第172話「元魔王、煙の王騎『ヴィクティム=ロード』と戦う」
──ユウキ視点──
「あの3体の名前はヴィクティム=ロード! テトラン=ダーダラさまが国内に持ち込んだものです! あれは3人の女性によって操られています!! あの
「さすがは貴族のお嬢さん、冷静な情報提供だ」
やっぱりすごいな、オデットは。
なにが起きているのかを、わかりやすく伝えてくれた。
ここは王都にある、ダーダラ家の屋敷の大広間。
俺は『
大広間にいるのは、オデットとフローラ。彼女たちは無事だ。
今は謎の
床や壁には大量の
あの中にパーティの出席者が入っているらしい。人質ってことだろうな。
とにかく、オデットとフローラが無事でよかった。もう少し遅れていたら……彼女たちも繭に取り込まれていたかもしれない。
本当は……もっと早く来られれば良かったんだが。
ジョイス侯爵家を出るのに、少し時間がかかってしまったんだ。
俺とアイリスは墓参りのためにジョイス
アイリスは王女だ。予告もなく姿を消したら大騒ぎになる。
だから、侯爵家に素早くあいさつをしてから出発する必要があった。
立ち去る口実はこんな感じだ。
──アイリス殿下は体調不良。
──その原因は王都での急用を思い出したこと。
──すぐに王都に戻りたいのだけれど、口に出すことはできなかった。
──そのストレスで、気分が悪くなっていた。
──けれど、このままジョイス侯爵家の部屋にこもっているのは、かえって失礼にあたる。だからアイリス王女は王都に戻ることを決意した。
かなり強引だけど、こんな流れだ。
クライド=ジョイスとケイト=ダーダラには引き留められた。
それを振り切ってきたのは、アイリスをこれ以上、あの屋敷においておくわけにはいかなかったからだ。
ケイト=ダーダラの
……いや、仲間というのは違うか。
道具か、魔力供給用の生き物という感じだった。
彼女がひとりとは限らない。
屋敷のまわりに、別の誰かが潜んでいる可能性もある。
そんな場所にアイリスを置いてはおけない。
だから俺とアイリス、マーサと護衛のジゼルは、馬車で屋敷を離れた。
王都から連れてきた兵士たちも一緒に。
ちなみに、護衛ノインは縛り上げて、馬車の中に隠した。
近くの町の宿に入ったあとは、アイリスから兵士たちに『少し休みます。朝まで起こさないように』と言ってもらった。
それからアイリスは、マーサの服を借りて、メイドに変装。
そこまで済ませてから、俺とアイリスは宿の窓から、空へと飛び出した。
マーサの護衛はジゼルにお願いした。
ふたりには、朝まで部屋から出ないように言い残しておいた。
それから俺は、人気のない場所で
謎の
「オデットが屋根を吹き飛ばしてくれてよかった」
屋根を吹き飛ばした『地神乱舞』は
おかげでテトラン男爵家の屋敷の位置が一目でわかったんだ。
「人質を取られたのは……少し面倒だけどな」
広間には
サイズは他の『
半透明で、胸のあたりに赤黒い結晶体がついている。煙の『王騎』の中には、人間っぽい姿が見える。たぶん、帝国皇女ナイラーラと良く似た少女たちが入っているんだろうな。
それだけじゃない。
人型の後ろには、人の
ノインと一緒にいた『第4司祭フェンバルト』の頭部にそっくりだ。
そういえば、護衛ノインのアイテムを『
『──第4司祭フェンバルト、分体9号』
『──
『──1体が沈黙したところで問題はない』
──と。
『聖域教会』は人間やゴーストをコピーする研究でもしていたのか?
まさか……それで戦力を増やそうとしていたとか?
あるいは『完璧な人間』を生み出すための手段なのか?
