7 清水と一色


 それじゃあ、話そうか


 まず、清水家が特別な家かどうかってところだけど、まぁ、裏では有名な方だと思うよ。ただ、それは一色家とセットでなんだ。あたしの一色家と清水家は古くは同じ神域を守る家だった。今でも互いに面識があるのはそれが理由だ。有名なのはライバルという形でなんだよね。

 あたしが初めて透と出会ったのは六歳の時だったかな。向こうの方が二歳年上だった。あたし達は一色家と清水家の合同儀式の時に引き合わされたんだ。


「巴。彼が清水透君だ。お前と長い付き合いになるだろう。覚えておきなさい」

「はい、お祖父様」

「あら、そめるの孫にしては丁寧な子ね。私のことはすみれおばあちゃんと呼んでね。それと、うちの透をよろしくね」

「おい待て、すみれ。ワシの孫にしては、とはどういうことじゃ」

「まぁ、自覚がありませんの? あなたのところの双子は流石“紅染アカゾメ”の孫と言われるくらいの暴君でしてよ。茜が影響を受けてしまって仕方無いわ」


 祖父の異名、“紅染”の由来はその身に濃い穢れがまとわりつくほど多くの鬼を狩ったことから来ているらしいよ。

 祖父は不作の第一世代にしては実力者だったことで、多く寄せられた依頼を引き受けていた。そのほとんどが鬼を狩るものだったらしい。穢れは鬼の血のようなものなんだ。濃い穢れをまとっているということはそれだけ鬼の血を浴びたということになる。穢れ自体は赤くはないけど血と言えば赤い印象が強いからさ、“血で染まった”ことがよく分かる“紅染”という異名になったんじゃないかな。


「うぬぅ……ワシ等が若いときに受けたような仕事をあいつらも請け負っているということか?」


 鬼の討伐やあやかし退治のことだ。それは時に酷く危険を伴う。


「おそらくは。大部分は我が子達のせいですが、うちの若い衆も最近はキツくなったとぼやいておりましたからね」


 歴代当主は最強と呼ばれていたけど、それも昔年のこと。代を重ねるにつれてその血は薄まっていくから次第に力は弱くなっていくのは当然のことだった。


「あやつらはなぁ……不作の世代と言われて腐るような軟弱者じゃ。まことに情けない」


 あたしの上の世代は不作だと言われているんだ。確かに、あたしの父親・母親はパッとしない印象だよ。それは清水家も同じでね。無能とまではいかないけれど、力は弱かった。だから本来家の当主たる者は強い敵と戦うんだけど、できなかったらしい。代わりに強い力が発現した子どもに丸投げしていたんだ。

 子どもは子どもでそれぞれの親に見切りを付けていたよ。清水の当主……透の母親は「一色に関わるな」と言って、うちの当主……あたしの父親は「清水に関わるな」と似たようなこと言っていたけど、あやかしと戦うのにそんな小さなこと考えている暇はない。子どもは外では協力して戦うようになった。

 その流れを作ったのはあたしの兄達と清水の姉さん……茜姉さんだったね。その兄姉に構われて成長したあたしは清水家をライバルだと思ったことはなかった。まぁ、透に会う前は、と注釈がつくけど。


 ええと……長らくライバル関係だった一色家と清水家は不作の第二世代のお陰でその子ども世代は協力するようになったんだ。基本的に教えを受けるのは互いの祖父母から。

 あたしが本格的に学ぶようになる頃には兄姉はもう一人前として動いていた……というか、互いの家の当主がうるさく口を出してくるから茜姉さんと暁、夕凪兄さん達は家出していたんだ。だから、あたしが修行で会うのは透だけだった。修行場は山だけど、一色の山と清水の山は隣接しているから行き来が出来るんだよ。それで、あいつは生意気なことに習っていないことでも勘で正解を導き出す天才肌だったんだよね。あたしはさんざん馬鹿にされたよ。


