11 宝石を手にするは

 

 午前九時半。オールドアの面々は社員用ラウンジでくつろぎつつ社長の帰りを待っていた。


「遅いね~社長。どこかで道草でも食っているのかな~」

「本部で乱闘していたりしていればいいな」

「それは薫の希望じゃないの。無闇矢鱈に襲撃しようとしなくなっただけマシだけど、相変わらず本部が嫌いなんだね。まぁ、あたしもだけど」

「そりゃ、俺を散々な目に遭わしてくれた奴らを好きになれるはずがねぇっての」

「俺もあそこは嫌いだな。教師になるときも横槍入れやがって……」


 樹は筋トレ中だ。そしてたまに何もないところへ拳を振るっている。それが異様に鋭く、仮想敵への強い思いがよく分かる。巴は藁で人形を作っている。丑三つ時には注意しよう。絶対にかち合いたくない。流石に冗談だとは思うが……。また、その隣で薫は腕を鬼化したりしている。二人とも表情が禍々しい。最後に細は呪符を作っているが模様がおかしい。……誰とは言わないが、呪うつもりなのだろうか。呪詛を込めているようだ。

 先程はくつろいでいると言ったが、皆物騒なことをしていた。


「ねぇ、社長が本部の人を連れ帰ってくるとも言っていないのにどうして戦闘準備に余念が無いの」

「絶対いるって、お嬢。現場主義を言いながらうちオールドアを探りに来る奴が」


 珍しく薫が真面目な表情をしている。本当に本部を信用していない。そういう来留芽も本部の傲慢な奴らは嫌いだし、細の隣に座りながらせっせと呪符作りに勤しんでいるのだから人のことは言えないだろう。

 ピンポーン

 運命のチャイムが鳴った。対応に出るのは来留芽だ。いつでも出せるところに呪符を隠しておく。


「はい。こちらオールドアです。どちら様ですか」

「本部の三笠だ。ふん……小さい会社だな。おい、さっさと開けないか」


 本部に所属していて三笠と名乗る……しかし、まだ若いから狸の方の三笠ではない。親の七光りのアホボンだと噂があったと思う。この男が交渉事を得意としているとは聞いたことがない。これはオールドアの勝ちだ、と心の中で思う。


「いらっしゃいませ、三笠様。社長も、お疲れ様です」

「ふん……」


 三笠はどんどん先に行ってしまう。その様子をちらっと見て社長が苦笑する。


「……悪いな、来留芽。うちが信頼するに値するか分からんと言ってな……」

「大丈夫です。迎撃準備は皆済ませていますから」

「……なるほど。本部が嫌いだからか。けれど、そう簡単にはいかないだろう」


 乾いた笑みを浮かべて社長も中に向かっていく。社員用ラウンジではオールドアの面々……特に薫と樹が密かに殺気立っていた。


「お前達がこの会社の社員か? パッとしないな……もしかしなくても全員能力の種類が違うのか? これだけの人数しかいないのに?」


 分かっているだろうに、あえて客観的に見て弱いところを突いてくる。


「そうですね。しかし、そのお陰で仕事も早くなっているのでデメリットではないのですよ」

「ふん……そうかもしれないが、連携できるのは同じ会社の者だけではないか? 他との連携が取れないようじゃ評価を上げることはできんな」


 ニヤリと笑って言われた評価という言葉に首を傾げた。彼はオールドアの格付けに来たというのか?


「社長。うちの評価が翡翠さんの受け入れに関係しているの?」

「どうもそのようだ」


 社長によれば、翡翠をオールドアで受け入れるにあたって本部が問題としたのは翡翠の能力を導けるだけの人材がいるのかということ、オールドアの格付けが平均しかないことだったという。


「うちはメンバーの関係で大規模な事件を扱いにくいだろう。他は……例に出しやすいから夜衆にしておくか。夜衆はうちと同じように様々な能力者が混ざっている組織だが、人数が多い。だから町全体を対象にしたあやかし排除の儀式ができる。しかし、所属メンバーが少なく、経営もかなり綱渡りであるオールドアは大規模なものはできないし、本部から依頼を回されることもない。よって本部はうちをCランクとしている」


 本部の格付け……ランク制度は下からE、D、C、B、A、S、特Sランクに分かれている。その中でCランクは“ある程度の評価はするがさして重要視するほどでもない枝葉”といった立ち位置だ。本部に侮られるランクである。


「つまり、向こうの意見としては“翡翠さんの能力は高く、きちんとした訓練を受ければ実力ある能力者になるかもしれない。才能も未知数。そんな未来を期待できる人材をCランク程度に任せられるか”といったところ?」

