15 まさかの関係性


「おっと、仕事をしないと。この場所については秘密裏に処理してしまいましょう。後日お話を伺うかもしれませんが、今日のところはこれ以上拘束はしません。……そちらはそちらの仕事に専念していただければと思います」


 どうやら、来留芽達も仕事中であったことは見抜かれていたらしい。どこから情報がいったのだろうかと少しばかり寒気を覚えたが、敵でないならば良いだろう。


「その情報力を借りることはできる?」

「可能な範囲でならばお力になれるでしょう。何か知りたいことが?」

「ミホとガクト。後一人か二人くらいいるかもしれないけど、組み合わせに覚えは?」

「人名ですよね……」


 ミホ、ガクトと交互に呟きつつ深く考え込んでいた。パッと出る場所にはないようだ。


「ミホ、だけなら覚えがあるんですよ」


 ややあって躊躇いがちにそう切り出される。


「それでも良いので教えて欲しい」

「ええ。少し曖昧なのですが、私がうっすら覚えている名前は三笠美穂です。室長の姪御さんで、年の頃は十三、四あたりだったかと」


 まさかの関係性だった。しかし、三笠美穂があのミホであるという証拠はまだない。


「……ドンピシャじゃね?」


 確証はないのだが、どうもそれらしい感じがしてならない様子なのが薫だ。


「うーん、だとすると室長にもいろいろと聞いた方が良さそうですね」

「それは細兄にやってもらう」

「細さんを恐れる室長に対して実に正しい対応ですね」


 どうやら彼は自分の上司がピンチになるとしても笑顔でいられるタイプの人らしい。にこにこ笑いながら言われると何か恨みでもあるのだろうかと勘繰ってしまう。協会の中でも良心的な部署である彼等までもが内部抗争のような状態だったらいよいよ来留芽達の界隈も終わりが見えてくるというものだ。


「さて、そろそろ本部から面倒な一団が来ますよ。ここから離れた方が良いでしょう」

「それじゃあ、とっととずらかるか」

「薫兄、それだと私達が悪人みたいになる」


 茶化すように言われた言葉に来留芽は遺憾の意を示す。ずらかるとは逃げる、姿をくらますという意だが悪事を働いた人が言うような言葉なのだ。


「へいへい」


 そして、来留芽達はあの場所の処理を任せて歩きでオールドアへ帰ることになった。ここで問題になったのは薫の血まみれ姿だ。まず間違いなく大怪我をしていますよという見た目で普通に歩いているので目撃者は二度見するか目を疑うだろう。

 とはいえ、この時代は大変都合の良いことに仮装という文化が来る神無月にある。それを先取りしたのだと言い抜けることができるのだ。……できるはず。見た目が紛うことなく屍人である薫をまっすぐに見ると断言は避けたくなるが。