「甘い甘い。そんなんじゃちょっとつつかれただけで揺らいじゃうだろ」

「っ!」

「だからな? 巴、神降ろしの際は感情を揺らしてはいかんと言っておろう」


 あたしは比較的感情が豊かだったんだ。だから冷静さを問われる儀式では失敗ばかりだった。ああ、あたしの言う“冷静”というのは感情をそぎ落としたような状態のことだよ。今ならその感覚が分かるけど、当時は冷静冷静言われて逆に分からなくなっていたような……。


 あたしがこんな風に躓いているとき、あいつ……透はさっさと次のステップに進んでいたね。で、その様子をわざわざ一色の修行場に来て見せつけるんだよ。本当に馬鹿にしてるのかと怒りたかった。

 でも怒っちゃダメなのさ。感情を揺らさない修行だったから。


「分かっています! でも、今のは冷静でした!」

「んなわけないだろう。ぶれぶれだったぞ」

「何だと! そもそもあんたがいるからっ!」

「これ、巴。ちゃんと己の未熟を認めるのじゃ。他人を理由にしてはならん」


 祖父母もすみれおばあさまも透ばかりを優遇しているように思った。確かに透は一度見たりすれば出来るようになっていたよ。でも、あたしは頑張ってものにした。透よりずっと努力して。


「どうせあたしはそこそこしか力をつけられないんだ! もう未熟者でいいよっ」


 とにかく透と比べてしまうんだ。だから辛くなる。あの日、あたしは山を飛び出してさまよった。一日もすれば頭も冷えて帰ろうと思ったんだけど、自分の居る場所が分からなくなっていた。


「ここ……どこだろ」


 一色の山なのか、それとも清水の山なのか。それすらも分からなくなっていた。


「どうしよう……どうしよう……」


 ちょっと力を使えば方向くらいは分かっただろうけどね。そのときのあたしはそんな考えも浮かばなかった。思いついても感情を落ち着かせることが出来なかったと思うよ。

 そのまましばらく山の中を歩き回った。そして日が見えなくなる頃に山小屋を発見したんだ。その周囲は不思議なほど豊かだった。人の気配はなかったけど何故か厳重に結界が張ってあったね。神様を封じているのかと少し不安だったけど、結界はあたしを受け入れてくれたから素直に体を休ませることにした。ううん……受け入れてくれたというと少し違うかな。あたしは結界に使われていた力と同調して入ったんだ。


「おじゃまします……」


 小屋は寸前まで誰かが住んでいたような生活感があったね。だから、時間が経てば誰かが来てくれるだろうとそのときは安心して意識を手放した。

 でも、翌日に思い出したんだ。清水家の『贄』の話をさ。


 清水家には掟がある。その一つに双子の掟というものがあってね。生まれた双子のうち、力が強い方を贄として土地力の回復に使えっていう内容だ。

 清水家の聖域は……一色家もそうだけど、時が経つにつれてその力が弱くなっているんだ。でも、あたしたち巫女の血を継ぐ者が精進潔斎して過ごすと神様の力が流れてその土地が回復するんだよ。精進潔斎というのは心身を正常な状態におくことだ。その状態なら神様の力を受けることが出来る。その余波でその人の周囲が富むことになるんだ。良いことではあるよ。

 けれど、それは清水家や一色家にとって危険と隣り合わせなんだ。あたし達が守る神域の神様は荒魂となっている。だから、精進潔斎して神様の力をその身に受けると大抵は狂う。それでも力の余波はとても大きいから清水家は何とかしてその恩恵を受けられないかと画策して禁忌に手を出していたんだ。


 神域にいる巫女は神様の力を受けることになる。たとえ家が違う巫女であっても、もとは同じだから……神様の力はあたしにも向けられる。

 ゾッとしたよ。自分が未熟だと思い知らされた後のことだもの。神様の力なんて狂わずに受け止められるはずがないと思った。さらに不幸なことに、あの時のあたしは精進潔斎した状態と同じような感じだったから、抵抗も出来ないと分かってしまった。


