第34話 イ、イチャイチャなんかしてねぇ

 自分の買ったオモチャ(あるいは、買わされたオモチャ)が、何の前触れもなく擬人化する。それに驚かないのは、そいつの頭がおかしいか、その現象自体が普通の、ごく一般的な現象になっている時だろう。一般的な現象になっていれば、それに驚く事もなく、また、自分の頭を責める事もない。


 すべては、自然の中に存在している。昨日まで普通の物体だったが物が、今日は意識を持った擬人、人モドキになるのが。どんなに異常な事でも、それが普通、正常な事になってしまう。俺の正常は、その擬人と関わる、または相まみえる日常に変わってしまった。


 しかも……彼女の話では、「俺以外に選ばれた人間が存在するかも知れない」と言う。俺が物凄い奇跡で「それ」になったように。そいつも……男か女かは分からないが、俺と同じ日々を送っているんだ。擬人化したキューブにドギマギして。そう考えると……。

 

 俺は、屋上の地面から立ち上がった。


「ホント、不思議な現象だよな?」


「え?」と驚いたラミアも、すぐに「ええ」とうなずいた。「私自信も驚いている」


「擬人化する前の記憶とかは、あるのか?」


 ラミアは、俺の質問に首を振った。


「自分の名前と存在以外は。人間の社会についても、基礎的な事か、自分が興味のある事しか知らない」


「ふうん、じゃあ」


 俺は、彼女の顔を見下ろした。


「学校の勉強とかは、分からねぇんだ」


「基本的な事なら分かる。でも、専門的な知識は皆無。私の場合」


「そっか」


 つまりはキューブが擬人化した事以外、彼らは普通の女の子なのだ(と思う。たぶん)。「身体の機能の一部は違っている」と言っても。そこら辺の女の子と何ら変わらない。

 彼女の言葉を思い返せば、「子どもを産む事」だってできる。その母親にたとえ、「戸籍が無い」と言っても。新しい命を生み出す事もできるのだ。俺達の親達がそうしてきたように、彼女達も。

 

 俺は、彼女達モノフルに一種の親愛感を覚えた。


「モノフル達も、学校に通えたら良いのに」


 彼女の顔が一瞬、暗くなった。


「私には、戸籍が無い。それを手に入れる手段も。存在しない人間は、その存在を認めて貰えるまで、人間らしい生活を送る事はできない」

 

 俺は改めて、彼女達の境遇に同情した。


「ラミア」と言った時にはもう、彼女の身体を抱きしめている俺。「他の奴らもそうだけどさ」


「ん?」


「俺がみんなの事を支える。俺のできる範囲で。ラミア達は、俺にとって大事な人達だから」


「時任君……」


 ラミアの涙が光った。


「ありがとう」


 彼女は俺の身体を抱きしめ返すと、優しげな顔で俺の唇にキスをした。


「温かい」の言葉通り、彼女のキスは温かかった。妙に緊張する事もなく、それが離れた瞬間には、一種の寂しさを感じてしまった。

 

 俺は彼女の瞳をしばらく見つめ、その頬を触って、彼女の唇にまたキスをした。


「んっ……」


 彼女は、俺のキスにうっとりした。


「ふうっ」と吐いた息が、エロっぽい。と言うより、とても官能的だった。下品な感情を抱くエロではなく、高尚な気分になれる官能。それは大人になった(あるいは、なりつつある)者にしか分からない、無音の官能だった。


 俺達は、その官能をしばらく味わった。


「戻るか? 予鈴のチャイムも鳴ったし」


「ええ」


 俺は屋上の扉に向かって歩き、彼女もそれに続いて歩き出した。


 俺達は屋上の中から出て、自分の教室に戻った。自分の教室に戻った後は(ラミアは、キューブの姿に戻ったが)、クラスの奴らから色々と冷やかされた。まるで小学生が仲の良い幼馴染カップルを冷やかすように(男子の連中は、相変わらず睨んでいたが)。その口調にも、遊びと言うか、呆れのようなモノが含まれていた。「お前ら、学校でイチャイチャしすぎ」と。

 

 俺はその言葉に苛立ったが、恥ずかしさの方が勝ってしまい、自分の席に戻った後も、「イ、イチャイチャなんかしてねぇ」と言いつつ、机の上に突っ伏し、自分の顔(真っ赤になっている)を必死に隠しつづけた。

 

 周り連中は、その態度を冷やかしつづけた。


「どうせ、学校の屋上にでも行っていたんだろう?」


「あそこには、人がいねぇからな」


「彼女に膝枕でもして貰っていたんだろう?」


 男子連中は、嫉妬全開に「悔しい!」と喚きつづけた。


 俺はそれに応える事無く、放課後になって、文芸部の部室に行った時も、昼休みの事は一切話さず、今日の部活動を終えて、擬人化したラミアと共に町のホビーショップへと向かった。


 ラミアは、俺の隣を歩きつづけた。


 俺はキューブマニアの売り場に向かったが、そこに着いた瞬間、余所見をしながら歩いていた女子高生に「うわっ」とぶつかってしまった。


 女子高生は慌てて(お嬢様かな? 上品な感じなのに、何処か棘のようなモノが感じられた)地面に落ちたキューブマニアの袋を拾い、俺に「ご、ごめんなさい」と謝ってからすぐ、まるでそこから逃げるように、俺の前からいなくなった。


 俺はその光景に驚いたが、ラミアに「時任君?」と話し掛けられると、売り場にあるキューブマニアの袋を持って、それから会計所の列に並んだ。

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