「その通りだ。お嬢さん。一番頭が回るようだな。特に目立った力は感じないが……」


 三笠は今の来留芽の話したことを聞き取っていたらしい。耳の良いことだ。しかし、ジロジロと眺めてくる視線は鬱陶しい。


「……三笠。うちの者をからかうのはそこまでにしろよ」

「何だ、京極。相変わらずシスコンをこじらせているのか。会社を悪く言われても動じないが“妹”を探るのは許さないってか」

「当たり前だ。たとえお前であろうとも来留芽のことに触れるな」


 どういうことだろうか。細と三笠が気安げである。


「三笠、一応誤解を解いておけよ」

「そうだな。……先程から失礼な態度を取っていました。申し訳ない」

「そちらが本来の君か? 先程までの態度は……もしや、監視でも付いていたか」

「自分に、でしたが。実は本部では日高翡翠の受け入れは厳しいのです。ですが、それを言う訳にはいかないので譲歩してやったと印象付けなくてはならず、三笠家の次期当主である自分があえてこちらに来たのです。しかし、アホだという評判が定着している自分では心配になった狸の一匹が子飼いを監視につけていたらしく……」

「三笠。お前は不必要に話を長くする癖を直せ。つまり、あの態度はアホボンとしての三笠の演技で、今さっきようやく狸の子飼いの覗き程度は無効化できたから今態度を改めたってことだ」

「ああ。その通りだ」

「で、うちの評価について話が出ているのか?」


 細が三笠の方を向くがどことなく不機嫌さを醸し出していた。対峙している三笠は腰が引けていた。


「あ、ああ……細、悪かった……頼むから機嫌直してくれ」

「……仕方ない」

「よ、よし……評価だったな。今回の事件の解決の早さを知ってこの会社の格付けを上げたらどうだという話が持ち上がったんだが……確かここは恐怖の渡世と古戸の会社だろう。だから狸の一部が反対してな。奴らはもう少し優越感を感じていたかったらしい」

「どうせ言い出しっぺはお前のハゲ親父だろう」

「ハゲ、ハゲって……自分はその息子なんだが……うん、もういいや……」


 三笠と細は知り合いだったようだ。細の方が上位に立っていることまで分かる。


「結局翡翠さんを引き取ることはできるということ?」

「ああ。オールドアに任せることに決定した。ただ、経過観察を命じられたから一月に一週間ほど支部で働いてもらわなくてはならなくなってしまった。だが、支部長は夜衆の者だから信頼できる。藤野青嵐と言ってな……」

「それは知ってるよ」

「あ、あれ? そうなのか。じゃあ、問題はなさそうだな」

「三笠。結局指導者は巴で良いのか? うちのメンバーで神職系を修めているのは彼女しかいないわけだが」

「そうだ。基本は一色さんでいい。ただ、個人的には狸どもとやり合える程度に教育した方が良いと思う。絶対に自分以外にも接触を図る奴が現れるからな」


 とすると、恵美里の方も危ないかもしれない。翡翠は恐らく藤野の完全なバックアップが付くが、恵美里は学校にいる時と通学の時が危険だ。ただ、それについては今ここで決められることではない。午後に決まるだろう。


「……では、三笠。本部の情報を話してもらおうか」


 目が笑っていない笑顔で細が三笠を追い込む。確かにあまり本部と関わらないオールドアとしては本部の情報を得られるこの機会を逃すわけにはいかない。三笠が青ざめて視線をさまよわせたが来留芽達は誰一人としてそれに合わせることはなかった。

 三笠が声なき悲鳴を上げるが、当然誰一人として助けに向かうことはなかった。



 ***



 午後になって藤野と翡翠、恵美里がやって来た。藤野がいるのは恐らく道案内のためだろうが、三笠との話から翡翠に支部で働いてもらうこともあると分かったため、丁度良かったので同席してもらった。


「藤野さん。これは本部の三笠です」

「若い方の三笠? あのアホボンだと有名の」

「うぐっ……」


 席について速攻で細が三笠の紹介をした。それを聞いて思わず漏れた言葉だろうが、それは正確に三笠を抉った。自分で広めたことだろうに、ダメージは受けるのか。


「まぁ、アホはアホですが、噂とはベクトルの違うアホですね」

「敵ではないなら、いいかな」


 藤野は追求しないことに決めた。それよりも翡翠のことの方を火急の案件として位置づけていたからだ。


「では、本題に入ろうか。翡翠さん。あなたにはこの会社に入ってもらうことになった。そして、月に一週間ほど支部……裏関係総合本部の支部という意味だが、そこに出向してもらう。藤野のところだから大丈夫だろう」


 翡翠は裏の組織の関係など知らないから一つ頷いただけだったが、それを知っている藤野はそうはいかなかった。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。月に一週間うちで働くってどういうことだ? あ、いや、困るって訳ではないんだけど……本部にも所属するということか?」

