第158話「アイリス王女、ジェイス侯爵家を訪ねる」

 ──ユウキたちが王都を出発して、数日後──




「「「ジェイス侯爵家こうしゃくけは、アイリス=リースティア殿下を歓迎いたします!!」」」


 俺を含めたアイリスの一行は、ジェイス侯爵家の出迎えを受けた。

 目の前にあるのは、ジェイス侯爵家の屋敷だ。

 大きい。建物だけでも、俺の実家の数倍はあるだろう。

 その屋敷の正門前に、ジェイス侯爵家の人々が並んでいる。


 中心にいるのは、年若い男性。

 きらびやかな飾りのついた服を着て、深々と頭を下げている。

 あの人が現当主、ニコラス=ジェイスだ。


 男性のまわりには正装した執事しつじたち。

 さらにその周囲を、兵士が固めている。


 ジェイス侯爵家は全力で、アイリスの来訪を歓迎しているらしい。


 王都を出発してすぐ、俺たちはジェイス侯爵家の使者と出会った。

 彼らはジェイス侯爵の命令で、アイリスを出迎えに来たそうだ。


 迎えが来るのはおかしくはない。

 アイリスはあらかじめ、ジェイス侯爵家を訪ねることを伝えている。

 ただ、目的は墓参りだから、大事おおごとにしないで欲しいと伝えたはずだ。


 なのに、実際に来てみればこの有様だった。

 先行させたコウモリ軍団によると、アイリス到着の一時間前から、この状態だったそうだ。

 侯爵領にも『アイリス殿下ご来訪』の布令ふれが出ていたとか。


 その様子に、馬車の中のアイリスもびっくりしている。気持ちはわかる。

 俺もアイリスも、こっそりと墓参りをするつもりだった。

 アイリスの祖母について調べて、ついでに、その実家を調査する予定だったんだ。


 だけど、来てみれば大騒ぎ。

 これだけ人目を引いてしまうと、極秘の調査も難しい。

 ……面倒な話だな。まったく。


「アイリス殿下。ジェイス侯爵家の方々がお待ちです」


 とりあえず俺は下馬して、アイリスの馬車に近づく。

 もちろん、『護衛騎士』として、礼儀に適った動作で。


 まわりから、感心したような声があがる。このやり方で正しいようだ。

 オデットからマナーを教わっていて助かった。

 ローデリアにもらった衣装や馬も、ハッタリを効かせるのに役に立ってる。

 帰ったらお礼を言わないとな。


「皆さま、お屋敷の前に集まっていらっしゃいます。お姿を見せてさしあげてはいかがでしょうか」

「わかりました」


 馬車の中で、アイリスはうなずく。

 アイリスの声が聞こえたのか、隣の馬車からメイドが降りてくる。

 旅の間の側仕えとなった彼女は、緊張した表情で俺たちを見ている。


 大変な役目だと思う。

 けど、アイリスの側には絶対に信頼できる人間が必要なんだ。

 だから──


「……面倒なことを頼んでごめん。マーサ」

「……大丈夫です。ユウキさまと、オデットさまからのお願いですから、精一杯勤めさせていただきます」


 ──俺がささやくと、マーサは胸を張った。


 マーサをアイリスの側仕えにすることは、俺とオデット、マーサ本人と話し合って決めた。


 旅行中は、なにがあるかわからない。

 だから、信頼できる人に、アイリスの側にいて欲しい。


 俺とアイリスはコウモリ軍団で連絡を取る予定だけど、それにも限界がある。

 いざというとき、自分で判断して動ける人が必要だ。


 俺が信頼していて、アイリスの側にいても不自然じゃない人。

 それはマーサ以外にありえなかったんだ。


「マーサはユウキさまの相棒です。相棒のお願いなら、できる限りのことはします」


 マーサはそう言って、うなずいた。


「もちろん、後で埋め合わせはしていただきますけれど」

「わかってる。面倒をかけてごめんな。マーサ」

