7 とんだ忍者屋敷もあったものだ


 鬼火。それは空中発火現象……というか、科学では解明できないあやかしである。それが結界の向こうにびっしりといれば一切明かりを点けていない部屋も見えるほどの光源になる。まるで燃える壁がそこにあるようだった。


「細、一匹だけこちらへ通り抜けさせることは出来るかしら?」

「そう何回も出来るわけではないが……一応可能だ」


 そう言って細は結界に小さな穴を開けて鬼火を一匹だけ入れた。それはビュンッと迷わず茜、暁、夕凪の元へ飛んでいくとその周囲をぐるぐる回り出す。危害を加える気配はないようだが……。


「当たりかな~?」

「いいえ……違うわね」


 茜が鬼火を睨んでそう呟いたときだった。突然その軌道が三人にぶつかるように変わり始めたのだ。茜と夕凪は咄嗟に身を屈めて避ける。


「暁っ!!」


 だが、暁だけ一歩遅れた。ほんの一秒ほどの遅れ。軌道を変えると同時にスピードも増した鬼火を前に、それは割と致命的だった。だが、彼もいたずらに裏を生きてきたわけではない。今までの戦闘の経験が鬼火などにやられはしない、とその体を動かした。


「ハッ!」


 彼は右腕を伸ばし、目の前に来た鬼火を掴むと振り払った。もちろん、素手で触ると火傷してしまうので霊力で覆っている。鬼火による火傷はそれが持つ妖力が引き起こすものなので人が持つ霊能力で相殺できるのだ。

 そして、勢いをなくした鬼火はシュウゥ……と種になるとスゥッと消えてしまった。


「ええと……今のは一体……」


 何が起こったのか良く分かっていなかった恵美里がぽつりと呟いた。それに答える声はない。他のメンバーもどうして鬼火が豹変したのかは分からなかったからだ。各々があのあやかしの行動について考え込んでいた。


「外れ、かな~?」


 樹は「残念」と言うように肩をすくめた。だが、それは早計かもしれない。茜が顎に手を当てて考え込む。


「はじめの流れに二枚貝

 十段かぞえて右見れば

 ただ一本の小通路

 頭に丸のもようあり

 五つかぞえてつぼの中

 八つかぞえて天井に

 なわをたらしてじょうのうち」


 茜は突然手まり歌のようなリズムでそうそらんじた。何を言い始めたのだろうと皆が注目する。


「茜。それって……清水家に伝わる歌だっけ。一部だけみたいだけど」

「そういえば子どもの頃に聞いた覚えがあるな」


 双子は茜が歌ったものに覚えがあるようだった。懐かしそうにしている。


「ええ。すみれお祖母様から教えてもらったものよ。初めて遊んでもらえて……喜んで覚えた記憶があるわ。だからまだ覚えていたのでしょうね。後からずいぶん不思議な歌詞だと思ったわ。でも、今思えばこの内容はこの屋敷へ入る正式ルートを教えてくれていたのではないかしら」


 二枚貝は二枚戸を意味していそうだ。そして、その先の階段を十段降りたところで横に通路がある。その頭上に丸の模様があって、それを五つ数えたところで壷の位置に顔を出せる。八つ数えたところで上に行くはしごか何かが現れて今いる部屋の天井に行ける。そして、ロープを下ろせばこの部屋に辿り着く、という内容だろうという。


「じゃあ、“じょうのうち”ってどういうことかな~?」


 茜が諳んじた歌が正式ルートを示しているとして、確かに樹はその道を通ってきたと納得した。だが、一つだけ良く分からない単語があったのでそれについて聞いてみる。適当な漢字を当てはめられなかった。


「恐らく、漢字を当てるなら“浄の内”……罠も何もない安全地帯を意味しているのではないかしら。この部屋のことを示しているのでしょうね」


 ぐるり、と見回す。確かにこの部屋は罠のような仕掛けはない。


「なるほど。だが、それがここを脱する手掛かりになるのか?」


 茜が歌ったのは正面から入って今いる部屋までのルートだ。それだけでは外へ脱出することは可能でも、清流紋もしくは清流筆紋を手に入れることはできないだろう。


「二番があるのよ」


 細の質問に対して返事は実に簡単なものだった。茜はニッコリと笑ってそう言ったのだ。この様子だと歌詞の意味も分かっているのだろう。皆が黙って先を待った。


 茜はスゥッと息を吸うと歌い始める。


「一畳の口をとびこえて

 正面の流れに乗ってゆく

 西の窯元火をたけば

 鬼火の種がさわぎだす

 じょうのうちへ引き連れて

 軸のうらで鍵となる

 みどりの光をさがしましょ」


 本来のルートは正面からこの部屋にやって来て、“浄の内”を確認したあとに茜グループが走り抜けた道を逆に辿り、台所へと向かう。そして、恵美里がやったように鬼火を起こすのだろう。

 歌は、そんなことを思わせるような内容だった。


「茜、もしかして、今の状況はある意味で正解なのかな?」


 一番の歌詞の通りに行動したのは双子グループだ。そして、茜グループの行動によって二番の歌詞が誘導したいのだろう状況が今出来上がっている。


「そうね。だから、アタシ達がやるべきは緑の光を探すことよ」


 一同の視線が部屋の入り口に集中した。びっしりと張り付いている鬼火。それらの中から緑のものを見つけ出さなくてはならないのか。


「……しらみつぶしに?」


 流石にそれは嫌だぞ、という副音声を込めて夕凪が呟いた。


「でも現状、それしかないのよね」


 もう一度鬼火の壁へ視線が集まる。緑の光だなんて特徴のあるものなら割とすぐに見つかりそうだが……いや、無理かもしれない。キャンプファイヤーの炎の中に一筋の緑色を見つけようとするものだ。炎は揺らめいているからすぐに見えなくなったりするだろう。ましてやあれは鬼火だ。普通の炎とはまた違った動きをしているのだ。それこそ、目で追えないほどビュンビュン飛び回っているのもいる。あの中に緑の光がいたとしたら分からないと自信を持って言える。


