6 改造屋敷は○○屋敷


 パタパタと白い鳥が屋敷内を飛んでいた。その鳥は唐突に近寄ってきた影に捕まえられる。


「……」


 影は無言で鳥を暴こうとした。それに反抗して鳥は羽をばたつかせたが、掴んでいる手の内から逃げられそうもなかった。それを悟ったからだろうか。突然抵抗を止め、不気味なほど生物らしい動きが消え去ったと思うとポンッと爆ぜてしまった。


 ひらひらとちぎれた真っ白い紙が床に落ちていく。影はそれを見ると黙って踵を返した。後に残ったのは無残に破れた白い鳥の残骸のみである。



 ***



 『清水家の墓場』

 そう呼ばれる目的の屋敷について来留芽と薫は巴から詳細を聞いていた。目的地は目の前なのだが、少し止まってくれと巴に言われたのだ。


「あたしも透から少し聞いただけなんだけど、この屋敷は何度も建て直されているらしいんだ。元々ここは双子の片割れを育てるための離れだった。けれど、双子が生まれることがなくなったときに時の当主が自分の趣味でからくり屋敷にしてしまったそうだよ」


 巴はチラ……と屋敷を見上げる。外観は古めかしい日本家屋だ。しかし、内部は複雑な構造になっているという。


「ってことは、俺達はからくり仕掛けを攻略して奥まで行かなきゃならないってことだよな?」

「そうなるね。だけど、今回あたし達が入るのは中庭からだよね? その場合、かなり厄介なからくりがいくつも待ち構えているんだ。覚悟をしておいてもらいたい。それを言いたくて少し止まってもらったんだ」

「分かった。からくりの解除は巴姉に任せれば良い?」


 来留芽の確認に茜は口の端を持ち上げて頷く。


「うん、あたしに任せていいよ。はぐれないようにだけ気を付けて」


 屋敷は侵入者に容赦が無いらしい。清水家か一色家の血を引く者はその罠やらからくりを解除することが出来るそうだが、他は決して解除することが出来ないという。それに、これから来留芽達が行くルートは致死性の罠もわんさとある。幸いなのは巴がその罠・からくりの内容を知っていることだろうか。


「薫っ! 右から弓! 回避してっ!」


 巴の指示の後、すぐにヒュンッと矢が飛んできた。ご丁寧にも偏差射撃で確実に仕留めようという意思が表れている。


「うおっ! 偏差射撃とか聞いてないぜっ!!」


 薫はかろうじてそれを避ける。鬼の血混じりで身体能力が普通よりもはるか上を行っていなければ避けられなかったかもしれない。


「そこは察して! っと、後方から手裏剣! 頭下げて!」


 サッとしゃがんで頭を下げたらその頭の上すれすれを通っていく。頭を下げていなければブスッと刺さっていただろう。通り過ぎた手裏剣は何かの力が働いたのか逆の軌道で戻って来ていた。


「はぁ!?」


 浮かした腰をもう一度下ろす。これは流石に焦った。巴もそんな動きをするとは思わなかったのか驚いて叫ぶ。


「戻ってくるとか知らないよっ!」


 巴の渾身の突っ込み。そうしながらも罠解除をする手を止めていない。解除できるのが彼女しかいないので仕方が無い。矢を避けつつ、来留芽は乾いた笑いを見せる。ここまでずっと言いたかったことがあった。


「これ、一体どこの忍者屋敷?」

「言わなくて良いよ、来留芽ちゃん。……先祖の趣味なんだよね……。祖父の情報によればあたしの先祖も悪乗りしたとか。でも、知っている挙動と違うのは問題だね」


 額に手を当ててガックリと項垂れる巴。清水家・一色家の先祖が関わっているそのギミックに今来留芽達は命を狙われているのだ。嘆きたくもなるだろう。それでもすぐに立ち直って先へと進む。


「殺意の高い忍者屋敷だなぁ……おい」


 呆れるようにそう言葉を漏らす薫。来留芽も同じ気持ちである。ただ、“いわく”の部分が今のところ一切ないのが気になるところだ。

 隠し階段を上がったり天井裏から降りたりと変なルートを通って来留芽達は建物の中心近くまでやって来た。しかし、やはりここまでの道程を振り返るともう笑うしかない。


「でも、一色家の血……いや、無色家の血かな。それに反応しているギミックも多いから普通の忍者屋敷とは違うところがあると思うよ」


 ただそれは、何の慰めにもならない気がする。来留芽は巴が歩いた足跡を辿りながらそう考えた。今、三人はまきびしが散らされた廊下を歩いていた。撒菱を撤去できるのは巴だけらしい。来留芽や薫では触ることも出来なかった。触ると電気か何かが走って弾かれてしまうのだ。もっともそれは他のどの仕掛けについてもほとんど同じだったが。


