第171話「番外編:マーサとレミーの、ちょっとした内緒話」

 今回は番外編です。

 時間は少し戻って、ユウキとオデットが『エリュシオン』の第5階層を調べていたころのお話になります。


 宿舎で留守番をしていた、マーサとレミーのお話です。

 ユウキの帰りを待っている間、ふたりがどんなふうに過ごしていたかというと──



──────────────────────




「マーサさまマーサさま」

「どうかしましたか? レミーちゃん」

「ごしゅじんは、ふるいいせきにもぐってるです?」

「そうですね。オデットさまたちと『エリュシオン』という遺跡いせきを調べていらっしゃいます」

「しんぱいです?」

「少しだけ。でも、大丈夫です」


 マーサは胸に手を当てて、


「ユウキさまは、必ずマーサのところに帰ってきてくれますから」

「すごい信頼なのです」

「レミーちゃんも、ユウキさまを信じてますよね?」

「もちろんなのですー」


 両手をげて答えるレミー。

 それからレミーは首をかしげて、


「でもマーサさまは、レミーとは違うふうに、ごしゅじんを信じてるみたいなのです」

「わかりますか?」

「わかります! レミーはその理由を知りたいのです!」

「……そうですね」


 マーサは少し考えてから、くちびるに指を当てた。


「ないしょにしてくれますか?」

「するです!」

「ユウキさまにもですよ?」

「が、がんばるです!」


 レミーは真面目まじめな表情でうなずいた。

 そんなレミーに微笑ほほえみかけながら、マーサは、


「マーサがレミーちゃんたちとは違うふうに、ユウキさまを信じているというお話ですよね?」

「そうなのですー」

「それはたぶん……ユウキさまと一緒にいた時間が長いからだと思います」

「なるほどなのです!」


 レミーは納得したように、うなずいた。


「マーサさまは一緒にいた時間が長いから、レミーたちよりも強く、ご主人を信じてるですね?」

「はい。そうです」

「……あれ?」

「どうしましたか? レミーちゃん」

「じゃあ、マーサさまがごしゅじんを思う気持ちは、アイリスさまと同じなのですか?」


 ふと、レミーはそんなことを言った。


「アイリスさまは、ごしゅじんの『ぜんせ』を知ってるです。200年前は『ぜんせ』のごしゅじんと長い時間、一緒にいたと聞いてるです。アイリスさまも、ごしゅじんと一緒にいた時間が長いのです! だからマーサさまと同じ……あれ? 違うですか? よくわからないですー」

「大丈夫です。レミーちゃんの言いたいことはわかります」

「マーサさまはすごいのですー!」

「だけど、マーサとアイリスさまでは、少し違うところがあるんですよ」


 マーサはレミーの髪をなでながら、つぶやく。


「実はですね。マーサは『フィーラ村』の人たちが知らないユウキさまを知っているんです」

「『フィーラ村』の人が知らないごしゅじんを?」

「はい。子どものころの……ううん、子どもでいられたころのユウキさまを知っているのは……マーサと、グロッサリア家の人たちだけなんです」


 ユウキに前世の記憶きおくがあることは、マーサも知っている。


 不死の魔術師『ディーン=ノスフェラトゥ』。それが前世のユウキの名前だ。

 その記憶を取り戻してからのユウキは、前世の記憶とともに生きている。


 アイリス王女も『フィーラ村』の子孫の人たちも、ユウキをディーン=ノスフェラトゥの転生体として接している。

 ユウキ自身も、自分を転生前の続きだと考えている。


 だけど──


「マーサは、前世の記憶を取り戻す前のユウキさまを知っているのです」


 ──グロッサリア男爵家だんしゃくけの本館でらしていたユウキを。

 ──好奇心いっぱいで、いろいろなところを探検たんけんしていたユウキを。

 ──突然とつぜんはなれで暮らすことになり、びっくりしていたユウキを。


 ──転んでひざをすりむいたマーサを、当人よりもつらそうな顔で見ていたユウキを。

 ──まだ魔術を使えないころ、必死に野犬を追い払ってくれたユウキを。

 ──使えるようになった魔術を、こっそりマーサに見せてくれたユウキを。


 ──ただの、あたりまえの子どもとして生きていたユウキを。


 全部、おぼえている。

 マーサにとって、なによりも大切な思い出だから。


「前世のユウキさまは、生まれながらにして大人の姿をしていたと聞いています」


 ディーン=ノスフェラトゥは、自分がいつ、どこで生まれたのかも知らなかった。

 物心ついたときから、大人の姿だった。

 そうして、人の世界になじめずに、さまよっていたらしい。


 その後、前世のユウキは『フィーラ村』に受け入れられて、村の守り神になった。

 村でいちばんの年長の大人として、村人たちを守り続けた。


 だから──


「『フィーラ村』の人たちは、子どものころのユウキさまを知らないのです。あの人たちが知っているのは、大人のユウキさま……ディーン=ノスフェラトゥさんですから」


 ないしょ話をするように、マーサはレミーの耳元でささやく。


「でも……ユウキさまにも、前世の記憶を思い出す前の、ただの子どもでいられた時代があったのです。そんなあの方と一番長く、一緒にいたのは、マーサなんです……あ、このお話はここだけにしてくださいね。ないしょですよ?」

