第52話 私の事、選んでくれたら嬉しいな?

 まんがもあるから大丈夫。そう信じて行ったブックカフェは、学校から少し離れた所にあった。カフェの中には、見渡す限りの本、本、本。まるで本の森に迷い込んだようだ。町の図書館とは違う。

 会計所の隣にはドリンクディスペンサー(ファミレスとかにある、所謂ドリンクバーだ)が設けられているし、それの値段表も会計所に掲げられていた。ドリンクの値段は……うん、至ってリーズナブル。お財布に優しい価格設定となっている。


 これなら、学生達に人気が出るだろう。俺のような人間はまず来ないが、読書を趣味とする人には、絶対にオススメできるスポットだ。店の雰囲気もオシャレだし、さっきから流れているジャズも、お客の気持ちを心地よくしてくれる。正に「読書の楽園」と言った所だろう。コンビニで立ち読みするより、ずっと心地よい環境だった。

 

 俺は店の使用料(ドリンク代も含む。岸谷は遠慮したが、俺は「大丈夫」とうなずいた)を払い、店のまんがコーナーに行って、何か面白そうなまんが本を探した。岸谷もそれに続いて、SF小説のコーナーに行き……どう言う流れで選んだのかは分からないが、かなり昔のSF小説を選んで、長テーブルの席(それぞれのコーナーに別れる前、テーブルにジュースを置きながら「ここで読もう」と決めた場所だ)に戻って行った。

 

 俺は未読のまんが本を選んで、そのテーブルに戻り、テーブルの椅子を引いて、そこに座ってからすぐ、ジュースを何口から飲み、まんが本の内容をゆっくりと読みはじめた。岸谷も真剣な顔で、SF小説の内容を読みはじめた。

 

 俺達は、それぞれの本を黙々と読みつづけた。周りの人達もそうしているように。誰かの咳が聞こえた時も、特に気にする事無く、それぞれの本を読みつづけた。

 

 俺は、まんがの内容に胸を躍らせた。一人の少年(主人公)が多くの仲間(全員が女だが)と共に様々な敵と戦っていく。まんが自体は「少女まんが」だが、その中身は正に少年まんがだった。「主人公が美形」である事を除いて。登場人物の造形も、物語の流れでもすべて、一流まんがの「それ」だった。

 

 俺は岸谷に話し掛けられるまで、その本から意識を逸らせなかった。


「時任君」


の声を聞いて、「ハッ!」と、我に返る。「な、なに?」


 俺は間抜けな顔で、まんがの頁を閉じた。


「どうした?」


 岸谷は俺の声にポカンとしたが、やがて「クスクス」と笑いはじめた。


「うんう、あんまり集中していたから。つい、面白くて」


「そ、そうか」


 その言葉に恥ずかしくなる、俺。


「ご、ごめん。このまんがが……その、当たりだったもんで」


 俺は、右の頬を掻いた。


 岸谷はまた、俺の言葉に笑った。


「分かるな、その気持ち。私もこの本が面白くて、時間が経つのを忘れちゃった」


 テヘ、と笑う彼女。


 彼女は本の頁を閉じて、テーブルの席から立ち上がった。俺もそれに続いて、自分の席から立ち上がった。

 

 俺達は、それぞれの場所に本を返した。


「帰ろうか?」


「おおう」


 俺達は店の外に出て、それぞれに背伸びしたり、町の空を見上げたりした。


 俺は、彼女の横顔に目をやった。


「岸谷」


「ん?」


「家、何処だ?」


 彼女は何故か、俺の質問に赤くなった。


「送って、くれるの?」


「ああ」が、俺の返事だった。「友達と一緒ならまだしも。今日は、お前一人だからな。やっぱりちょっと、心配じゃねぇ?」


 俺は無意識に流れる声、「ここは、送る場面だろう?」の空気に従った。


 岸谷はまた、その空気に赤くなった。


「あ、ありがとう。なら、お願いします」


「ああ」


 俺は「ニコッ」と笑って、彼女から家の場所を聞き、その情報に従って、自分の自転車をゆっくりと押しはじめた。


 彼女は、俺の隣を歩きつづけた。


「時任君」


「うん?」


「今日は、ありがとう。私のワガママに付き合ってくれて」


「いや」


 俺は、彼女に微笑んだ。


「そんな事は、ねぇよ。俺もすげぇ楽しかったし(本心だ)! 久しぶりにワクワクしたしさ」


「そ、そう。なら、良かった」


 彼女も、俺に笑いかえした。彼女は、ある家の前で足を止めた。


「ここが私の家」


 俺は、彼女の家に目をやった。彼女の家は、立派だった。俺の家よりもずっと、その造形に趣向が凝らされている。まるで金持ちの家のように。家の庭もよく手入れされているようで、芝生の長さはもちろん、庭の草花も綺麗に整えられていた。


 俺は、その光景に目を見開いた。


「すげぇな、お前の家。俺の家とは、大違いだ」


「そんな事、ないよ」


 彼女は何処か、照れ臭そうに笑った。


「家のお父さんが、変にこだわっているだけ」


 から、数秒程の沈黙。沈黙は、俺達の視線を重ねさせた。


 俺達は、互いの目をしばらく見合った。


「時任君」


「え?」と、驚いた瞬間だ。唇にある感触が走った。柔らかくも、何処か切ない感触。その感触が「キスだ」と気づくまで、さらに数秒程掛かった。


 俺は、その感触に息を飲んだ。


「きし」


「無理にとは言わない、けど。私の事、選んでくれたら嬉しいな」


 彼女は「クスッ」と笑って、俺の前から歩き出した。

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