……嫌だなあ。
魔術の研究と聞くと、普通はワクワクするんだけど……こいつらは別だ。
ヴィクティム=ロードからはおぞましさしか感じない。
こいつらはなんで、こんなものを王都に持ち込んだんだろうな。
「とりあえず目的を教えてもらえるか?」
俺はヴィクティム=ロードの中にいる少女たちにたずねた。
声は魔術で変えてある。本人特定を避けるために。
「王都の真ん中で、得体の知れないマジックアイテムを持ち出して……あんたたちはなにをしようとしてる?」
「──それはこちらの言葉」
回答があった。
声の主はヴィクティム=ロードの中で、ぼんやりとした影になっている。
中の人が今、どんな表情をしているのかはわからない。
ただ、声だけが淡々と、広間に響いている。
「──あなたはあやしい」
ヴィクティム=ロードの中の人は言った。
「──黒い
「──それは失われたもの。
「──使っているお前は何者か」
返ってきたのは、俺の質問の答えじゃなかった。
まあ、そうだろうな。
敵にとっては、俺は
だけど、ひとつわかったことがある。
こいつらは『聖域教会』の中枢部分と関わっている。
声の主は『黒王騎』を『失われたもの。奪われたもの』と呼んだ。
それは事実だ。
『黒王騎』はライルとレミリアが『聖域教会』から奪ったものなんだから。
だけど、それは200年前のできごとだ。知る者は数少ないはず。
なのに『ヴィクティム=ロード』の中にいる連中は、そのことを知っていた。
つまり、こいつらは200年前の情報にアクセスできる立場にいる。聖女ナイラーラのそっくりさんか、コピーかは知らないけれど……こいつらを捕まえれば、今の『聖域教会』についての情報も手に入るはずだ。
「おたがい、まともに話をする気はないみたいだからな。まずはヴィクティム=ロードから出て来てもらって、それから話をさせてもらう」
俺は『黒王騎』の翼を広げて急降下。
真下から、ヴィクティム=ロードに向かって手を伸ばす。
だけど──
「──人間は、すぐにこわれるよ?」
突然、
半透明の煙で出来た繭だ。
中には人間が入っている。ローブを着た若い男性……ドノヴァン=カザードスが。
「──あなたの『
「──死んじゃうよ。いいの?」
「──貴族や魔術師を殺したら、あなたが怒られるよ?」
ヴィクティム=ロードは笑い声を吐き出す。
やっぱり……人質を
まあ、そう来ると思ってた。
オデットが『繭の中に人がいる』って教えてくれていたからな。敵がそれを人質にするのは予想済みだ。200年前の『フィーラ村』でも、俺はライルたちを人質にされてたんだから。
『聖域教会』は人質を使い、人を楯にする。
それは今も変わっていないらしい。
だから俺は『黒王騎』の指先で、そっと繭に触れる。
『黒王騎』が手を伸ばしたのは、攻撃するためじゃない。
あらかじめ『黒王騎』の指につけておいた『魔力血』を使うためだ。
「──発動『
誰も死なせない。
ここにいるのは『魔術ギルド』の人たちだ。
彼らはこの時代を生きる俺の知り合いでもある。見殺しにしたら後味が悪すぎる。
アリス……じゃなかった、アイリスの教育にも良くないからな。
まずは『侵食』で、敵の能力を
「────ひ、ひぃっ!?」
1体目の『ヴィクティム=ロード』から、悲鳴が上がった。
『黒王騎』が触れた
解放されたドノヴァンさんが地面に──落ちそうになったところを、フローラの風の魔術が受け止めた。
広間では
だから俺も安心して
「──敵は異様な魔術を使う。
「逃がさねぇよ!」
『侵食』が『ヴィクティム=ロード』の内部に到達する。
即座に『侵食』対策の防壁にはばまれる。
だけど、問題ない。『侵食対策』の防壁は何度も攻略してる。
『
「さすがに慣れた。30秒もあれば完全に『侵食』を──」
「支援を!! 支援おおおおおおっ!!」
「「────了解。
