8 優勝するのは

 

 アンカーにバトンが渡った時点の順位は一位黄組、二位赤組、三位青組、四位赤組、五位青組、六位黄組だった。

 ゴールテープを切ったのは赤組だ。そして二位青組、三位黄組、四位赤組、五位青組、六位黄組となった。上位の一位・二位・三位、下位の四位・五位・六位をそれぞれ争い、僅差で決まった感じだ。


 〈組対抗リレー、一位となったのは赤組! その他は二位青組、三位黄組……でした〉


 悲喜交々の応援席。競技中の不自然性に気付いた人は裏に関わる人以外にはいないようだった。


 〈十分の休憩後、最後の種目、大玉子転がしが始まります〉

「そろそろ競技場に向かえ! ハチマキと組Tシャツは忘れるなよ!」

「おー」


 男子体育祭実行委員の獅堂蒼紀が応援席の面々を促す。彼はあまり友人とつるまず、一人でいることを好むような人だ。体育祭実行委員も嫌々やっている風だったが、こうした役回りも意外に手慣れていた。

 来留芽達も競技場に向かい、指定の位置に座ろうとする。その途中で木藤先輩が近くにいたので聞いてみることにした。もちろん、内容は先程の組対抗リレーで起こったことについてだ。


「木藤先輩、さっきリレーで……」

「ああ、何かありましたね。空間の揺らぎみたいなものが。僕も何とかしようと思ったのですが、それよりも速く霊力の針がそれを消し去っていました」

「先輩では、ない……」

「ですが、あの手の細かい力の制御を得意とする霊能者、どこかで聞いた気がします。僕のことですから、紫波関係かもしれません」


 紫波と言うと木藤はあからさまに顔をしかめて見せた。本気で嫌っているようだ。朝の来留芽は警戒しすぎていたのかもしれない。

 とはいえ、リレーの時に助力してくれたのも紫波関係かもしれないとなると、引き続き警戒はしておくべきだろうか。


「分かりました。一応、京極先生が気を配っているので大騒動になりそうな存在の侵入はないと思います」

「確かにそうですね。……幽体蜘蛛とは、良い選択です」


 木藤先輩は眩しげに目を細めて空を仰ぐ。滅紫の糸を見ているのだろう。

 それも一瞬のこと、先輩は「心配はいらなさそうですね」と言うと軽い調子で大玉子転がしの列の後尾へ歩いていった。


 〈ただいまより、大玉子転がしが始まります。生徒は準備を始めてください〉

「青組諸君! 注目!」


 最後尾にいる団長を中心として応援団員が立ち上がっていた。


「皆さんの頑張りを僕達応援団はしっかりと見てきました」

「この大玉子転がしが最後の種目だ。チームワークが問われるが、この青組なら大丈夫だろ」

「細かい点数ももう分からないし、最後は思いっきり楽しもう!」


 おー! と声がそろう。

 木藤先輩、有明先輩、そして団長である友善先輩の鼓舞に青組のメンバーはやる気をみなぎらせていた。他の組も同様に応援団長からの言葉があったようだ。

 そして、全員の準備ができたのを各団長が確認し、手が上がったところでピストルの音が鳴り、先生によって大玉子が転がされてくる。

 赤青黄それぞれの色をした玉子型の巨大ボールが転がってくる。だいたい平均的な男子の足から顎あたりくらいの大きさだった。つまり、意外に大きい。しかし、中に詰まっているのは空気でしかないのでそこまで重いわけではなかった。


「ワー!」「キャー!」


 生徒は二列に並び、その列の上を大玉子が転がっていく形だ。列から大きく逸れて落ちてしまった場合、最初からとなる厳しいルールがある。そして、最後尾まで着いたら団長が列の間を通って玉子を転がし、列の前に置かれている設置台に戻すことでゴールとなる。

 こればかりは邪魔されたくないという思いがあったので、来留芽や恵美里も仕事関係なしに妖力避けの結界を張っていたりする。


「落とすな落とすなー」

「でも急げ!」

「難しい注文しないでよ!」

「言っているだけだー!」

「なお悪いっ!」


 文句を言っているようであっても楽しそうだ。来留芽達一年生は前の方にいたので大玉子は既に通り過ぎていた。勢いがあったので触れもしないまま見送ることになった人もいるだろう。