「わかったです! でも、どうしてないしょにするですかー?」

「あのころの思い出は、マーサの宝物だからです」


 マーサは、普通の子どもだったユウキと知り合い、友だちになった。

 男爵家だんしゃくけ庶子しょしと、メイドの娘という関係だったけれど、ふたりは対等の友だちだった。


 その後、家庭教師カッヘルが来て、男爵家は変わった。

 そこで暮らすユウキとマーサは、支え合う相棒あいぼうになった。


 時は流れ、ユウキは王女殿下の護衛騎士になり、王都にやってきた。

 ユウキとアイリスに前世のえにしがあることがわかった。

 公爵令嬢のオデットはユウキの友人となり、ふたりは様々な功績こうせきを立てた。

 グロッサリア男爵家は伯爵家に昇格した。


 色々なことがあったけれど、ユウキとマーサの関係は変わらない。

 主従で、親友で、相棒。そして家族。


 ふたりで過ごした時間は、『フィーラ村』の人たちがディーン=ノスフェラトゥと暮らした時間にも負けない。

 マーサは、ユウキが普通の子どもでいられた時間を共有きょうゆうしてきたのだから。


 その時間はマーサにとっての宝物で……たぶん、ユウキにとっても同じだろう。

 言葉にしなくてもわかる。

 視線を交わすだけで、ちょっとした仕草で感じ取れる。


 だって、マーサはユウキの、一番の相棒なのだから。



 ──ということをマーサは、わかりやすくまとめて、



「つまりマーサは、ユウキさまが小さなときからの相棒なのです。だからマーサがユウキさまに向ける信頼は、特別なものなんです」


 マーサはレミーの髪をなでながら、そんなことを言った。


「相棒ですから、ユウキさまはマーサに背中を預けてくださっているのだと思います」

「ごしゅじんが背中を、ですか?」

「はい。ユウキさまは自分の帰る場所を、マーサに任せてくれています。この宿舎はユウキさまの拠点で、ご実家と連絡を取るための場所で、コウモリさんたちの集結地点でもあります。そして、ユウキさまが帰ってきて、落ち着いて休むための場所でもあるんです」

「言われてみれば、ここはごしゅじんの拠点なのです!!」

「マーサはそういう重要拠点じゅうようきょてんを任せていただいているのです」


 マーサは胸を張ってみせた。


「マーサがユウキさまに向ける信頼が他の人とは違うのは、そういうわけです。たがいの背中を守る相棒としての信頼ですからね。えっと……」


 マーサは首をかしげて、


「とにかく、マーサはユウキさまから拠点や……小さいころの思い出を……そういった大切なものを預けられているのです。だからマーサも特別な信頼をお返ししているわけです。えっと……ごめんなさい。うまく言葉にできないみたいです」

「だいじょうぶなのです。だいたいわかったのですー」

「よかったです」

「ありがとうございました!」

「こちらこそ、ありがとうございました」

「どうしてマーサさまがお礼を言うですか?」

「レミーちゃんと話をしたら、自分がなにを考えているか、はっきりしたからです」

「そういうものですかー?」

「そういうものです」

「人間のこと、難しいです……あれ?」

「どうしましたか? レミーちゃん?」

「ごしゅじんが帰ってきたですー!」


 レミーが玄関げんかんに向かって駆け出す。

 ユウキの足音が聞こえたのだろう。


 マーサはそれを追いかけて、玄関に立つ。

 数秒待っていると──


「ただいま。マーサ、レミー」

「おかえりなさい。ユウキさま」

「おかえりです! ごしゅじんー!」


 ドアが開き、ユウキが姿を現した。

 ローブが、かなりよごれている。

『エリュシオン』の地下第5階層で色々あったのだろう。


(あとでお洗濯せんたくをしましょう、その前に食事の用意をして……そうそう、ほこりっぽいところに行かれたのなら、ユウキさまの髪を洗ってさしあげないといけません)


 マーサがそんなことを考えていると──


「あれ? マーサ。今日はやけに楽しそうだな?」


 ──ユウキがマーサを見て、そんなことを言った。


「なにかいいことでもあったのか?」

「レミーちゃんとお話をしただけですよ」


 マーサは照れた顔で、そんなことを言った。


「それでマーサは考えが整理できたのです。楽しそうに見えるのは、そのせいです」

「そっか。どんな話をしたんだ?」

「………………おっとしまった。内緒ないしょです」


 マーサはくちびるに指を当てた。

 それを見たユウキは笑った。


 小さな子どものころと、同じ笑顔で。


「内緒かー。じゃあしょうがないな」

「はい。マーサはしょうがないので、あきらめてください。ユウキさま」

「マーサにはかなわないな」

「ユウキさまのお側にいるマーサは最強ですからね」

「そっか。それで、今日は色々あってね……」


 マーサはユウキの後について歩きながら、リビングへと向かう。


(ユウキさまはお疲れのはずです。少し甘めのお茶を用意しましょう。レミーちゃんに運んでもらって、それから──)


 ユウキの隣に座って、話を聞こう。


『魔術ギルド』には秘密が多いけれど、話せることは話してくれるはず。

 マーサの主人は、そういう人だ。


 だから、隣にいよう。

 ユウキが語ることを、すべておぼえておこう。

 ずっと彼のそばにいられるように。

 マーサは男爵家だんしゃくけに生まれた少年──ユウキ=グロッサリアの相棒なのだから。



 そんなことを思いながら、ユウキの側に座るマーサなのだった。



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 いつも『辺境魔王』をお読みいただきまして、ありがとうございます。


 村市先生のコミック版『辺境ぐらしの魔王、転生して最強の魔術師になる』9巻は、本日発売です! 紙の書籍も、電子書籍も同時発売です!

(電子書籍は事前の予約ができない状態になっていたようですが、今日から、購入できるようになっていました)


 9巻は魔術ギルドでのオリエンテーションと、がんばるオデットのお話です。

 ぜひ、読んでみてください!


 村市先生のコミック版『辺境魔王』を、よろしくお願いします!


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