第40話 ラトル教育村

俺は、ハリーの勉強を担当することとなり、一気に忙しくなった。


ハリーに合わせた教材の作成、テストの作成、毎日の宿題の作成、そして合間には、レオナルドの要望のテキストの作成に追われた。



ハリーは、とても勤勉で教えれば教えるだけ、理解し、さらに次の知識を求めるようになっていった。「勉強をする楽しさに目覚めた」ってやつだ。


余りに、その進行速度が上がりすぎたため、レオナルドと相談して、少し勉強の時間を減らすようにしてもらった。


理由は、もう少しハリーも子供らしい、勉強以外の楽しさも学んで欲しいという俺の希望からだった。その時間を使って、俺とハリーは、かくれんぼをしたり、紙飛行機を作ったり、絵を描いたりして遊んだ。


そんな時に見せる、ハリーの子供らしい表情は俺だけでなく、レオナルドもナディアもマリンも癒されてるようだった。



そんな平和だが、忙しい日々の中、ついにレオナルドの求めていたテキストの原本が出来上がった。


『レオナルドさん、とうとう完成しました。これでどうでしょうか?』


レオナルドは、じっくりとテキストに目を通す。


『良く出来ていると思うぞ。この本があれば、独学でも時間をかければ理解出来そうだ。』


『良かったです。これを誰に使う予定なのですか?』


『それは王都の多くの者にだ。


アランの言っていたことを信じるなら、俺はラトルの村を学園のような存在にしたいと思っている。ただし、利益を多くは求めない形でだ。


王都から徒歩4~5時間の距離の村人全員が、教師に成りうる村なんだぞ?その者たちが、このテキストを利用して教えれば、王都の多くの者たちが文字や計算を使いこなすようになれるだろう。


その功績が、ハリー様にあれば、民の生活を向上させた王子と、支持を集めることが出来るだろう。さらに、その者たちの中から将来有力者が現れれば、さらに力になってくれるだろう。』


『なるほど、ハリーは教育を押さえ、民衆の人気を武器にするのですね。それが実現したら、ハリーは力を付け、ラトルも有名になりそうですね!?』


『だろうな…【ラトル教育村】と言ったところか?』


『それが、実現したらいいですね!』

俺は、この世界も日本のように、多くの者たちが最低限の教育を受けられる世の中になる可能性に心踊った。



数日後、エリス陣営との会談が行われた。


『そいつが暗殺者か!?』

レオナルドが殺気を込めて、アクティーを見据える。


『はい。元暗殺者のアクティーです。今は、ご存じの通り、アランに身も心も捧げて、下僕となっております。』


『ならいい!少しでもおかしな真似したら、遠慮なく斬るから行動には気を付けろ!!』


『分かってます。』



『では、会談を始めよう。まず始めに此方から色々と伝えることがある。


まずは、アランの故郷の村ラトルについてだ。アランの話によれば、この村はアランが広めた勉強方法と、アランの作った勉強を理解しているものが理解してない者に教えるシステムのお陰で、10歳以上の村人の識字率の100%、足し算、引き算、掛け算、割り算も全員出来るそうだ。


これが、どんなに異常なことかは、エリス王女も分かるかと思う。』



『そんなことが可能なのか?普通の村にしか見えなかったが…』

エリスはとても信じられないという反応だ。



『確かに、うちの村ではアランが8歳の時に始めた勉強のシステムで、全員文字と計算は出来るようになりましたね…それのどこが異常なんですか?』


ビアンカは、当事者として当たり前の感覚だった。



『やはり本当のことなのだな…


普通の村では、村に1人そんなレベルの者がいればもてはやされる存在になる。王都ですら、そのレベルの大人は30人に1人いるかだと思われる。それが全員だぞ!?如何にアランの作ったシステムが異常なものだったかが分かると思う。


これを見てくれ!』


レオナルドは、エリスに、俺の作ったテキストを渡す。


『これは?』


『それは、この2週間アランに作らせた、文字と足し算、引き算の勉強のテキストだ。それを見れば分かるだろうが、誰でも順に進んでいけばマスター出来るように作られている。』



エリスたちは暫く、テキストを真剣に見ていた。


『これは、すごいな…苦労して、勉強してきたことが、ものすごく簡単なものに感じるほど、分かりやすい。しかし、これを使って何をしようというのだ?』


『俺は、ハリー様の名の元に、ラトルを「ラトル教育村」へと変えようと思う。簡単にいえば、学園のようなものだ。比較的安価で、身分に関係なく学べる場所だ。



王都から近く、村人全員が講師を出来る理想の環境。アランのこのテキストと、アランの勉強方法に慣れ親しんだ村人が教えれば、意欲あるものならば、1ヶ月の滞在で、文字の読み書き、足し算、引き算をマスターして帰れる。