「それは違うぞ、藤野支部長。本部の狸どもは自分達よりも強い力を持つ鏡音……いや、日高翡翠に恐れをなして所属を拒否したんだ」

「……とんだ腰抜けだな」

「ふっ、何を今更。“不作の二代”は伊達じゃないぞ」

「確かにな。私達の親世代、祖父母世代は優れた能力者が少なかったからな。怖じ気付くのも無理ないか」


 彼等に対する評価は大変辛辣に思えるだろうが、裏は実力が無ければすぐに命を落としかねない世界だ。それなのに来留芽達から見ても無能と言えるほど平凡以下の才能しか持ち合わせない人達が本部の幹部の席を占めているのを見れば辛辣にもなる。大した経験も無い指導者が上にいると下は苦労し、その不満が辛辣な評価として現れている。


「ま、その辺のところも追々知ってもらわないとならんな」

「その辺りの事情はオールドアでも教えられるので、大丈夫でしょう」


 翡翠には藤野が大体のところを教えるだろう。大人は大人でしっかりやってくれれば良い。子どもは子どもで何とかしようか。


「恵美里。流石に話について行けないでしょ。こっちはこっちで話そう」

「え、えと……確かにちんぷんかんぷんだったけど……いいのかな」

「いいのいいいの。少しずつこっちのことを知っていけば」


 どうしてもこちら側に引き入れなくてはならないのならいきなり知識を詰め込むのではなく、ゆっくりと慣れてもらいたい。その方が拒否反応も少ないだろうし、不自然になることはないだろう。


「恵美里。今日は八重達と遊ぶ予定を立てていたの。恵美里も行こう」

「え、いいの……?」

「あらかじめ言っておいたから大丈夫。じゃ、ちょっと出掛けてくるね」



 ***



 藤野と翡翠は先に帰っていた。恵美里が来留芽にさらわれてしまったので仕方が無い。そして翡翠がせっかくだからと藤野をお茶に誘い、二人は家でのんびりしていた。


「翡翠さん」

「どうしました? 藤野くん。お茶のおかわりですか」

「いや、お茶はまだあるから……そうではなく、ええと……裏の話とか、翡翠さんの力についてとか……佳樹のこととか。黙っていて済まなかった」


 深く、深く頭を下げる。特に佳樹の死因についてはぼかしまくった原因しか告げていなかった。きっと納得できなくて苦しい思いもしただろう。それが分かっていながら何もできなかった……いや、何もしなかった。

 だが、翡翠は藤野の顔を上げさせる。


「いいえ。むしろ、私の方が謝るべきだと思います。あの人に無理させて……死なせてしまい、申し訳ありませんでした。貴方方は昔から一緒にいて……親友だったのに。それを引き裂いたのも恐らく私でしょう」

「いいえ! 翡翠さんは謝らないでいい。佳樹は全てを覚悟して貴女と連れ添ったんだ。あいつの死が貴女にあるとは思わない」

「そうですね。あの人は私の前ではいつも幸せそうでしたから」


 寂しげにしているが、彼女は幸せだと言い張るだろう。しかし、どこか壊れそうで……藤野の中に彼女を守りたいという気持ちが沸き上がる。ふと、閉じ込めていた愛しさも再び出てきてしまったことに気付く。言わないでおこうと決めたが……言葉に出していいのだろうか。しかし、月に一週間ほどとは言え同じ職場で働くようになるとすると、隠し通せる自信が無かった。


「……君の心がどうしても欲しくなったときには……」


 ――言えるだろうか、『  』と

 藤野は溜め息の中にその言葉を溶かした。愛しい思いがずっと湧き出ている。


「藤野くん? 何かおっしゃいましたか?」

「いいや、何でもない。支部ももっと働きやすくしないとな、と思っていただけだ」

「藤野くんも仕事中毒気味ワーカーホリックですか? 本当にあの人とそっくりです」

「そうか? まぁ、物心ついたときから一緒くたにまとめられていたからな。似ていてもおかしくない」


 この穏やかな時間も得がたいものだ、と藤野は思う。ただ一人、翡翠のそばにいるときだけ自分はこんなにリラックスした気持ちでいられる。どうしても手に入れたくなるのも時間の問題かもしれないと温かいお茶に隠して苦笑いする。


『んふふ……愛とは暖かなものじゃのぅ』


 緑の香りがするやわらかい風が二人の髪を揺らした。土地神が見守る二つの“恋愛”。こちらの穏やかな歩み寄りを見るのも楽しそうだ。

 若い方の恋愛についてはまた別のお話。



          唯一之章Fin.


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