「通報されないと良いですね……」


 裏とはいえ警察にそう言われてしまえば、笑うしかない。

 善意の一般人の通報はこういう時ばかりは嬉しくないということだ。

 ……果たして、自分は一体どんな世界に生きているのか。思わず自分の胸の内に尋ねてしまうが、その答えはすぐに返ってくる。

 軽く考えるだけでいくつものデメリットが浮かび上がる、こんな世界だ。


「一応、小規模な人払いというか注意をそらす呪符も使っているけど」

「人の認識を歪める系の術は完璧にはできねぇ。……でも、ないよりは良いだろ」

「それは良かった。私を守るために負ったような傷だから……ちょっとした補助はしっかりやりたいし」


 そうして可能な限り人目を避けて来留芽達は何とかオールドアへたどり着く。


「あ、来たね。おかえり、来留芽ちゃん、薫」

「巴姉。わざわざ待っていたの」

「朧達から聞いてね。本当は迎えに行っても良かったんだけどほら、すれ違うと面倒だから」


 オールドアの前でわざわざ待っていたらしい巴は会議室へ来るようにと言ってその場の会話を締めくくった。

 おそらく、明日が月白の運命を定める日になるのだ。


「でも、薫は先に着替えてきな。そのままじゃ痛々しくて見ていられないから。余程怪我がひどいようなら考えるけど?」

「問題ないぜ。頑丈さには自信があるからな。それに、こっちのメンバーじゃ明日の儀式の護衛ができるのは社長と俺しかいねぇんだから」


 責任感が強いと見るべきか。薫は大したことないと言うかのような顔をすると自分の部屋へと向かっていった。


「……で、来留芽ちゃんには薫に何があったのか話してもらうよ」

「もちろん、今回のことにも関わってくるものだからちゃんと話すけど」


 今回のこと……つまり、月白誘拐事件に関わるということで、薫の怪我については会議で説明することになる。薫の強がりが意味をなさなくなることが決定した。


「おかえり、来留芽。大変だったようだな」

「ただいま、社長。まぁ、大変だった……薫兄と斑が」


 どのように大変だったのかは薫がやって来てから話すことになる。来留芽は何となく今日の会議に参加する面々を確認した。社長はいつもの場所にでんと構えている。その隣に細、反対側は空席でその横に翡翠が座り、恵美里が向かい合う席にいる。巴は翡翠の隣に腰を下ろしたので来留芽は恵美里の隣になった。ちなみに、会議では社長の席以外は特に決まっていない。とはいえ、社長の両隣は樹や細など肝が太く社長に対しても遠慮せずに対することができる面々に限られている。


「そういえば、翡翠と恵美里は月命酒を試したの」

「ええ、飲ませていただきました」

「わたしも……飲んだよ」


 来留芽が話を振ると二人ともほわりと幸せそうな、恍惚とした笑みを浮かべた。若干、何か妙な薬でも効いているのかと思わせる危なさが漂っているが……月命酒は彼女達にどのような効果をもたらしたのだろうか。


「あのね……社長が言うには巫女系統の中でも鏡音は受け入れることに特化しているんだって。だから……月命酒はわたしとお母さんにとってほんわりと幸せな気分になって力が増幅する効果があったんだ」

「へぇ……ということは、二人は妖界で儀式の護衛ということになるの?」

「うん……そうだね」


 幸せな気分とだけ聞くと酔ってしまっているように感じるが、それは違うらしい。鏡音の血を受け継いでいる彼女達は幸せである心を術のトリガーとしている。その事を考えると、月命酒は幸せな気分をもたらす効果があったに違いない。


「さて、そろそろ話を始めるぞ。……薫も席に着くと良い」

「は、待たせてしまい申し訳ないっす、社長」

「いや、構わない。それよりも、何があったのか話せるな? 薫、それと来留芽も」


 気付けば薫が会議室へやって来ていた。こうして着替えた姿を見れば、あの血と土埃でぼろぼろだったのが幻のようにすら思える。それでも怪我はしているし痛みもあるはずだが……きっとやせ我慢しているのだろう。

 しかし、報告するなかでそれを話さないわけにもいかず、会議室にいる面々に怪我の程度を知られてしまう。


「薫、本当に大丈夫?」

「大丈夫に決まってんだろ。鬼舐めんな」


 薫は純粋な鬼ではなく半分は人のはずだが、こういうときばかりは鬼の能力を誇示するのだ。もちろん、本当に問題ないこともままあるのだが。


「まぁ、本人がそう言うなら大丈夫としておこう。それよりも、まずは情報の擦り合わせだ」


 社長がそう話を変えたことで会議室にはピリッと緊張が走る。


「薫と来留芽はまだ知らないだろうから、そこから話すとしよう。今日、オールドアには脅迫状が届けられた。たまたま居合わせた白狐の朧達が追いかけていったが……」

「たぶん、オールドアにそれを届けたのは敵方のミホという子だと思う」


 彼女は朧達を見て撒ききれなかったと言ったからだ。


「ミホ?」

「向こうが名乗ってきたの。名字は分からないけど」


 ミホという名前に反応したのは細だった。来留芽が付け足すように言うと彼はふぅんと呟き背中を背もたれに深く預けて考え込む。


「どっかで聞いたような気がするんだが……」

「裏警察の矢島さんはミホと聞いて自分の室長の姪を思い出したみたい」

「ああ、そうだ。三笠には確かに姪がいたしそんな名前だったな。ただ、何だろうな、妙に思い出しにくい……」


 それでも思い出した細は自分が知っている情報を話すことにしたらしい。「あいつに関する情報ならいくらでも提供できるからな」という言葉から始まった話を聞きながら、来留芽は三笠の扱いの軽さに少しだけ彼へ憐憫の情を抱く。


