10 誰も欠けないために
「あとは、それぞれがどう動くか相談して決めないとね~」
「それと、穂坂くん達が鍵になるだろうから守る方法も考えないと」
四人のうち誰かが蜘蛛に取り込まれたりして欠けるのは避けたい。一人くらいいなくても別にライブができないというわけではないだろうが、穂坂達自身が四人でSTINAだと認識している以上、一人でも欠けたら不完全な神楽になってしまう可能性があるからだ。
「出雲路さんは守る範囲にこの二人を加えることは~?」
「……少し、厳しいな。今でさえギリギリなんだ。明日明後日と蜘蛛の奴も力をつけるだろうし、情けない話だが余裕はない」
出雲路は悔しげにそう判断を下した。一応霊能者を名乗っているのにできないと言うのはプライドが傷付けられるのだ。
「それならそれで別の対応を考えるだけ。二人が今も正気でいるのは確か細兄の呪符を使っているからだったっけ」
「出雲路先生と話して、そうかもしれないという結論になっただけだけど」
「本当に他の要素の心当たりがないならそれが理由だと思う。なら、それを強化する方向で動いても良いかもしれない」
来留芽は手持ちの呪符を取り出して並べた。
「販売しているものは京極印が付いていようがいまいが私達の普段使いしているものより一枚落ちる。それに、種類もない。でも、こっちだったら目的別に選んで使える。その方が効果が高いし。今回の場合だと……結界と
「結界だけでも充分だと思うけどね~」
「でも、精神に干渉してくるのだから不惑は必要。とりあえず向こうを刺激しない程度に日常を過ごす上でこの二つは持っていて欲しい」
「分かった。これで安心して明日を過ごせるな」
「でも、蜘蛛に近付くのはだめだから。樹兄、呪符を用意するために少し下がっても良い?」
「良いよ~。あ、戻ってくるときはついでに鼈甲の見積書と契約書もよろしく~」
「分かった」
来留芽は呪符を普通の人でも使えるように加工するために一旦会議室を離れる。先程広げたものは自分の霊力を込めて使うものなのだ。霊力を扱えない彼等に渡しても何の効果もない。そのため、彼等でも使えるように霊力を込めて封をしたものを用意しなくてはならなかった。
用意するのは霊紙を細く切ったものを八つ。これを霊力を込めた呪符に巻けば完成だ。使うときはこの細い霊紙を破れば良い。実に簡単だ。来留芽自身もいくつかを普段から持っているが、実戦にはあまり使ったことがない。封を破る一手間が隙になってしまうからだ。
「これでよし。一人二つあればまぁ大丈夫なはず」
明日を乗り切った明後日が文化祭の日となる。その二日分だ。この呪符に加えて式神か何かも彼等を守るために使っても良いかもしれない。
「そういえば、魔祓」
『何でしょうか、主様』
「さっきの話をどう思う? 具体的にはSTINAのライブを神楽に見立てて力を鼈甲と魔祓に捧げるというものについて、それが可能かどうかとか」
今はちょうど周囲に人もいないので来留芽は魔祓を呼んだ。彼は会議室での沈黙が嘘のように人の姿へ変わる。
『そうですね……実際にやってみないと分からないところもありますが、神と信仰の仕組みを考えるとできないことではないでしょう』
「だったら、とりあえずこのまま進めてしまおうか。人が持つ願いの強さは賭けるに値するから。もちろん、こっちも勝つ確率を上げる努力はするけど」
『そうですね。人間は不思議なことに、選べる道のどこかに奇跡が控えていますから。あやかしも、我等神も、どこかでそれを見たいと願っているのかもしれません』
ところで、今来留芽がいる場所は資料室だった。ここにオールドアで扱っている骨董についての鑑定書や見積もり、契約書など各種書類がしまわれている。その中であの鼈甲に関するものを探しだし、引き抜いた。これと合わせて確認し、契約に移るのだ。
「魔祓の分もまたちゃんと確認して処理をしないと」
『不思議な感覚ですね。紙一枚でこうして所有が移り変わっていく。もちろん、ちゃんと使ってくれるのならば文句はありませんが』
「その点、穂坂くんなら分かっているから使ってくれるはず。そういえば、つくも神はやはり“物”としての自覚の方が強い?」
『そうですね。あくまでも本体は物なので。ただ、神具は売買されることに拒絶感を覚える者が多いでしょうか』
「なるほど。参考になる」
そう言いながら鼈甲とは関係ない他の書類をしまったとき、はらりと一枚だけ床に落ちてしまった。
『拾いますよ』
「ありがとう」
拾った書類に書かれたものが目に入ったのか、魔祓が妙な姿勢で固まる。そして、微妙な表情でそれを渡してきた。
「何? ……見たところ、これは売却済みのものに関する書類らしい。ということは、ファイルが違う……」
『あの、主様? 私の目が確かなら、その、タマテバコと書かれているのですが』
「……確かに。何だったんだろう」