「あっ!」「あ……」「あーっ!」


 その時、三つの場所からの声が重なった。見れば、青い大玉子が大きく列を逸れてしまっている。これは青組負けたか……と思ってしまったが、赤組や黄組もほとんど同じタイミングで失敗していたらしい。


「戻せ戻せ!」


 リスタートが早かったのは青組だ。次は失敗できないので最初よりも緊張した様子を見せている人もいる。しかし、その顔に浮かぶのは――笑み。


「青組団長が通るぞー! 道を開けろ!」

「ってことは」

「ボールが落ちずに済んだんだ!」


 慌てて真ん中を開ける来留芽達。その開いた部分を大玉子を転がした団長が走り抜ける。

 ゴールまであと少し。他の組の様子を見る余裕など無かった。皆の気持ちが団長の背を押す。


 ――行ける

 青組団長、友善勝一は心の中でそう呟いていた。

 その額から流れる汗が頬を伝い、顎まで筋を作る。きっと、見た目も良いものではない。

 ――だから何だ

 汗だくだろうが何だろうが、優勝という夢に向かってがむしゃらに走っていた。この優勝の機会は誰にも譲れないし、譲らない。

 そして、青い巨大な玉子ボールがピタリと台に止まった。


 〈一着、青組です〉


 放送部の顧問の先生がすかさずそうアナウンスをする。しかし、生徒の方はその言葉に頭が追いつかない様子で、一瞬だけ沈黙が落ちた。


「え、勝っ……た?」

「青組一位だよっ!」

「「ヨッシャア!」」


 それを信じられない青組のメンバーは一斉に他の組の方に顔を向ける。ちょうど青組の右隣の黄組がゴールしたところだった。


 〈二着、黄組です〉

「「ワァアアアー」」

 〈赤組、三着です〉


 そして、間を置かずに赤組もゴール。これで体育祭の全ての種目が終わった。後は点数発表と閉会式を残すのみ。生徒はこのまま色組ごとの学年順に並び直して式が始まるのを待つことになる。


「何か、わくわくするねっ」

「優勝……できるかな……?」


 わくわく・ドキドキ・そわそわと忙しない感情の動きがこの場を満たしていた。いよいよここまでの頑張りが報われるかどうかが分かるのだ。特に青組の応援団は団長を見てしまう。


「何か、物凄く視線を感じるけど?」

「いやぁ、やっぱり気になるだろ。カツはこの青組で一番優勝を望んでいた男だから。結果発表でどんな姿を見せてくれるのかさ」

「そう? でも面白くはなりませんよ、たぶん」


 友善は有明の言葉に何てこと無い様子で返事していた。


「意外に余裕ですね」

「余裕かぁ? でも黄金、見てみろよこいつ、足が子鹿みたいに震えているんだぞ。……長ランで見えにくくなっているけど。それに、さっき言葉が丁寧になってた」

「確かに。意外……でもないですが、緊張していましたね」

「うるさいよ」


 おそらく裏では急いでいろいろと準備をしていたのだろう。そんなぐだぐだなやり取りをしばらく続けた頃、ようやく閉会式を始める旨のアナウンスがかかる。


 〈ただいまより、閉会式を行います〉


 最初に学園長が壇上に立った。しかし、いつものようにその話は長いので要点だけ聞く。ただ、体育祭は特に大きな事故や怪我なく終えられて何よりだとのことだった。三年生は最後の体育祭、一、二年生にしてもその学年での体育祭は今日のものしかない。良い思い出にできただろうかと言われ、笑顔で答えていた。


 〈それでは、結果発表に移りたいと思います。正面に設置した得点ボードに注目ください〉


 いよいよ総合得点が分かる。点数は午後にはもう隠されてしまっていたので誰にも分からない。しかし、各種目の一位、二位は入る点も高くなっているというのでそこから推測はできそうではある。


