第37話 彼の事、諦めるつもりはないから

 お、おい、ふざけんじゃねぇぞ! いくら風紀委員だからって! やって良い事と悪い事がある。それは、職権濫用だ! 風紀委員の権限を使って、生徒の私物を勝手に取り上げる。アイツらが一体、お前に何をしたんだ? 


 あの時の不良達みたいに、お前の事を罵ったり、ましてや、殴ったりなんかしていないじゃないか? お前に少し、反抗した部分があるかも知れないけど。

 怒りのボルテージが上がる。普段は引っ込んでいる「それ」が、今の限っては爆発寸前になっていた。それころ、火山が噴火するみぇに。目の前の女をぶん殴りたくなっていた。


 彼女の手を掴んで、その手を思い切り握る。

 

 俺は、彼女の目を睨みつけた。


「そのキューブは、チャーウェイだ」


「うっ、チャーウェイ? チャーウェイって?」


「この間、空き教室前で会った女の子だよ」


「ああ」と、神崎はうなずいた。「あの色情魔」


「くっ」


 俺は、自分の右手に力を入れた。


「チャーウェイは、色情魔じゃねぇ。ちょっとエロっぽい所があるが、根は優しい女の子だ! お前なんかと違って」


 神崎は、その言葉に涙を浮かべた。


「なっ! くっ! そうやって」


「何だよ? 言いたい事があったら、ハッキリ言えば良いじゃねぇか?」


 今の俺は……自分でも分かる、いつもの俺と丸きり違っていた。「自分の言いたい事をハッキリ」と言う。怒りの感情に支配されている俺は、どんな空気にも屈しなかった。


 神崎は、俺の怒声に俯いた。


「嫌なのよ」


「何が?」


「貴方が他の女の子と仲良くしているのが! その子達とイチャイチャしているのが気にくわないのよ!」


 彼女は俺の手にキューブを返し、その両目から涙を流して、俺の前からサッと走り出した。


 俺は、その背中に呆然とした。いくら鈍感な俺でも、その言葉ですべてが分かってしまったから。周りの連中も、俺の事を批判するように見ている。

「女の気持ちがまったく分かっていない」と。彼らは呆れ顔で溜め息をついたり、俺の横を「やれやれ」と言いながら通りすぎたりしていた。


 俺は、右手のキューブを握りしめた。


「神崎」


 の声に合わせて、「サーちゃん」の声が聞こえた。


「あたしの予想が当たったね」


 俺は、右手のキューブを見下ろした。


「俺、どうすれば良いのかな?」


「サーちゃんは、どうしたいの?」


 右手のキューブが笑った、気がした。


「俺は……あいつに伝えたい。『お前の事は、嫌いじゃけど』って」


「なら、それを伝えなきゃ。失恋は、早い内に終わらせなきゃダメだよ?」


 彼女の言葉が胸に刺さった。


「そうだよな! うん!」


 その気が無いなら、相手にも『それ』を伝えないと。誠意って言うのは、そう言う事だよな?

 

 俺は彼女に「ありがとう」と言い、急いで神崎の後を追い掛けた。

 

 神崎は、体育館の裏で泣いていた。


「う、う、うううっ」


 俺は神崎の所に近づき、その肩に手を(そっと)を置いた。


「か、神崎」


「な、なによ? ホームルームはもう、始まっているのに」


「そんなもんは、どうでも良い。大事なのは、神崎への答えだ」


 神崎は、その言葉に振り返った。


「え?」の言葉に、「神崎」と返す。


 俺は、彼女の目を見つめた。


「俺は神崎の事、異性として好きじゃない」


「……っ」と歪んだ神崎の顔は、絶望の色に染まっていた。「そ、そう」


「でも!」


 ここから本番だ。


「人間としては、尊敬できる。お前は、いつも真っ直ぐで。お前があの不良達に立ち向かっていった時……正直、『すげぇ奴だ』と思ったよ。今時、こんな勇気のある奴がいるなんて。いつも周りに流されている俺には、絶対に真似できない。俺は……たぶん、お前に憧れているんだよ。自分でも気づかない内に。俺は、お前の事を誇りに思っているんだ」


 俺は、彼女の頭を撫でた。


「お前の気持ちに応えられなくてごめん。でも、できたら……。今までと同じように」


「なんて、無理よ」


 だよな? そうでなかったら、世の恋愛まんがが全滅してしまう(気がする、たぶん)。一度フッた、フラれた者同士の関係は、どうやっても修復できないのだ。余程の事がない限り。恋愛で拗れた関係(それ未満でも)は、回復が困難なのである。


 現に……って、あれ? 

 神崎さん、どうして俺にキスしているの? 

 今の場所からスッと立ち上がって。

 

 俺は、彼女の唇にドギマギした。


「なっ、えっ?」


 彼女は、俺の目を見つめた。


「私は、どうあっても諦められない。初めて好きになった人の事を」


「かんざ」


「チャーウェイさん」


「はい?」と、応えるチャーウェイ。「なに?」


「あの子にも伝えて。私は彼の事、諦めるつもりはないから」


 チャーウェイは、俺の掌から浮かんだ。


「うん、良いよ。でも」


「うん?」


「あたしも諦めない。あたしも、サーちゃんの事が大好きだからね」


 二人は俺の前で、見えない火花を散らした。

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