来留芽の目にも確かにその文字が映っている。書かれているのは管理のための名前の部分なのでそれなりに見た目や雰囲気から分かる言葉になっているはずなのだ。例えば、魔祓であれば仕込み杖、鼈甲ピックは鼈甲など。そのため、そこまで分かりにくい名前がつけられることはないのだが……。流石に玉手箱となるとどのようなものか想像し難い。しかし、社長がそう判断するようなものがあったのだと思うと、とても気になる。見た目は箱だろうか。どのような力を持っているのだろうか。
『しかし、蔵にはそういったものはなかった気がします。もっとも、ずっと沈黙しているものもいるので絶対ではありませんが』
「もう既にオールドアにはないのだと思う。でも、この筆跡だとタマテバコと書いたのは社長みたい」
『では、本物だと? あれは、おとぎ話のものですよ』
「信仰や願いが紐付けば“ない”ものでも“在る”ようになる。それが私達の世界でしょう?」
このような時に思うのだ。不思議に満ちているこの世界も悪いものじゃないと。
たとえ、その“不思議”が来留芽自身に牙を剥くことの方が多いとしても――
『そう、ですね。主様がそう思っておられるのなら我等は安心できます。受け入れてもらえないのは、やはり寂しいものですから』
「私はちゃんと受け入れるから。それくらいの度量はあるつもり」
来留芽がそう言うと、魔祓は一礼して仕込み杖の姿に戻ってしまった。表情が分からなくなってしまったが、きっと安堵したような気持ちでいるのだろう。来留芽は滅多に執着を見せないが、しかし心のどこかではこの世界を離れがたく思っているのだった。
この世界が来留芽の好きな世界であってもらうためにはいくらか仕事をしなくてはならない。
「さて、やることはまだたくさんある」
必要な物を持っていると確認してから来留芽は会議室へと戻った。ほんの十五分ほど離れていただけだったのだが、どうやらそれなりに話が進んでいたようだ。顔を出してすぐに樹に呼ばれる。
「あ、おかえり来留芽~。早速だけどそこに座って。ここまでで決まったこと共有しようか~」
「それはもちろん。でも、その前に呪符を渡してしまいたい」
樹が頷いたのを見て、来留芽は封をした呪符を並べた。結界と不惑の呪符のセットを二つずつ。天生目東高校に通っているわけでもない穂坂と和泉にも同じものを用意してある。どのみち明後日には彼等もあの高校へ行くのだから。
「ありがとう、古戸さん」
「これで、乗り切ってみせる」
「助かる。僕も頑張るから」
「ボクも同じものをもらえるんだ。ありがと」
素直にお礼を言って呪符を受け取る四人。使い方は今までの物と変わらないのでたいして戸惑いはしていなかった。
そんな彼等を少しばかり羨ましそうな顔で見る中年が一人。
「良いなぁ……陰陽術師が本気で力を込めた奴はマジで効くからなぁ」
「「先生は一人前の霊能者だろ」」
「他人の力を欲しがるとか、二流もいいところだよね~?」
「言ってみただけだよ、くそっ。やるときはやるさ。どいつもこいつも要求がキツいぜ」
基本的に、仲間とみなした相手以外に霊能者は自分の力を切り出すことはない。一番の理由はいつ敵対するか分からないからだ。本当に必要だと思う状況でなければ来留芽も呪符を渡そうとは思わない。
出雲路の場合、自分を含めて五十人程度は守れるだけの力量があるのだから頑張れと突き放せる。
「それと、鼈甲の契約書はどうする? 樹兄」
「今、確認しちゃおうか~。君達は同じグループで他人事ではないから同席するようにね~。だけど……」
樹はSTINAのメンバーは同じように話を聞くべきだと判断したようだ。それは、彼等が同じグループでよく一緒に活動している、一種の運命共同体であるからだろう。
しかし、と向けられた視線に出雲路は苦笑する。
「ああ、こっちは少し部屋を出てれば良いんだろ? ちょうど実家に紙のことを連絡しなきゃならねぇし、話し終えたら呼んでくれ」
「だったら、第一会議室を使えば良いよ~。来留芽、案内して。こちらはこちらでさっさと進めようか~」
第一会議室はすぐとなりにあるというのに“案内”とは。
来留芽は出雲路に視線を向ける。信用されていないのだな、と思いながら。
「案内します」
「ああ、悪いな」
しかし、それはお互いに分かっていることでもあった。来留芽は立ち上がり、第二会議室の扉を開く。出雲路はいつの間にか取り出したつまようじを咥えて、開いた扉の向こうへ消える。
「第一会議室はこの部屋です。私もこちらに控えていても?」
「ああ、別に良いぞ。何も悪いことを考えちゃいないが、心配になるのはもっともだろうからな」
そう言うと、来留芽の目の前で徐に携帯電話を取りだしてどこかへかける。おそらくは、彼の生家へ。しばらく出雲路の言葉を聞いている限り分かったのは、現在彼の生家の指揮を執っているのは彼のすぐ上の兄だということ。そして、籠上家が嫌いだということ。
つまり、思った以上に即答で許可が下りたらしい。
《余一、どうせならこっちで必要な形状にするけど?》
「じゃあ、メッセージカード風で」