「俺が知っているミホは十年くらい前の、まだほんの子どもの頃だな。三歳くらいだったと思うが、あのとき立て続けに呪物商の事件が起こって三笠の兄夫婦……つまりは三笠美穂の両親は犠牲になっていた」

「ちょっと待って、あの事件の被害者だったってことは奇跡の生き残りの子!?」


 呪物商の事件とは、十年ほど前に取り扱う呪物に取り憑かれた呪物商が各地の取引先へ呪いを撒き散らした事件らしい。表ではガス漏れによる事件として処理されている。標的とされた中で唯一生き残ったのは小さな子どもが一人と聞いている。それが彼女だったのか。

 来留芽はじわりと滲んだ世界から目を逸らすかのようにうつむいた。

 この事件では、来留芽の両親も帰らぬ人となっている。そのため、オールドアも無関係ではない。


「確か、そうだ。あの子は目の前で家族を失っている。が、あの子だけは生きていた。事件のあとは三笠のほどよく遠い親族に預けられていたはずだったんたがな……後で確認するか」

「細、その子は三笠の術を使えるの?」


 巴がそう尋ねる。

 三笠家の得意分野は呪だ。そして、おそらくその家にしか伝わっていない秘奥がある。それは、往々にして対処が難しいものだ。


「すまないが、そこは分からない。小さい頃は普通の子どもとそう変わらない感じだったからな」

「うーん、向こうの戦力を上方修正するべきかもね」


 それについて、来留芽はミホ以外にもガクトと呼ばれている鬼子がおり、後もう一人は間違いなくいるだろうと話した。


「何て言うか……わたし達に対して勝算があるって明言したってことは……よほどの実力なのかも……大丈夫かな?」

「大丈夫にするためにこの会議があるんだ。さぁ、明日の流れを確認するぞ」


 自然と視線は社長に集まる。


「まずは、儀式の護衛に向かう三人へ伝達がある。天狐の湖月には新たな子がいる。まだ産まれるには至っていないが、今回のことを受けて万が一に備えて子の魂を外へ避難させることになった。そのため、守るべき場所に白皇の家も含まれる」

「……魂を離して大丈夫なのでしょうか?」


 翡翠は社長の言葉を聞いて眉をひそめた。あやかしは確かに人間とは少し違った理を持つ部分もある。とはいえ、命に関わる操作は神様の領域なのだ。あやかしがそう簡単にできるものだろうか。来留芽もそこは気になっていて、社長の返答を待つ。


「天狐だからな……豊かな妖力を駆使すれば一晩くらいなら問題ないらしい」

「本当かよ」


 呆れたように薫が言う。信じられないが、力の強いあやかしは神に等しい存在になるのかもしれない。そもそも、天狗だって祀られるほどなのだ。時代を下っても存在している者は少ないだろうがいないわけではない。


「湖月のような大妖についてはそういうものだと思っておけ。それよりも、明日が肝心の日だ。私としては誰の犠牲も望まない。くれぐれも――無茶はしないようにな」


 社長はそう言って順繰りに見る。細、翡翠、恵美里、巴、来留芽、そして薫。特に薫は強く圧をかけられて降参するように両手を小さく上げていた。


「でも『――誰かが何かを選ぶことで誰かを生かす選択もある』と……」


 来留芽は土地神様の言葉を思い出した。あれが示しているのは避けられぬ犠牲というものではないだろうか。

 まだ何か見えていない糸があるような、そして何かを見落としているかのような、小さな焦りを覚えていた。


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