「……どうします……か?」


 恵美里が細を仰いで困ったように言う。だが、細だって正解が分かっているわけではない。


「目をこらして見るしかないんじゃないか」


 提案できるのは臨機応変というものだ。


「あ、細。結界をさ~……こう、グイッと曲げて少しずつ捕獲出来ない?」

「結界を? ……やったことがないから分からないが、おそらく俺では無理だな。そこまで器用じゃない。社長ならあるいは……」


 と言ったところで思い出したのはあの悪人面で挑発するように見ていた社長の顔だった。細は少し黙り込む。いつの間にか社長に頼る癖がついていたのかもしれない。


「社長か~……」

「いや、やってやろうじゃないか」

「へ?」


 裏の世界でのキャリアがある。二十年近く術を使ってきた。最近は新しいことに挑戦する機会がなかったが……。


 ――ちょうどいい。樹が言ったように結界をもっと自由に使って見せようじゃないか


 細は結界とその向こうの鬼火を見据えて右手を伸ばした。そして、グクッと何かを掴むように指を動かす。すると、結界が変形し始めた。鬼火がいくつかのグループに分けられることになる。それを見て各々が浮かべた感情は驚愕、というものだった。


「わぁ~……本当に出来るんだ」

「樹が、考えたことだろうっ!」


 何とかして樹が提案したように細は結界で鬼火を捕らえた。大きく五つに分けられたそれぞれに各メンバーが張り付いて緑色を探す。


「ないわね」

「こっちもないよ」

「見つかんねぇな」


 まず、茜・暁・夕凪がないと判断した。細は三人が見ていた結界を潰し、鬼火を種に還す。残る可能性は樹、恵美里が担当している結界玉だ。ちなみに、細は結界の維持に全神経を注いでいるので探す余裕などなかった。


「私の方も……ありません」


 そして、恵美里も見つからなかったらしい。では、緑の光があるのは樹のところか。


「細。結界に干渉してもいい?」

「どうやって……いや、いい。どうせ聞いたら後悔する術だろう?」

「いや、これはそうでもないよ。単に霊能力の質を合わせるだけだからね~」

「簡単に出来ることでもないな」

「まぁね~」


 そして、樹は細の結界に手を触れる。そして、それはスッと内部へ入った。


「樹先輩……火傷は……大丈夫、なのですか?」

「ああ、大丈夫。霊力でコーティングしてるし」


 手はゆらゆらと揺れていた。緑の光を探しているからだろう。唐突にシュッと動いて何かを握ると結界から手を引き抜いた。


「ほら、確保したよ~」


 少し握った拳を緩めると緑の鬼火は勢いよく飛び出した。しかし、樹がその尾を掴んだままだったので逃げることはできなかった。


「大したものね」

「それほどでも~」

「謙虚な感じは一切ないんだな」

「それが僕だよ~。で、これを掛軸の裏に持っていけば良いのかな~?」

「というか、掛軸の裏に何か仕掛けがあるのか?」

「鍵と言うのだから仕掛けがあるのでしょうよ。ええと、樹さん。それを渡してもらえるかしら?」

「もちろん。とりあえずこの尻尾みたいな部分を握って……そ、潰さないように気を付けてね~」


 鬼火を掴むのにもコツがいるらしい。それを樹は茜に確認してから緑の鬼火を引き渡した。そして、全員で掛軸に近付く。


「この窪みかしら」


 掛軸の裏には小さい窪みが一つあった。そこに緑の鬼火を押し付ける。そしてそれはボウッと強く燃え上がると壁の向こうへスゥッと消えてしまう。


「消えたっ!?」

「これで、いいのかしら……?」


 茜は一歩その場から下がって壁をじっと見つめた。茜以外も皆鬼火が消えた壁を見ていた。だからだろう。反応が遅れたのは。


「あっ!! 床がっ!?」


 最初に気が付いたのは珍しいことに恵美里だった。その声によって全員の視線が下に向かう。その先、畳の境目にツツー……と黒い線が走っていた。


「何だ、こっ!?」


 夕凪がつい驚きの声を上げる前に、畳がパカッと割れて浮遊感に包まれる。


「きゃ!!!」

「茜!」


 暁が傍に居た茜に手を伸ばし、抱き寄せた。他の面々も落ちるわけにはいかないと抵抗をしようとする。


「くっ……せめて……」

「よ……っと」

「とりあえず上……」


 樹と夕凪だけは咄嗟に畳を蹴って上へと逃げたのだが……。


「って、天井落ちてきているし!!」


 どうあっても畳の下の地下空間に叩き落とそうとする仕掛けのようで、ぎりぎり反応できた二人も抵抗むなしく地下空間へ落ちていくことになった。とんだ忍者屋敷もあったものである。


 パタン……


 六人が騒がしく落ちていった後、畳は元に戻る。その場に何も無かったように澄ましていた。そして、緑の鬼火は壁からふよふよと現れ、浄の内を一周するとその部屋から出て行った。最初に眠っていた場所へと戻るのかもしれない。

 最後に、天井から一枚の紙がヒラリと落ちたかと思うと途中でポンッと白い鳩の姿になった。鳩は畳付近を探るように飛んだ後、部屋を飛び出していく。








 ※※※※※※※※

 これ以降、火曜日・木曜日での更新を予定してます。(_ _)


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