「……いやだ。狂うのはいやだ!」


 逃げようと思えば出来た。でも、そうすると神様の怒りがどこに向かうか分からなかったから動けなかったよ。どうにもできなくてみっともなく泣いた時だった。突然小屋のドアが開け放たれたんだ。そうしてあたしのところまで来てくれたのは透だった。


「とも、無事だったか……探したんだぞ。怪我はないな? まさかこんな厄介なところまで来ているとは」

「とおる……なんで来ちゃったのよぉ」


 透は清水家の嫡男だ。このまま無防備に荒神様の力を受けて潰れてしまったら困ったことになる。そう思って、来てくれて嬉しかったのにあたしは何故来たのかと詰った。


「ともがここにいたからだ。……僕はともを助けるためなら火の中だって飛び込んでやる」


 そう言って透はふんわりとあたしを抱きしめてくれた。あいつの本音を聞いたのはあれが初めてだったな……。


「でも、とおる……どうやって荒神様の力を受ければいいの?」

「僕が来たことで荒神様の力の大きさは少しだけ分散する。僕はそれくらいなら辛うじて受け止められると思う。問題は、ともだよ」

「あたしは無理だよ……力が二分されても受けきれない。未熟者、だもの……」


 顔を上げることが出来なかった。この期に及んでまだ透への嫉妬を捨てきれなかった自分が嫌で嫌でね。


「今は未熟者とか関係ない。未熟でも神様の力を受け止めることは出来るぞ。……心さえ強く持っていればな」

「心を……強く……。それなら、出来るかも」

「だろう? 僕はともの強さはその不屈の心にあると思う。そして、そうした心の持ちようは神様が気に入ってくれる」

「神様が、気に入ってくれる?」


 そこでふと疑問に思った。荒神様の力を受け止めるのに神様からの気に入られやすさなどというのは関係ないのではないか、とね。あたしはただ荒神様の力を受け入れられるかということを考えていた。けれど、透はもっと大きなことを考えていた。


「とも、魂鎮めを行おうか」


 魂鎮めというのは儀式のひとつで、荒神様に落ち着いてもらおうとするもののことだよ。荒神様の荒魂が和魂に変わることで受ける力は暴力的な奔流ではなくなる。あたしでも受け止められるレベルに落ち着くかもしれなかったんだ。


 ただ、この魂鎮めの儀式はこのときのあたしはまだ習っていなかったし、とても難しいものだったんだ。透は儀式の手順は知っていたらしかった。けれど、実践したことはなかったはず。魂鎮めなんてものが必要になる状況なんて滅多にないものだからさ。


「とおる、魂鎮めって……無理だよ。あたしは出来るとは思えない」

「やり方は僕が知っている。でも、僕には神様を思う気持ちが足りないんだ。ともにはそこを補ってもらうだけで十分だ」


 つまり、あたしはその場にいればいいということを言っていたんだ。

 そう言われてもあたしは魂鎮めを行う決心がつかなかった。正直、死期を早めるだけだとさえ思っていたんだ。けれど、透はいつになく真面目な顔であたしの心持ちと自分の技術があれば十分だと言い張っていた。だからあたしも折れて、やってみることにした。


 神様の声を聞くことはなかったけれど、儀式が終了すると同時にあたしの胸に安堵感が広がったことを強く覚えているよ。あそこは既に神域に近くて……どうしても荒神様の力を受けざるを得なくなっていて、強いプレッシャーが掛かっていたんだと思う。


「とも、大丈夫だっただろ? もう危険は無いから、休んでいいよ」


 透の笑顔に安心してあたしの意識は沈んでいった。

 そして次に目覚めたとき、あたしは自分の部屋で寝ていた。数瞬呆けた後、膝を抱え込んで顔を埋めた。夢うつつに聞いた透の言葉を思い出してしまったせいだ。


『ともは僕の宝だ。誰にも……神様にだって害させはしない』


 透の本音がどこにあるのか。それが分かってあたしは喜びと気恥ずかしさでしばらくは透をまともに見られなくなっていたよ。で、そのおかしな態度の原因を皆に知られてしまってね……特に茜姉さんが喜んでいた。あたしと透の関係は一気に進展することになった。


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