3体のヴィクティム=ロードの腕が変形し、
煙が変形し、刃のかたちに変わる。
振り下ろされる鎌を、俺は『黒王騎』の爪で受け止め、砕く。
だけど、敵の狙いは俺だけじゃなかった。
3体のヴィクティム=ロードは
「たちが悪いな!! まったく!!」
俺はヴィクティム=ロードへの『侵食』を中止。
代わりに
『侵食』は中途半端で終わった。まあ、人質をひとり解放できたからいいんだけど。
「それに、多少の情報は得られたからな」
3体の『ヴィクティム=ロード』と、中の人間は繋がっている。
中に入っている人間は、魔力を供給して、命令を果たすだけの存在。
『第4司祭フェンバルト』は『ヴィクティム=ロード』と中の人間を繋ぐ部品。
そして──
「……ヴィクティム=ロードは『王騎:ロード・オブ・アローン』の
『ロード・オブ・アローン』の名前は、ミーアが残した記録にあった。
第一司祭ニヴァールト=メテカリウスの『王騎』らしい。
ヴィクティム=ロードに、少しだけ興味が出てきた。
まあ、積極的にいじりたいアイテムでもないんだけど。
使ってる奴らは得体が知れないし。奴らは人質を取って、勝ったつもりでいるし。
「──黒い『王騎』から降りよ」
「──さもなければ、人質を殺す」
「──人質が死ぬのはお前のせい。お前は、王都の者から追われることになる」
「大丈夫だ。人質を取られるのは慣れてる!」
俺は『黒王騎』で急降下。
真下から『ヴィクティム=ロード』に向かって『
だけど──
「下から撃つのは予測済み」
「人質を巻き込まないためには、それしかないから」
「けれど、ヴィクティム=ロードに『古代魔術』は効かない」
──『炎神連弾』はヴィクティム=ロードに触れて、
「──愚か」
「──効かない魔術を使って、魔力を消費して」
「──そのような者に、王騎は必要な──」
「よっと」
ぶんっ!
俺はヴィクティム=ロードに向かって、屋根の
「「「────っ!?」」」
ヴィクティム=ロードが慌てて回避する。
……ちっ。
意外と動きが速いな。あいつら。
屋根の上に、オデットが砕いてくれた屋根のかけらがあったからな。敵に『古代魔術』が効かなかったときのことを考えて、回収しておいたんだ。不意打ちに使えるかと思ったんだけど、さすがに当たらないか。
この広間で『黒王騎』を使うのは難しい。
狭すぎる。それに、壁にも床にも、人質の入った
高速飛行中に触れたら、人質を傷つけることになる。
接近戦を挑めば、奴らはさっきのように人質を
俺がヴィクティム=ロードと、地上にある繭の間に入れば、一部の人質は守れる。
しばらくは、この状態を維持するしかない。
「……お前たちの目的はなんだ?」
俺は聞いた。
「人から魔力をすいあげて、儀式にでも使うつもりか? それでなにか召喚するのか? たとえば、ヴィクティム=ロードの上位にいる王騎……ロード・オブ・アローンとか?」
「「「────!?」」」
反応があった。
ヴィクティム=ロードの上位にいる王騎──『ロード・オブ・アローン』。
やつらはそれを王都に呼び込もうとしているらしい。
最悪だ。『聖域教会』の親玉の王騎って、そんなもの呼ぶか? 普通。
というか、王騎のようなものが本当に召喚できるのか?
そんな魔術があるなら見てみたいんだが……いや、駄目だな。危険すぎる。
それに、第一司祭の顔をこの国に入れたくない。
ここは俺と、うちの家族と、子どもたちが生きる場所だからな。
『聖域教会』の亡霊の親玉なんか立ち入らせたくないんだ。
「──どうしてその名を知っている!?」
「──まさか、裏切りの賢者!?」
「──儀式の速度を上げる! 人質より一気に魔力を吸い上げて──」
ヴィクティム=ロードがふたたび
俺はその前に『古代魔術』を発動する。
「『炎神連弾』!!」
ずどどどどどどどっどどっ!!
