第2話 お前も、そいつの仲間だったのかよ?

 いつか、ラミアが言っていた。「あなたと同じ資格を持った者が現れた場合、そのキューブが『私ではない私』として擬人化するかも知れない」と。

 そして、そのモノフルは「男性かも知れない」と。彼女は不安な顔で、俺にそう説明した。まるで今の状況を予見するように。


 彼女の不安は(残念ながら)、現実のモノになってしまった。


 画面の向こうで語られる残酷な真実。

 

 俺達は、その現実にただ呆然とした。


「コイツが108の破壊事件を起した?」


 からの言葉が出ない。どんなに喋ろうとしても、「あ」の声はおろか、「うん」とうなずきすら出来なかった。それ程に衝撃的な内容。

 その話を聞いているラミアも……最初は机の上に着地していたが、気づいた時にはもう、空中に浮かび上がっていた。


 ラミアは、スマホの画面を見つめた(と思う)。


「鳳来高校二年、緑山みどりやま蘭子らんこ


 俺はその緑山蘭子に恐怖を覚えたが、同時にふとある事を思い出した。町のホビーショップでぶつかった少女……その美少女は、彼女と同じ鳳来高校の制服を着ていた。あの時謝った声も、それと本当にそっくりで。違っていたのは、彼女の笑顔がとても不気味に光っている事だけだった。

 

 俺は、その笑顔に生唾を呑んだ。


「この子が何で? こんな事」


 の疑問は、画面の彼女が答えてくれた。自分を蔑んだ者達への復讐。彼女は何処かの廃墟にいるのか、やけに広い部屋の中で、その内容を語っていた。


「私はもう、何にも縛られない。学校のみんなにも、そして、自分の親にも。私は、絶対の自由を手にしたんだ。自分に従う108の戦士を手に入れた事で」


「108の戦士?」


 彼女はその疑問に答えるように、部屋の中に彼らを導いた。


 俺は、彼らの姿に震え上がった。彼らは全員、驚く程の美少年だった。まるでラミア達を男にしたように。その美しさには、見る者の心を震わせる何かがあった。


 俺はその何かに震えたが、ふとある人物が目に入った瞬間、その震えを忘れて、仲間の手からスマホを奪い、その人物を食い入るように見つめた。


「そんな……どうして? お前が」


 ガクッと、肩を落とす。画面の向こうには、蘭童優の姿が映っていた。


 俺は、スマホの本体を握りしめた。


「お前も、そいつの仲間だったのかよ?」


 悔しさが込み上げる。アイツは……「そんな奴ではない」と思っていたのに。目に飛び込んできた現実は、どんな事実よりも残酷だった。


 俺は仲間にスマホを返し、魂が抜けた目でその動画を眺めつづけた。


 緑山蘭子は、モノフルの一人にキスする。それに合わせて、画面の字幕が暴れ出した。


 死ね、ビッチ、朝から盛るな、そいつら金で雇ったんだろう? 


 心ない言葉が飛び交う。


 だが、彼女は気にしない。ただ黙って、ニコニコ笑っているだけだ。重い沈黙が訪れる。沈黙は動画の空気を支配し、その流れをしばらく手放さなかった。


 彼女は「ニヤリ」と笑って、モノフルの一人から離れた。


「芸の無い中傷ね。そんなじゃ、私は傷つかないよ?」


 画面の字幕が更に荒れた。それはもう、画面いっぱいに。最初に出て来た「死ね」が、可愛いと感じるくらいだ。


 画面の彼女から視線を逸らす。

 

 俺は暗い顔で、教室の床に目を落とした。

 

 緑山蘭子は、動画の視聴者達を挑発した。


「私の事を逮捕したい? 良いよ、逮捕しても。私の所に来られる度胸があるんなら、いつでも相手してあげる。私には、心強い戦士達がいるからね。警察はもちろん、軍隊だって敵うもんか。ここのみんなには、普通の武器は通じない。それこそ、ミサイルなんか使っても。彼らは、すぐさま返り討ちにしてくれる」

 

 彼女の笑顔が怪しく光った。


 岸谷は、その笑顔に震え上がった。黒内も、それに目を震わせている。まるで「それ」が目の前にいるように。俺の声にも、まったく応えられなかった。


 俺は彼女の顔から視線を逸らし、スマホの画面に視線を戻した。


「緑山蘭子、こいつは」


 を聞いて、岸谷が俺に話し掛けた。


「どうするの?」


「分からない」が、俺の答えだった。「でも」


 俺は、両手の拳を握った。


「ラミア」


「なに?」


「お前ならどうする?」


 彼女は、俺の目の前まで飛んだ。


「今の所は、静観。彼女が何処にいるのかも分からないし」


「そ、そっか」


「でも」


 ラミアの雰囲気が一瞬、怖くなった。


「彼らはきっと、私達の生活を脅かす。モノフルの力を使って。モノフルの力は、絶大だから。彼女の言う通り、人間の武器では歯が立たない」


 俺は……いや、俺達は、彼女の言葉に生唾を呑んだ。


「俺達も殺されちゃうのかな?」と、仲間の男子。黒内達も、それに合わせて「嫌だな」、「うううっ」と泣き出してしまった。


 俺は彼らの事を宥め、ラミアの方に視線を戻した。


 ラミアは、俺の顔に視線を移した(と思う)。


「時任君」


「なんだ?」


「キューブを集めよう、彼らが暴れ出す前に。彼らはきっと、私達よりも強いから」


 俺はその言葉に、絶対に逆らえない空気に、ただ「ああ」とうなずいた。

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