第84話 急げアラン 前編

アランは急いでいた。



今まではエリーに乗るときは、人の目を避けて、決して街道を通ることはなかった。



この日、街道を歩いていた者、馬車に乗っていたものは、人智を越えた速度で走る存在を目にすることになる。


ある者は、神の使いだと跪き、

ある者は、この世の終わりを告げる存在だと逃げ惑うた。



それも仕方ないことだろう…

馬車でも、時速10キロ程しか出ない世界に、この時のエリーの速度は時速200キロを越えていた。



アランが、ギルと別れて1時間が経過する頃、帝国の奴等だと分かる馬車を発見した。サファイアを守っていた護衛が着ていたのと同様の格好をした集団に守られた馬車を発見したのだ。



馬車を通り過ぎたところで止まり、


『そこの帝国の馬車よ、止まれー!!王都の囚人たちを返して貰います。3秒で止まらなければ強行手段に出ます!』


『な、何だ!?あの化け物蜥蜴は!!』

『人が乗ってるぞ!』


『3』


『止まれと言ってるぞ!』


『2』


『無視しろ!避けて通り抜けろ!!』


『1』


『0』


俺は気功波を馬車を引く馬の足に当てる。倒れた馬車に驚く帝国の馬たちにも次々に気功波を当て、落としていく。


『何が起きてるんだ!?何をされてる様子もないのに、馬たちが次々とやられていく…』



『俺は急いでいます。投降するなら、命は救います。しかし、邪魔をするなら殺します。同じく3秒で答えを出して下さい。』


『3』


『2』


『何をしてる!相手は1人だ!!さっさと殺れ!』

隊長らしき人物が叫ぶ。


『エリー殺るぞ!時間をかけるな。』


俺はエリーの背中から飛び降り、帝国の兵に向かって駆け始める。



俺の心は不思議なほど迷いがなかった。


ビアンカがいつ連れ出されたか分からない。

馬車1台に詰め込んでも20人がいいとこだろう。



つまりは、王都の中の囚人を運んだのなら、この先何台の馬車を救えばビアンカに当たるのかは未知数なのだ。


国境を超えられると追うこと自体が難しくなるのは分かっている。


それならばその前に全てを救うつもりで俺は動いていた。




帝国の兵たちは、1人向かってくる俺に斬りかかって来るが、


遅い…俺は次々と首を跳ねていく。


5人も殺した頃には、残りはエリーが片付けていた。生まれて初めて人を殺したが、嫌悪感を感じる余裕もなかった。


高レベルになっており、装備を一新し、

攻撃速度の付与により素早くなった俺の攻撃は、鍛えられているはずの帝国の兵ですら躱すことすら出来ず斬られていくのだった。



すぐさま俺は、馬車の中の人間を解放する。


『ビアンカいるか?いたら返事をしてくれ!』


『あんちゃん助けてくれてありがとう。この馬車には女はいない。』


『そうですか…エリー次に急ぐぞ!』


『待ってくれ!俺たちはどうすればいい?王国からは帝国に売られて、戻る国もない…』



『俺に甘えないで下さい!今の王国からも帝国からも狙われるなら、ラトルの王族と共に王国を取り戻し、帝国をも破ればいいだけじゃないですか!それすら嫌なら、勝手に死ねばいい!』


『待ってくれ、せめて命の恩人の名前だけでも聞かせてくれないか!?』


『これから何もせずに死ぬかもしれない人間に名乗る名前はありません。さようなら!』



俺は、直ぐに出発するのだった。




それからも次の集団に追い付いては、同じことの繰り返しだった。しかし、いつになってもビアンカは見つけられない…


徐々に帝国との距離が近づいていき、俺は焦り出していた。




既に休憩も取らず、24時間を越えて戦い続けていた。夜営している帝国の兵たちにも次々に声を掛け、反撃にあい殺していた。


帝国の人間には、投合するという考えはないようだ。これまで40を越える集団に声を掛け、全て反撃にあっている。



俺の疲労もピークに達していたが、少しでも休憩を取ればそのせいでビアンカへ手が届かなくなりそうで怖くて、前に進むことしか出来なかった。


そんな無理が祟ったのか、今まで一度も攻撃は受けてなかったアランだったが、帝国の兵の斬撃で右腕にそれなりに深い傷を負うことになった。


『主ー!大丈夫ですか?』


『大丈夫だ!後で薬を飲めば大丈夫な程度の傷だ。心配いらない!』


仕方ないので左手に持つ吸血のナイフに魔力を込めて斬りかかる。帝国の兵を斬った瞬間それは起こった。


斬った先から、ナイフが兵の血を吸収し始めたのだ。




そして、俺の身体にも変化が起きる。先程斬られた手の傷がみるみると回復していくのだ。血は止まり、痛みも無くなっていく…



試しに、吸血のナイフで魔力も込めず斬っていると、あの攻撃力0が嘘のように、よく切れるナイフと化していた。



どうやら吸血のナイフとは、使い手がダメージを負っている時にのみ、他者へダメージを与えられ、


その血を吸い、使い手がそのダメージを回復する力になる特殊なナイフだったようだ。



それで武器屋では、切れる人間がいなかったのだろう…


わざわざ怪我をしている人間が武器を買いに来ることは少ないだろうし、その状況で血を持つ者に斬りかかることもまずないだろう…



原理が分かれば、凄く貴重なナイフだということが分かる。お得な買い物をしたものだ。



戦闘が終わる頃には、薬を飲む必要もないほど完全に回復していた。


吸血のナイフの影響なのか、付与に付いている回復速度上昇の影響なのか分からないが、血を失った後の気だるい感覚すらも最早感じないほど回復していた。



『主?お怪我は?』


『新しい装備の力で回復したようだ。心配ない。』


『そのような効果が!?素晴らしいですね!


しかし、主の疲労も限界が近いようです。もし、この馬車にビアンカ様がおられなかったとしても、主は少し私の上で休まれて下さい!


帝国の人間の特徴は覚えました。次の馬車に追い付く僅かな時間でも少しは回復する筈です。このままでは、強い相手が混じっていた時に危険です。


馬車の人間を救うという制約がなければ、私だけでも何百人でも相手は出来るのですが…』



『エリーに心配掛けるのも悪いし、この馬車に、もしビアンカがいなかったらそうさせて貰うよ。でも、この馬車にいてくれるのが一番助かるんだけどね…』




しかし、やはりこの馬車にもビアンカはいなかった。



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