鬼舞小編
口に出せないこの気持ち
『……爽くん。好きです。今まではっきり言わなくてごめんなさい』
『エミ……俺もエミのことが好きだ』
私、斉藤涼子は自分のせいで好きな人に思いを告げることもできずに失恋した。
思い返すのは、今年の入学式の日。桜舞う中で、私は恋に落ちてしまったのだ。相手は、東爽太くん。
学園に通い始めてまだ数日といったころ、私は彼とすれ違った。その時の彼は友達に呼ばれて急いで走っていたようで、眩しいくらいの笑顔を浮かべていたのを覚えている。それを見て、すっかり心を掴まれてしまったのだ。それ以来、私は視線で彼を追いかけるようになってしまった。
毎日同じクラスで過ごしていれば視線で追いかける以外の交流も増えていくもので……その最初の一つを思い出す。
渡り廊下を歩いていると、突然横から吹く風に髪が舞い踊った。
バササッ
「あっ」
「わっ、大丈夫か?」
私は先生に頼まれたプリントをうっかり床に落としてしまう。慌てて拾っているとすぐに手伝ってくれる手が視界に入った。お礼を言おうと顔を上げて固まる。はくはくと言葉にならない空気が口から出ていった。
「大丈夫か、斉藤」
「へぁっ、はい!」
「……ぷっ、何だ、その返事っ。はい、これで全部か?」
「は、は、はいっ。ありがとう、東くん」
「いや、気にすんな。クラスメイトが困っていたら助けるのが男だろ?」
そのとき、確かに私の心にはさざなみが湧き起こった。それは学校生活のなかで何度も何度も起こることになる。そして、ついに私はその波に呑まれて沈んでしまったのだろう。それでも、恋と言うには重すぎて危険な曲線を描いて落ちていくような、言葉にできないあの気持ちは……とても幸せなものだった。
だからこそ、幼馴染みであるが故に許されているその距離で彼の笑顔を、彼の気遣いを、彼の言葉を得ている日高恵美里が憎らしかった。
私は、私が幸せな気持ちを彼からもらえたから、彼にも幸せな気持ちを持ってもらいたかった。私が、私こそが彼を幸せな気持ちにしたかった。だけど、彼の視線の先にはいつも彼女がいた。のんきな顔で私が欲しいものを享受するだけのつまらない女が。
「幼馴染みが何だって言うのよ」
彼のことが好きだという気持ちは勝ってる。
彼に憧れる、同じクラスの女子の誰よりも。彼に憧れる、他のクラスの女子の誰よりも。彼がいつも見ている、日高恵美里よりも。
それなのに……少しだけ立ち寄った公園で見てしまった。
『爽くん……顔真っ赤……』
『エミもからかうんじゃない』
『うん……守ってくれて……ありがとう……』
『……っ! ほら、俺がいるんだからもう大丈夫だろ! 帰るぞ、恵美里』
『うんっ』
分かっていてその態度なのかとイライラした。すぐ側を、階段を降りていく二人に気付かれないように息を潜めてやり過ごす。だけど、並んで歩いて行く二人を見ると悲しくて、悔しくて、苦しかった。
それから、一月ほど。星夜祭の時に私は一縷の望みをかけて賭に出ることにした。私は、正々堂々と勝者になるために私自身だけであの女に立ち向かう。彼から引き剥がす。
そう決意した。
だけど、
だけど……
私は日高恵美里を見誤っていたのだろう。彼女は私が目標としていたものを横から掻っ攫っていった。すなわち、東爽太の恋人という立場を。
思いが通じ合った様子の二人を見て、打ちのめされる。恋破れた私はただの道化だった。
何て、愚かな。
「斉藤」
私のいる暗がりにやってくる奴なんて一人しか思い浮かばない。だけど今は、今だけは来て欲しくなかった。
「触らないでよ! あんたも、どうせ内心では笑っているんでしょ!?」
「笑うわけねぇよ。斉藤はちゃんと自分の思いを正面から見てぶつかっていたんだから。尊敬する。だから、俺は笑わない」
「……っ、好き、だったの。私だって好きだった! 柵木、胸貸してよ。っうぅ……もう消えてなくなりたい。壊れてしまいたいのに」
……この恋は、もう終わり。
「お前が泣く場所になってやるから、壊れるのだけは止めてくれ」
「……何それ」
「俺の気持ち。でも今は良いよ。思い切り、泣けば良い」
悪いとは思ったけど、私は泣いた。後から後から溢れる涙は柵木英治……友人が受け止めてくれた。柵木ってこんな奴だっけと思いながらも、その厚意に甘える。
少しずつ心が落ち着いていく感じがしていた。涙は心の自浄作用ってどこかで聞いたことがあるけれど、本当だった。
この苦い恋の記憶もいつかは遠い日の思い出にできるかな。
Fin.
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