第18話 来い。来い、来い、来い。来い!
もう、アレだ。絶望する余力も無い。ただ、無気力な空気が流れる。俺のやる気、根気、生きる気を無くす空気が。周りの空気に溶けて、綺麗さっぱり消えてしまった。残っているのは、「仲間との約束を果たさなきゃ」と言う現実のみ。
……はぁ。今日の俺は、なんてついていないんだろう? 昨日の夜に書いたプロットモドキは、没になるし。ラミアが女子達と楽しげに帰ったのは救いだが(今日も一緒に帰る約束をしたらしい)、それ以外は文字通りの地獄、地獄を超えた大地獄しかなかった。仲間の挑戦に付き合うのも正直、かなり億劫だし。面倒くさい事この上ない。
「はぁ……」
俺は憂鬱な顔で、仲間の所に向かった。
「オッス」
仲間は、俺の登場に喜んだ。
「よぉ。待っていたぜ、親友」
お前の親友になったつもりはないが。
まあいい。今は、そう言う事にしておいてやろう。
俺は仲間の導きに従って、町のホビーショップに向かった。ホビーショップの中は、混んではいないものの、それなりに人が入っていた。俺達よりもずっと若い小学生から、見るからにそれらしいおっさんまで。おっさんの近くには、それを嘲笑う女性客達が立っていた。
俺はそれらの光景を無視しつつ、仲間と連れ立って「キューブマニア」のある売り場に向かった。売り場は、会計所の近くにあった。売り場の前には、たくさんの客が並んでいて。会計所の前も、オモチャを買う客達の姿で溢れていた。
俺はその光景に呆れたが、仲間の方は冷静に……いや、気合い十分にキューブマニアの袋を持つと(あまりに人気の為、お一人様一個までになっている)、会計所の列に並び、自分の順番が来るのをじっと待ちはじめた。
「来い。来い、来い、来い、来い!」
仲間は、自分の選んだオモチャに願掛けした。
「モノフルに選ばれた奴と一緒に買いに来たんだ。俺だって」
俺は、その発言に溜め息をついた。
「当たるかどうかは、分かんねぇだろう?」
いくら、俺と一緒に来たからって。
お前も、「選ばれた人間」になれるとは限らない。
俺は内心でそう思いつつ、仲間の挑戦をそっと見守りつづけた。だが……現実は、そんなに甘くない。袋を開けた所までは良かったが、そのオモチャを取り出した瞬間、仲間の顔が絶望に、見るも哀れな状態になった。
仲間が引き当てたのは、みんなの憧れるスペシャルレア(金色だ)だったのに。今のそいつには、それがゴミ屑以下の、単なる物体でしかなかった。
気まずい空気が流れる。俺もどう反応して良いか、分からない空気が。
俺はその空気に苦笑したが、「とりあえず励ました方が良いだろう」と思って、彼の背中をそっと(できるだけ優しく)叩いた。
「ま、まあ、仕方ねぇよ。挑戦には、失敗が付き物だし」
仲間は、俺の声に応えなかった。
「うううっ」と唸った声が、何とも痛々しい。ついでに「ちくしょう!」と叫んだ声も。
彼は俺の目を睨むと、悔しげな顔で俺にキューブを渡した。
「はい」
「え?」と、驚く俺。「い、良いのか?」
「良いよ」
仲間はまた、「わんわん」と泣きはじめた。
「美少女にならないオモチャなんて。たとえ、レアでもスペシャルゴミだ」
スペシャルゴミに少し笑いかけたが、ギリギリの所で押しとどめた。
「やるよ」
「え?」
「それを貰って、うううっ。また、女の子とイチャコラすれば良いんだ!」
仲間は俺の制止も聞かず、まるで子どものように、店の中から出て行った。
俺は、右手のキューブを見つめた。
金色に輝く、スペシャルレアのキューブを。
俺はそのキューブをしばらく眺めたが、周りの小学生達が「あっ! スペシャルレアだ」と騒ぎはじめたので、鞄の中に「それ」を仕舞い、急いで自分の家に帰った。
「た、ただいまぁ」
「おかえりなさい」と、母ちゃん。「今日も、帰りが別なんだね?」
母ちゃんは、俺から弁当箱を受け取った。
俺は制服のワイシャツを脱ぐと、いつもの調子で、洗濯機の中に「それ」を放り込んだ。
「ああ、クラスの女子に気に入られたみたいで。帰るのも、昨日と同じくらいだと思うよ?」
「ふうん。そっか」
母ちゃんは、嬉しそうに笑った。俺もそれに笑いかえし、自分の部屋に行った。
部屋に行った後は、近くのハンガーに制服を掛けて、いつものジャージに着替えた。
俺は鞄の中からキューブを取りだし、机の上に「それ」を置いた。
「まさか、な」
二人目も出現するなんて。
「そんな」
事は、どうやらあり得たようだった。突然光り出す、机のキューブ。キューブは部屋の真ん中くらいまで飛んで、その姿をゆっくりと変えて行った。
ラミアとはまた違う、金髪の美しい少女に。
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