「優勝できるかなー」

「そうですね……午後の種目では青組はあまり良い成績とは言えないので難しいところだと思います」

「あー、やっぱりそうだよね」


 千代の言うとおり、後半の青組はなかなか一位を取れなかった。取れたのは最後の大玉子転がしくらいではないだろうか。組対抗リレーも良い線を行っていたが僅差で負けてしまったのだから。


 〈それでは、得点を開示します!〉


 まず一の位から隠していたものが取り払われる。赤組は一、青組は六、黄組は三だった。この時点では青組が最も大きい数字だ。とはいえ、まだ喜ぶには早い。

 続いて十の位が明らかになる。赤青黄ともに三だった。ここで、割り振られている得点の合計数(千点)を覚えていた生徒は「あれ?」と首を捻る。


 〈そして! 百の位はー?〉



 赤青黄ともに三。つまり、青組の優勝だ。


「「「ヤッター!」」」

「「「優勝だ-!」」」

 〈優勝は、青組です。赤組、黄組との点差はそれぞれ五点と二点。僅差での勝利でした!〉


 本当に僅かな差での勝敗に、赤組・黄組は悔しさを隠せない様子だった。一方で青組は全体で喜びが大きく、特に団長の友善先輩は近くの友人達に肩を叩かれ頭を撫でられ抱き付かれともみくちゃにされていた。 

 その様子を来留芽は後ろの方から眺めて、良かった良かったと頷く。これでもう体育祭も終わり、また表と裏を行ったり来たりする日常に戻ることになるのだろう。しかし、たまには表の比重が大きい、こうした日を過ごすのも悪くない。


 〈トロフィーと優勝旗の授与に移ります! 青組の代表二人、前へお願いします〉

「誰が代表?」

「何言っているんだ。お前しかいないだろ、カツ」

「じゃあ、もう一人は黄金で」

「仕方ありませんね」


 ところが、ちょうど青組団長と木藤先輩が壇に上がるとき、それまで平穏な様子を見せていた空間に妙な力がかかった。普通の人は感知しないだろう力だ。

 来留芽は眉をひそめて空を見上げ、滅紫の作ったドーム状の網、そして恵美里の結界を確認する。来留芽の結界はその瞬間にあっけなく破られていた。


「なぜ?」

「く……来留芽ちゃん……私もちょっと、持たない……かも」


 後ろから恵美里が青い顔をしてそっと報告してくる。持たないというのは結界のことだ。術者であればその辺りのことは感覚的に分かる。


「最後の最後でどうしてこう……」


 来留芽は小さく唸る。問題は、周りに普通の生徒がいる中で不審な行動をし難いことだ。そっとやれば気付かれない自信もあるが、無駄な冒険はしたくなかった。とはいえ、あやかしが現れてしまい何らかの事象を起こされてしまったら余計な騒動になってしまう。

 仕方なしに動こうとしたそのとき、観客席の方から先んじて飛んだものがあった。今度はよく見えたそれは(もちろん、普通の人には見えない類いのものだが)針のような形で、開きかけた狭間を見事に縫い止めている。


「わぁ……あんな方法もあるんだね……」


 恵美里が唖然として縫われた空を見上げていた。来留芽も気持ちとしては同じだった。あれは言わば遠隔で針に糸を通すことをしているようなものなのだ。それだけ非効率で難易度の高い方法だった。しかし、極めてしまえば使い勝手が良くなったりする。


「ただ、オールドアの誰かじゃない。社長や樹兄ならあれが出来ると思うけど、この場では別の選択肢を取ると思うから」

「じゃあ……あれは誰が?」

「分からない」


 観客席を見ても誰が術を使ったのかは分からなくなっていた。謎の助っ人は痕跡を消すことも得意なようだ。

 それでも、とりあえず裏関係のものが盛大に知られてしまう危機から救ってもらえたのだからと一応感謝しておいた。届いているかどうかは別として。

 壇上では空の攻防など知らず、トロフィーと優勝旗の授与が行われていた。受け取った二人が青組の全員に見えるよう高く掲げる。


「僕達の優勝だ!」

「「「ワァアアーー!!」」」


 大きな歓声がその場を揺らした。


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