《おーけー。それっぽく固めの紙にしておくよ。……おーし、野郎共今夜は徹夜だ-!》
《ええぇえええ-!? そりゃないっすよ、横暴だ》
《四の五の抜かすな。ヤレ》
ドスの低い声が漏れてきたところで出雲路は無言で通話を切った。そして、パッと顔を上げて笑顔で言ってくる。
「どうやら大丈夫そうだ。あの調子だと明日の午前には届くだろ。坂田や三井にも話してやらないとな」
思うことがないわけではなかったが、何も言えずに来留芽は黙って頷く。おそらく、触れてもらいたくないのだろう。それに、間に合うのならばそれで良い。
「さて、また全員集まったところで、明日からの動きを決めようか~」
来留芽と出雲路が第二会議室に戻ってすぐに樹がそう言ってホワイトボードに予定と書き込んだ。
「まずは、出雲路さんから。紙についてどうぞ~」
「ああ。紙は明日の午前くらいには届くはずだ。一応、メッセージカードにするよう頼んである。届け先はここ、オールドアにさせてもらった。守りもしっかりしているしな」
「それなら、午前中には誰かしらいないとね~。社長で良いかな」
明日の欄に「紙届く、社長待機」と書き込まれる。
「ねぇ、古戸さん。お宅の社員、社長使いが荒くない?」
「別に。余裕があるなら社長でも使えというのはオールドアではわりと普通」
「えー、そうなんだ。ボク達の事務所の社長もフランクな方だけど、自分の予定を勝手に決められるのは嫌がられるだろうなぁ」
言われてみれば、社長は来留芽達の失敗も勝手もしっかり受け止めてくれる。規格外に懐が大きいのだろう。
「はい、そこ~、しっかり予定を考えようね~?」
「とりあえず私の方は、今日はこのあと天生目東高校を見に行く。明日は学校、部活を終えてからオールドア」
淡々とそう言った来留芽に続くようにして穂坂達も慌てて予定を思い出す。
「ええと、おれは明日は学校、部活は休んで事務所へ。で、機材の一部を運ぶ……だっけ?」
「そうなるんだろうな。俺は明日は天生目東高校で文化祭準備、夜は明日の打ち合わせ」
「僕もノブと同じ感じ」
「ボクは普通に学校あるけど、部活は入ってないから授業のあとすぐに事務所かな。まぁ、時間潰すだけだからどっかの喫茶店に行くかも」
口々に言われた内容を樹が書き込んでいく。併せて、やらなくてはならないことも。
「よし、こんなものかな~」
そこへ、出雲路が指摘する。
「メッセージカードを書く作業が抜けているぞ。兄貴に頼んだのは霊紙をメッセージカードの形にするところまでだ」
「……仕事が増えた」
ぱたり、と坂田がテーブルに顔を伏せてしまった。メッセージカードにメッセージを入れるのは自分達しかできないと理解してしまったからだろう。つまり、休めそうにないぞと絶望したのだ。
「全校生徒分プラス先生方で合計千と少しくらいか」
「やばくない? 一人あたり三百くらいやらなきゃならないんじゃ」
「腱鞘炎になるな。まぁ、ガンバレ」
出雲路から他人事な応援をもらって、三井と坂田は世界を呪うかのような暗い瞳となる。ライブの前にそんな重労働をしたくはないだろう。流石に酷だと思い、来留芽は樹に視線を向けた。何かしら思いついてはくれないかと期待してだ。
「う~ん、それで調子を崩されても困るからね。よし、お兄さんが何とかしてあげよう~!」
「具体的には?」
「はんこを作るんだよ~。ちょうど材料はあるし」
樹が言うには、オールドアに橋を作ったときに出た半端な木屑があるのでそれを使ってはんこを作るとのこと。それくらいなら片手間にできるらしい。
「それなら……!」
「ぺたぺたするだけ」
「一枚一枚書くよりは楽だな」
「希望が見えたね」
STINAの面々の瞳に光が戻ってくる。確かに、はんこなら手書きよりは楽かもしれない。
「そうそう~。だから、君達のグループのロゴとサインをもらっても良いかな~? メッセージの文面はいくつか出してくれればそれもはんこにしちゃうよ~」
「助かります! よし、それじゃあノブ、悠里、秀、急いで考えるぞ!」
ここに来てリーダーらしくてきぱきと指示を出し始めた穂坂のお陰か、十分な量のメッセージ案が出され、樹はそのどれをもはんこにしてくれると約束したのだった。
「今日はありがとうございました。そして、明日明後日、よろしくお願いします!」
「うんうん。頑張ろうね~」
「くれぐれも、“見える”ことに気付かれないように」
そして、四人は出雲路に送られてオールドアを去っていく。来留芽は二枚の式神の呪符……式符を取り出すと霊力を込めて呼び起こした。
「――守ってきて」
ひゅるりと秋風が吹き抜けていく。それを何となく眺めていた来留芽の頭にぽん、と樹の手が乗せられた。
「過保護だね~」
「別に」
「ま、無理はしないように。さぁ、僕達の仕事の時間だよ~」
そして、蓮華原市の夜に二人の姿が紛れた。
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