第20話 浮気、ダメ
浮気って言うのは、彼女のいる奴がする事だ。自分の為に一生懸命尽くしてくれるのに、平気でその彼女を裏切り、そして、余所の女に愛想を売る。人間としては、最低の行いだろう。
彼女のいない俺にとっては、本当に信じられない行動だった。「羨ましい」とさえ思わない。ただ、「絶対にしてはならない事だ」とは思う。本名の女を裏切るのは、男としても、また、人としても、絶対に許されない事だった。
何十人も殺した犯罪者が、そのまま死刑になるように。浮気と言うのは、それだけ重い罪なのである。それゆえに……。「なんで?」
俺は、今の状況が耐えられなかった。まるで、自分の浮気(実際、浮気ではないのに)がバレたかのように。俺を見つめる彼女の目には、殺意にも似た、絶望感が漂っていた。「お前のした事は、絶対に許さないぞ」と。
彼女は無言で、俺の心臓を抉りつづけた。
俺はその痛みに耐えきれず、咄嗟に「お、おかえり」と挨拶してしまった。
「今日も、昨日と同じくらいに帰って来たんだな?」
ラミアは、俺の言葉に応えなかった。その代わり……たぶん、何かを察したのだろう。最初は睨むだけだった彼女の顔が、次の瞬間には驚きに変わった。
ラミアは、チャーウェイの前に歩み寄った。
「その独特な波長……あなたも、私と同じ」
「そうだよ!」と、笑うチャーウェイ。「あたしも、あなたと同じモノフル!」
チャーウェイは彼女の身体を一瞥し、自分が擬人化したまでの経緯を話して、俺の頭を(好い加減、立った方が良いかな?)抱きしめた。
「サーちゃんと仲良くしていたんだ!」
サーちゃん、のワードが、ラミアをより苛立たせてしまった(ようだ)。
「あだ名を許したの?」と、俺に問い掛ける。それも、滅茶苦茶怖い声で。彼女が俺達の身体を離させた時は、その怖さに思わずチビリそうになった。
「あ、ああ。チャーウェイが『そう呼びたい』って言うから。つい」
「そう」
ラミアは、チャーウェイの顔に視線を移した。
「チャーウェイさん」
「はい?」
「当然だけど。あなたも、彼の事を」
「もちろん、大好きだよ! サーちゃんは、あたしの擬人化に関わったからね!」
二人の火花がぶつかった、気がする。少なくても俺には、この二人が互いの事をライバル視しているように見えた。俺自身は、その光景にただただ震えているだけなのに。恋のライバルを見つけた女は、どんな動物でも肉食獣になってしまうのだ。
その事実に震え上がる、俺。
俺は、二人の事を何とか鎮めようとした。「まあまあ、二人とも。ここは」と言う風に。だが……それで二人が収まるわけがない。ラミアは「話し合いが通じない事もある」と言い、チャーウェイも「そうそう! 白黒付けなきゃならない時がね」と笑った。
俺は、それらの言葉に頭痛を感じた。
「はぁ、もう」
勘弁してくれ。二人の女が俺の事を取り合うとか! そう言うのは、まんがの中だけにしてくれよ。
……はぁ。溜め息が溜め息にもならない。ただ、頭痛だけが残る。
俺はその頭痛に耐えながらも、現実的な、つまりは「これからの事」を考えはじめた。居候がまた一人増えた事で、家の親はなんて言うだろう? 母ちゃんの方は、喜ぶと思うが。
俺は、親父の態度、特に「ふざけるな!」の怒声に震え上がった。だが……現実は時に、奇妙な事を起してくれる。あれだけ怖がっていた親父の答えだが、驚く程にすんなりと、チャーウェイの居候を許してくれた。「行くあての無い子を放っては置けない。家にはまだ、余裕があるんだ」と。
親父は晩飯の味噌汁を飲み干し、そのオカズをまた食べはじめた。
チャーウェイは嬉しさのあまり、親父の身体に抱きついた。
「ありがとう、お義父さん! 将来は、絶対に面倒見るからね!」
「そんな事は良い」
親父は「ニコッ」と、彼女に笑いかけた。
「ラミアさんもそうだが。息子の事を大事にしてくれ」
ラミアは、その言葉に感動した。それを聞いていたチャーウェイも。二人は嬉しそうな顔で、親父の言葉に「はい!」とうなずいた。
「当然です!」
「サーちゃんは、あたし達のマスターだからね。大事にしないわけがないよ!」
俺は、二人の発言に恥ずかしくなった。
「う、ううう」と、俯くのも仕方ないだろう? こんな美少女達に言われちゃ、どんな男もこうなっちまう。顔の表面が熱くなるように。恥ずかしさと嬉しさが、一気に襲って来てしまうのだ。
二人の言葉に俯きつづける。
俺は顔の火照りを必死に抑えようとしたが、チャーウェイが「それじゃ。今夜は、サーちゃんと一緒に寝ようかな?」と言うと、今までの気持ちを忘れて、その言葉にまた赤くなってしまった。
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