「細兄や恵美里は大丈夫かな」

「まぁ、すぐにこの厄介な仕掛けには気付くでしょ。茜姉様がちゃんと解除しているはず。それにしても、他のグループと合流しないねぇ」


 とんと、人の気配や痕跡が見つかることはなかった。それが意味しているのは、来留芽達が最も先行しているのか、巴の選択したルートがあまりにも逸れているのか、はたまた他のメンバーが既に脱落しているのか。

 そんな不安を抱かずにはいられなかった。



 ***



 この屋敷では少しの油断が危機的状況に繋がるらしい。そんな状況に陥ってしまえば余計なことを考えられなくなる。


「細! あの鬼火は消せないの!?」

「いや……しかし、あれをこの場所で消してしまうとこの屋敷のあれこれこれが崩れるかもしれないからな」


 細の見立てではあの鬼火の力は一部の罠を抑えている、ということだった。どんな技術を使っているのか謎だが、手出しはしない方が良さそうだ。


「それは困るわね……」


 茜は走りながらチラっと後ろを確認してギョッとする。いつの間にか鬼火が増殖していた。恵美里もその様子を見て、泣きそうになる。


「本当にごめんなさい……まさかあれが全部鬼火の……種だとは」


 もともとの原因は恵美里が松明に火を点けたことだった。これ見よがしにマッチと松明が置いてあって、屋敷内は一切明かりがなかったからだろう。誘惑に抗えずに恵美里は火を点けてしまったのだ。

 そして発生したのは鬼火達。あの松明は鬼火が眠っていたのである。それが起こったのがちょうど細も茜も注意を払っていない時だったから阻止できなかった。だが、遅かれ早かれ似たようなことをやらかしていたかもしれない、と茜は自己分析する。この屋敷には何らかの術がかかっているらしく、今のところそれらは強く精神に干渉している種類のもののようだというところまで分かっている。だからまだ雛である恵美里を責める事は出来ない。抗えないのは当然だった。


「それは、アタシも同感だから。責めるつもりはないわっ」


 鬼火はなおも三人を追いかけてくる。そろそろ体力も精神力も限界である。特に先頭を走りながら罠諸々を解除している茜は。


「あの部屋は確か入口の落とし穴をやり過ごせば安全だったはず! あと少し頑張って!」

「は、はい」


 部屋の手前で一畳分くらい跳んで茜は中に入っていった。勢いがありすぎたのか前転してから止まる。その後を恵美里、細の順番で追う。三人とも無事に部屋に入れた。入ったところで細が結界を張って鬼火を閉め出す。


「セーフ、かな。この忍者屋敷、侵入者の数で少し仕様変更するみたいね。流石に焦ったわ。ごめんなさいね」


 茜達が幼少の頃に遊んだ時は最大人数でも五人だった。今回は少なくとも五人を超しており、さらに紫波の術者も入りこんでいる可能性もある。人数的には倍以上かもしれないのだ。だから、読み違えた。人数でギミックを変えてくるなど想像できるわけがない。


「いや、例えこちらで裏を取ったとしても人数での条件は分からなかっただろうな。謝る必要は無い」


 そう言いながら注意深く周囲を確認しているのは細だ。ここまでの様々な、人の意表を突くギミックを考えれば例え茜が安全だと言っていても一抹の不安はぬぐえなかった。しかし一通り見て罠がないという結論を出したのか、ようやく腰を下ろして一息つく。


「進んでいるのかどうかさえ分からなくなりそうだ」

「本当にねぇ。道は変わっていないと信じたいけど、ギミックの変化は痛いわ。この分だと他も大変かもしれないわね」


 そのとき、恵美里の視界の端で何かが動いたように見えた。茜と細の二人は会話していてそちらの方向には注意を払っていない。動きがあったのは……床の間の壷、だろうか。それがスッと床の下に消えたのだ。


「えっ!?」

「どうした、恵美里さん?」

「どうしたの!?」


 恵美里の驚きの声に反応して二人は会話を切り上げ、片膝を立てていつでも動けるように構えた。


「あ……あ……あれ」


 恵美里は壷が消えた位置を震える腕を伸ばして指さす。二人がバッとその方向を向いた。今、壷があった位置に黒いものが現れていた。人の後頭部のようだ。首だけがそこにあった。そして、それはズズ……ズズ……とゆっくり三人のいる方を向き始める。


