第35話 ラオスの暴走 前編

会談の翌日、俺とビアンカは、すぐに来るようにエリスに呼び出された。


エリスのところへ行くと、そこには見知った男がエリスたちに何か喚いていた。


『ラオス、ここで何をしてるんだ?』


そう。同期のラオスが、エリスとイアンに向かって何かを言っていたのだ…


『アランとビアンカか?お前らがどうしてここにいるんだ?』

ラオスは、不思議そうにこっちを見ている。



それを答える前に、エリスが俺たちに声を掛ける。

『急に呼び出してすまなかったな…ここにラオスがなかなか無茶を言ってくるのだが、いくら説明しても諦めてくれないのだ!仕方ないので当人である、2人を呼び出したというわけだ。』


『当人?何のことです?』

ビアンカがエリスに尋ね返す。


『ラオスは、クリスの弟らしいのだ。私がクリスを一般人の殺人未遂容疑で指名手配したことを知り、取り消すように言ってきてるのだ…


実際に罪を犯したものは、罪をきちんと償うべきだ!取り消すことは出来ないとずっと言ってるのだがな…』



『王女様ともあろう方が、またそんな嘘を言うのですか!?クリス兄さんが、一般人を殺そうとなんてするわけがないのです!真面目で、正義を愛する兄さんは、虫の命ですら大事にするような優しい人なんです。』



(そういえば、ラオスは兄が近衛兵にいるって言ってたな。まさか、クリスさんだとは…


しかし、なにこの狂信的な兄への尊敬…?)



『ラオス、落ち着け!王女に根拠なく嘘つき呼ばわりなんてしてると、不敬罪で捕まるぞ!?


それに、お前の兄のクリスさんに殺されそうになった、一般人ってのは俺のことなんだ。ダンジョンで、いきなり崖に向けて体当たりをされてな。


崖から落とされて、俺は死にかけたが、奇跡としかいいようがない偶然が重なってたまたま助かったが、かなり危なかったんだ。


お前が兄を信じたい気持ちは分かるが、クリスさんの犯した罪は変えられない!エリスさんをこれ以上困らせるんじゃない。』


『何?アランお前がその被害者だと?ずっと、元気に過ごしてるじゃないか!何ともないなら、クリス兄さんを殺人者にするのはおかしいだろ?すぐに撤回しろ!』


ラオスは、俺がその被害者だと知るなり、今度は矛先を俺に向けてくる。



『何言ってるのよ?クリスはね…私たち3人の目の前で、アランの存在が怖いから、崖から落として殺したと証言したのよ!たまたまアランが助かったからって、その罪は消えないわ!!』


ビアンカもラオスの勝手な言動にイラついたのだろう…怖い。



『ビアンカには、関係ないだろ!黙ってろ!!』


『なっ!?婚約者を殺されかけて関係ないだろはないでしょ!』


『ふん!この前までただの恋愛ごっこだった癖に、こんなときだけ婚約者ぶるな!だいたいな、クリス兄さんが何故アランごときを怖がらないといけないんだ!?そこからして嘘ばっかりなんだよ!』



『ラオス、いい加減にしろ。お前の言ってること全てが、自分勝手な願望を周りに押し付けてるだけのガキの発想なんだよ!


お前の兄は、間違いなく俺を殺そうとした!そこにお前の兄の中では、勝手な正義があったのかもしれない。しかし、実際に行動に出てしまったからには、その罪は償わなければならないんだ。


お前のしないといけないことは、ここでその罪を否定することでなく、何故兄はそんな愚かな行動に出なければいけなかったのかを知ることではないのか?


もし、その内容が信じれないなら、それを覆す証拠を懸命に用意してから訴えろ!!今のお前のように、根拠もなく、感情論だけで、被害者やその関係者にむやみに攻撃的な発言をするのは許されない。


先ずは頭を冷やして出直して来い!』


俺は、珍しく冷徹に言い放った!



『…そんなことしなくても、お前らが訴えを取り下げれば済むことじゃないか!崖から落とされたって、どうせ簡単に助かるくらいだし、大して高くもないんだろう?大袈裟に言って、クリス兄さんを貶めようとしてるに違いないんだ!』



『じゃー、場所教えるから、お前がそこから飛び降りてみてくれ。それでお前が助かったら、訴え下げて貰えるように頼んでやるよ!この王宮のてっぺんから飛び降りるようには軽くないからな。真っ暗で、比べ物にならないくらい高いから覚悟はしとけよ!』


『そんなの助かるわけないだろ!?それじゃアランだって助かる訳無いじゃないか!?やっぱり嘘つきじゃないか!』


『奇跡が色々重なったって、言っただろ。落ちてる最中に50センチ程の足場に当たって、そのまま偶然にも壁にある高さ1メートル程の割れ目に転がり込んだんだ。


それで、怪我はしたが、助かった。そこからも、いくつもの奇跡を乗り越えて地上まで生還したんだぞ!』


『そんな与太話信じられるもんか!』


『まあ、この話は事実だけど、自分でも半分信じれないような奇跡だったから、与太話扱いすることは許すわ…


しかし…

ラオスは、もう少し引くことも覚えた方がいいぞ!』



『うるさい!余計なお世話だ!!』



『考えてもみろ!もし、仮にここにクリスさんがいたとしよう。俺が、お前の目の前でクリスさんのお腹を滅多刺ししてたらどうする?』


『そんなの、クリス兄さんを助けて、お前を殺す!』


『じゃー助けようにも動きを封じられている。目の前では俺が何度も何度もクリスさんの腹を刺している。その時、俺は言ってるんだ。「死ねっ!死ねっ!」てな。』


ラオスは俺に殴りかかって来るが、俺は軽くいなして続ける。


『冷静になれ!例え話だ…


クリスさんが真っ青な顔で、意識を無くしたところで、俺は言うんだ。「これが俺の正義だ!悪く思うな。」


その後、医務室での懸命の治療により一命をとりとめたクリスさんは、元気になる。ほっとするだろ?


だけど、俺への恨みはそれで消えたか?クリスさんが助かったからもう許していいのか?助かっても、その行為は許せないだろ?これが俺やみんなの気持ちだ!


そして、この例え話でのお前の役柄は俺の親父だ。


元気になったクリスさんとお前の前で、何も知らない俺の親父が「死ななかったなら良かったじゃないか!だいたい、うちの息子はそんなことするわけがない。早くうちの息子を訴えるのは止めろよ!」と言ってきてる。


そんな家族のしでかしたことに何の責任も感じず、勝手なことばっかいってるやつ許せるか?


どうなんだ!?ラオス!!』


最後に強く問いかける!



ラオスは、例え話で、流石に自分のしてきたことのひどさが理解出来たのだろう、エリスに一礼だけして去って行った。



『流石にアランは、弁が立つな!就職試験35分で満点は伊達ではないな…』

エリスさんが誉めてくれる。


『どこでそんな情報が?』


『王家の者には、直属の部下を増員するかの判断のために、新人近衛兵全員の資料は一通り届いてるぞ。ビアンカの結果も見るか?』


『遠慮しときます!アランの満点の後には、絶対に知りたくないです。』

ビアンカは本気で嫌そうな顔をしていた。



『そういえば、クリスさんは相変わらず足取り掴めないんですか?』


『そうだな。私たちより1日早く王都に入ったことまでは掴んでいるんだが、その後の足取りがサッパリ掴めない。


おそらくは、バックにいた、王族の助けでどこかに身を潜めてるのだろう…念のため、存在が王都内にあると思って、警戒はするようにしてくれ!』


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