俺はダメ押しの『炎神連弾』を放ってから、『黒王騎』を真横にスライドさせた。
「──人質を抱えて攻撃する」
「──抵抗すれば、人質が死ぬ」
「──それが嫌なら、黒い王騎から出てこい」
ヴィクティム=ロードは繭を手元に引き寄せながら、ゆっくりと降りてくる。
奴らはまだ、俺の狙いに気づいていない。
なぜ、俺が効かない『古代魔術』を撃ち続けたのか。
なぜ、『黒王騎』がヴィクティム=ロードの下で、翼を広げて浮かんでいたのか。
それは──
「「「……魔法陣!?」」」
──ヴィクティム=ロードの動きが止まる。
だけど、もう遅い。
俺はずっとヴィクティム=ロードの真下にいた。
翼を広げて、地上で作業をしているアイリスとオデットの姿を隠していた。
敵が、彼女たちが描いている魔法陣の正体に、気づかないように。
「今だ。謎の仮面メイドと、地上にいる魔術師たち!!」
「はい。黒王騎さま!!」
「いきますわよ。謎の
「よくわからないですけど……お手伝いします!!」
地上でアイリスとオデットとフローラが声をあげる。
彼女たちの足下にある魔法陣は、ミーアがくれたコインに描かれていたもの。
それは──『古代器物』封印の魔法陣だ。
魔法陣の中央には小さなコインがある。
アイリスとオデットの魔力を受けて、金色の光を放っている。
そして──
「「──封印の古代器物を発動します」」
魔法陣から生まれた光の柱が──3体のヴィクティム=ロードを、包み込んだ。
「「──『正道にあらざる者の手に渡りし器物を封印する。いにしえの器物は光を失い、深き眠りにつくのが道理!』」」
アイリスとオデットの声が、広間に響き渡る。
彼女たちが口にしたのは、コインの表面に書かれていた言葉だ。
たぶん、『古代魔術文明』は『古代器物』が暴走したときの対策を立てていたんだろう。魔法陣の内部に入れることで、『古代器物』を一気に封印できるようにしていたんだ。
その光が今、ヴィクティム=ロードを包み込んでいる。
『封印の古代器物』をここで使うかどうかは、
封印用のコインは3つしか残っていない。
いざというときに足りなくなるおそれもあった。
だけど、俺もアイリスもこの時代の住人だ。
『魔術ギルド』の人たちを見捨てるわけにはいかない。
それに、ヴィクティム=ロードは『聖域教会』に繋がる手がかりだ。
ここで確実に手に入れておきたい。
第一司祭の正体と、その目的を知るためにも。
「「『
「「「────あ、ああああああああっ!?」」」
『ヴィクティム=ロード』の動きが、止まった。
突然、手足を押さえつけられたような、急停止。
その後──
「──ぐ、がぁあああああぁっ」
「──な、なんで」
「──ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃ?」
煙で作られた『王騎』は、即座に姿を消した。
胸の中央にあった赤い球体に、煙がすべて吸い込まれたんだ。
あの球体がヴィクティム=ロードの本体だったんだろう。
球体は広間の床に落下して、転がる。
3人の少女──皇女ナイラーラに似た人物たちも同じだ。
フローラが魔術で落下速度を抑えてくれたけれど、それなりの
残された3体のドクロ──『第4司祭フェンバルト』のゴーストだけ。
そして──
「いきます! 『炎神連弾』!!」
「消えなさい亡霊!! 『地神乱舞』!!」
「「「があああああああああっ!?」」」
アイリスとオデットの『古代魔術』が、消し飛ばした。
ふたりとも、相当頭に来ていたらしい。
「……黒い『
気づくと、フローラが俺を見上げていた。
「私はA級魔術師ザメルの孫です。あなたは以前に……おじいさまを助けてくださったと聞いています。そうですよね?」
「…………ああ」
「助けてくれてありがとうございます。でも、あなたは、一体……?」
「自分は『聖域教会』の敵だ」
俺は『王騎』を通した作り声で答えた。
「わ、わかりました! とてもよくわかりましたっ!!」
フローラは、こくこくこく、とうなずいた。
さすがは老ザメルの孫だ。俺が敵じゃないことをわかってくれたらしい。
「事情により、正体を明かすことはできない。『聖域教会』は強力で、執念深く、邪悪で不気味で気持ちが悪い。あいつらをあざむくには、味方からも正体を隠す必要があるのだ」
「承知いたしました!」
「A級魔術師ザメルの孫であるあなたに、許可をいただきたいことがある」
俺は続ける。
「封印された『ヴィクティム=ロード』の球体のうち、ひとつを回収したい。残りふたつは『魔術ギルド』で調査してもらえればと思う。どうだろうか?」
「は、はい。それはもちろん──」
フローラが話を続けようとしたとき──
「失礼いたします!! 『魔術ギルド』より依頼があり、参りました!!」
「ご無事ですか!? 皆さん!!」
「フローラ!? 無事なのか!? フローラ!!」
──広間に王都の兵士と魔術師たち、そして老ザメルが飛び込んできたのだった。
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いつも『辺境魔王』をお読みいただきまして、ありがとうございます。
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