私は私は。


 繰り返す言葉に。

 繰り返す躊躇に背を向けて。

 必死に添い遂げようとしてくれる彼に、面と向かって。


 「ねぇ、祐くん」


 「どうしたの? 宥ちゃん」


 同じ名前であることに笑いなどはもう起きない。

 でも、嬉しさは沸き起こる。

 これは、私は彼のことを好きだから。

 大好きだから。


 だから。

 だから言うんだ――


 「愛して、ます……」


 真っ赤に染まる。

 それは自分でもわかるほどに熱くなって。

 本心を告げたことが恥ずかしくて。

 祐の反応を見ようとしても何も言わないし……。


 うるさく。ドクドクとうるさく心臓が興奮する。

 それは自分でも恥ずかしいほどに高鳴りを上げて。

 宥にこの音が聞こえていないかと思うほどに恥ずかしくなって。


 抱きしめる腕の力をそっと弱め、今度は俺が宥に野垂れ込むようにして。


 「――愛してるよ」


 ドクンドクンとうるさかった心臓が音を消して。


 あれだけ恥ずかしくて暑かった頬に感覚が消えて。


 これが。


 これが。


 ――愛しているなのかもしれない。


 恥ずかしさが心地よさに変わって。


 恋が愛に変わって。


 目を閉じて背中を祐に預けて。


 目を閉じて優しく宥を抱きしめて。


 秒針がレイを刻んだ。


 「これからも、令和からも。よろしくねっ」


 「こちらこそ。俺の好きな君が、俺を好きでいてくれますように」


 そして。

 互いに顔を近づけて。

 キスをした。

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 令和に変わるその瞬間に、彼氏の家で一緒にのんびりする彼女のものがたり。 朝田アーサー @shimoda192

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