そうすれば、民の生活を向上させ、ハリー様は民の支持を集めることが出来るだろう。さらに、その者たちの中から将来有力者が現れれば、さらに力になってくれるだろう。』



『なるほど…教育の場を押さえることによって、将来への投資をしていくのだな。面白いかもしれない。


しかし、そのテキストを全員に渡すとなると本当に安価で出来るのか?製本するのは、金がかなりかかると聞いたことあるが…』


エリスの質問にレオナルドがすぐに答える。


『それも、アランが解決してくれた。版画という技術を昔開発したそうだ。一度木の板を印鑑のように彫ることで、インクを塗って、紙にペタっとするだけで、何枚でも同じものを作れるそうだ。』


『あー!そういえば昔そんなの作ってた!!確かにあれなら、誰でも同じもの作れるわね。…でもあれって、最初の板はアランしか作れないんじゃない?かなり難しそうだったわよ?』


『まあ、ちょっと面倒だが、俺が作るしかないよな。まあ、今なら昔より遥かに上手に作れるとは思うよ!やってみるさ。』



俺は、教育の向上のためだと、やりがいを感じていた。



『そこでだ!俺はアランとラトルへ、一度行ってみようと思っている。しかし、それは、ハリー様を狙う人間たちに格好の機会を与えることにもなる。


そこで、それを逆手にとって、罠を張ろうと思っている。』



エリスも興味を示したようだ。

『罠!?どうやって?』


『まずは、ラトルへの訪問期間を1週間で申請する。


おそらく、ハリー様を狙う者がいればこの隙を見逃さないはずだ。どうだアクティーだったか?お前も本来なら俺がハリー様から離れてる隙を狙うだろ?』


アクティーは答える。

『私だったら、本当にあなたが、王都を離れるか、王都の門までは、間違いなく見てるわね…あなたがいなければ、暗殺の成功率は跳ね上がるもの!


でも、同時に1週間も離れるというと、逆に怪しむわ…あなたが、有事でもないのに、ハリー王子の側からそんなに離れるのはおかしいもの…せめて3日なら信じるかもしれない。


あなたが王都から出るのを確認でき、信じたなら、私なら初日の夜にハリー王子の命を狙うわね。予定より早く帰って来るかもしれないし、2日目の夜までにあなたが戻っていないとも限らないしね。』


『では3日で申請することにしよう。初日の午後から出発のスケジュールで報告を上げ、実際には、変装用の衣装を入れた道具バッグを持ち、早めに発つ。王都を離れたら、荷物はどこかへ隠し、俺たちは走ってラトルへ向かう。


ラトルで、調べたいことを短時間で済ませ、また走って王都へ帰ってくる。上手くいけば出発して5時間程で戻れるはずだ。


その後、隠していた衣装に着替え、こっそりと王宮に戻る。当日の王宮門兵が、信頼出来る者のみの日を選べば秘密裏に、簡単に入れる。


俺たちが戻るまでは、ブライト団長に、こっそりハリー様の護衛は頼むことにする。


そこからは、俺とアランはハリー様の側で隠れて過ごすことになる。これで、アクティー以外の暗殺者が罠にかかるやもしれん。


アクティーも夜、適当に闇に紛れて侵入し、皆と合流してくれ。暗殺者というくらいだからそれくらいの技能はあるだろう?お手並み拝見だ!



それからだが…


仮に他の暗殺者を生け捕りに出来れば、そいつらに雇い主を吐かせればよいのだが…それが無理なら、アクティーに頼みがある!』


『改まって何?』


『暗殺者として、捕まって貰えないか!色々と作戦は考えたのだが、アクティーを使ってマリア王女を失脚させるのには、ハリー様を暗殺しようとしたところを現行犯で捕まえ、マリア王女に依頼されたとハッキリ皆の前で証言することが一番なのだ!


正直これは、アクティーに死ねと言ってるも同義なのは、理解している!無茶を言ってるのは理解しているが、頼めないか!?』


『ちょっと!レオナルドさん何をいってるんですか!?そんなの駄目に決まってるじゃないですか!!』


俺は、そんなこと許せるはずがなかった。しかし、アクティーはあっさりと答えるのだ…


『いいわよ。元々アランのしもべになったとき、依頼を断って消されるつもりだったんだし、特に変わらないわ。


だけど、1つ条件があるわ!』




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