 時間が何十倍にも引き延ばされていたような気がした。ぐるりと回ろうとするその動きがやけにゆっくりに感じる。そんな中で恵美里は恐怖に固まって動けず、それを凝視するしか出来なかった。


「え?」

「へっ!?」


 生首と視線が合った。同時に驚きの声を漏らす。恵美里はその顔を知っている。相手も驚愕した顔だが、ようやく見慣れたものだ。


「樹、さん……ですか?」


 生首は樹の顔をしていた。化けて出ている訳ではない……はずだ。恵美里はおそるおそる問い掛ける。


「うん、そうだよ~。恵美里、そこは安全地帯?」

「は、はい。目立った罠はないそうです」

「そっか、よかった」


 それだけ言うとスッと床下に消えてしまった。微かに「この上は大丈夫だって~」という声が聞こえてきた。双子に報告したのだろう。恵美里は唖然としたまま茜と細を見る。そちらもポカンと口を開けていた。


「ええっと……今のは……」

「樹で間違いないんだろう? 隠し通路か何かが下にあったということかな」

「……これも知らないわよ」


 苦虫を噛み潰したように言うのは茜だ。本当に予想外の仕掛けが張り巡らされているらしい。一度引っ込んだ樹は一体どうやって出てくるのだろうか(当然のことながら壷があった位置には首を出せる程度の穴しかなかった)、と疑問に思っていたが、ガコンッという音がしたと思うと、壷が戻っていた。


「どういうこと? 別ルートでこの部屋まで来るのかしら?」

「まぁ、流石に壷のあの大きさじゃ全身を出すのは無理だろう」


 では一体どこから現れるのか。その答えはすぐに分かった。天井がカタンと開き、そこから一本のロープがシュル……と降りてきたからだ。


「よっと……」


 まず樹がスタッと降り立つ。その後を二つの影が降りてきた。いずれも忍者もかくやといった具合で、実に場所に合った身のこなしである。


「ようやく安全地帯ですか」

「やっぱり罠の構成が変わってるな」


 三人がつい漏らしたであろう言葉を聞いて分かる。このグループもやはり罠の変動に苦しんでいたようだ。


「暁、夕凪。どうだった?」


 茜は暁に駆け寄ってペタペタとその体を、無事を確認するかのように触っていた。その様子を見て夕凪の方はヤレヤレと呆れたように首を振る。


「どうだったと言われても……屋敷が別物すぎてね」

「本邸の位置こそ変わっていないと思うが、分かっていたルートは軒並みアウトだった。今いる外縁部からして変わりすぎている以上、時間が掛かることを覚悟しなくてはだめだな」

「そうね。どうしようか」


 依頼者の判断次第ではこのまま撤退という可能性もある。その場合、出来れば来留芽達を回収したいものだが、そこまで余裕があるなら進むだろう。とりあえず樹・細・恵美里の三人は茜達が結論を出すのを待つしかない。

 向こうが相談している間、オールドア側ではお互いの無事を喜ぶ。ついでに何か手がかりでもなかったか話し合う。


「細、この忍者屋敷で何か気付いたことはあった~?」

「そうだな……例えばあの鬼火だが、妖界特有の空気をまとっていない。だから、昔から何らかの要因でこの屋敷に縛られているということだ」


 それがどういうことなのか。


「ひょっとしたらあれらが本邸とやらに案内してくれるとか~?」

「ええっ!? あの鬼火……わたし達を追いかけてきたんですよ……?」

「う~ん。それじゃあ敵なのかな?」


 危害を加えようとしてくるものは敵、ときっぱり分けられるわけでは無いが、追いかけられた恵美里としてはあれらが何か鍵になっているとは思えないのである。むしろ、侵入者を追い払う役割を負っているのではないかと思っていたのだが。


「鬼火が何かの鍵になっているというのはあり得るわね」

「へっ!?」


 突然横合いからそう言われて恵美里がビクッと跳ねる。いつの間にか茜がすぐそばにいた。


「進退窮まっている状態だし、少し実験してみましょうか」


 少しばかりマッドな笑顔を浮かべて茜がそう言った。紫波家を出し抜くのは絶対条件だが、今の状況ではどうせあの家の霊能者でも為す術をなくしているだろう。時間は稼げた。後は朝日が昇る前に半月紋を確保すればいいだけだ。

 ――夜は長い。じっくり腰を据えて攻略してやろうではないか

 そんな意気込みを感じられる笑みを茜達は浮かべていた。


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