第3話 勾玉慕情
すでに両親を亡くしていた少年は、翡翠磨きの師匠である老人の小屋で寝起きしていたが、その日は朝餉もそこそこに、小屋の作業場に腰を下ろした。
採ってきた見事な原石を注意深い目つきで眺めまわすと、慎重さと決断力をもって石を割り、研ぎ砂で丹念に研いでいく。
「
あまりに弟子が熱中していたためか、師匠が苦笑交じりに声をかけがてら、ひょいと勇魚の手元をのぞき込む。
「ほう……なかなかよい石を拾ってきたものじゃ。早起きをして得したな」
勇魚は喜ぶかと思いきや、複雑な表情となった。
「あの、これは売ったりするものではなく……」
「売り物ではない?」
「はい、鮎児……じゃなかった、お邸のお嬢さまに」
それだけで意が通じたと見え、師匠は頷いた。
「いや、そなたから取り上げようとは思わんよ。翡翠は女神さまのお力をもって、悪きものを遠ざけ、良きものを招き入れると申す」
勇魚はほっとした表情を見せる。
「遠く都に行く、采女になるって聞きました。口では強がりばかり言ってますが、本当は心細い思いをしているはず。俺は、こうやって翡翠を磨くことしかできないけれど、奴奈川をこの石に閉じ込めて持って行ってもらえれば、と」
「うむ、そうして差し上げなさい。何より、お嬢さまの行く末に幸いあれと願う、そなたの心を奴奈川姫さまもきっと喜ばれるはずじゃ」
*****
やがてもう一つの足音が聞こえ、彼女は振り返ったものの、その表情に驚きはなかった。
「……やっぱり来ると思っていた」
だが、もはや少年は少女にかける
「……?」
鮎児が両手を差し出すと、つるりとしたものが掌に載せられた。
「まあ……」
少年の拳の温もりそのままに、石は緑色に息づいていた。
「ひょっとして、あの朝に拾った翡翠?」
こんなに見事な勾玉、見たこともないわ――彼女はいつもの不機嫌さも尊大さも忘れ、ただ純粋な賛嘆の声を上げるだけだった。
いっぽう勇魚は怒ったような顔を崩さず、ただ大きく一度だけ頷くとそのまま二、三歩後ずさりし、ぱっと踵を返すとどんどん遠ざかっていく。
「あっ、待って――」
時に足を石にとられつつ駆け去っていく少年を、少女はせつなげな眼差しで見送っていた。
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