「私も、マーサさまが側にいてくださると安心です」


 馬車の中で──外からは見えないように、アイリスは俺とマーサの手を取った。


「マイロ……いえ、ユウキさまについて、色々とうかがいたいこともありますから」

奇遇きぐうですね。マーサもです」

「あとでたくさん、お話をしましょうね」

「はい。殿下」


 わかりあったような表情でうなずく、アイリスとマーサ。


 それから、俺はアイリスの手を取って、彼女を馬車から降ろした。

 マーサは側仕えとして、アイリスの後ろに控える。

 それを確認してから、アイリスは周囲を見回して、


「お出迎え感謝します。アイリス=リースティアです」


 王女の顔で、皆にあいさつをした。


「ですが、皆さまそろってのお出迎えをいただけるとは意外でした。私は、祖母のお墓参りに来ただけなのですが……」

「王女殿下が当家を訪ねていらしたのです。全員で出迎えるのは、当然のこと」


 ジェイス侯爵こうしゃくはうやうやしい動作で、一礼した。


「また、当家は『魔術ギルド』の賢者の方とも付き合いがあります。アイリス殿下がギルドのお仕事をされていることもうかがっております。尊敬の念をこめて、歓迎しているのです」

「ジェイス侯爵さまが、『魔術ギルド』の賢者の方と?」

「はい。カイン殿下とも、よく話されている方です」

「どなたですか?」

「B級魔術師のテトラン=ダーダラさまです」


 ……テトラン=ダーダラ。

 確か『魔術ギルド』で事務を担当している人だったか。


 オデットが言ってた。『テトラン=ダーダラさまは、イーゼッタさまをユウキの実家が引き取ることに、最後まで反対していた人物ですわ』って。

 老ザメルのところに、『オデット派』の立ち上げのあいさつに行ったとき、さんざん愚痴ぐちられた、って。

 そのテトラン=ダーダラと、ジェイス侯爵家は関係があるのか……。


「そうですか。テトランさまとジェイス侯爵さまが」


 アイリスは穏やかな表情のまま、答えた。

 おどろいているはずだけれど、表情には出していない。

 さすがアイリスうちの子。優秀だ。13年間、王女をやってるだけはある。


「ぜひとも、詳しいお話をうかがえれば幸いです。王都に戻ったときに、カイン兄さまとお話ができますように」

「無論ですとも」


 ジェイス侯爵はうれしそうな顔で、答えた。


「王女殿下には、私の知ることをすべてお話いたしましょう」

「ありがとうございます。侯爵さま」

「遠慮することはございません。私と殿下は同じ祖父の血を引いている親戚なのです。庶民や、成り上がりの者とは違うのです」


 そう言ったジェイス侯爵が、横目で俺を見た。

『ジェイス侯爵は身分を大切にする人』か。

 オデットからの情報通りだ。


「あら、私は今回、庶民だった祖母の墓参りにうかがったのですが」


 アイリスはジェイス侯爵の言葉に、さらりと反論する。


「そんな祖母の墓参りに、侯爵家を頼るべきではなかったでしょうか」

「申し訳ありません。失言でした」


 ジェイス侯爵はあっさりと引き下がる。


「ですが、アイリス殿下は国王陛下と、先々代のジェイス侯爵の血を引いていらっしゃいます。祖母が誰であれ、その血の高貴さが勝るでしょう」

「血の高貴さよりも、私は今、誰と共に在りたいかを重視していますよ」

「それこそ、高貴な者の在り方ですな」

「ええ。私は大切な人たちに対して、恥ずかしくない自分でいたいと思っております」


 すごいな。アイリスは。

 王女の口調で、バチバチにやり合ってる。

 アイリスが言っているのは『血筋なんか関係ない。身近な人が大事。その人に恥ずかしくないように振る舞う』ってことだ。

 それを王女の口調で、失礼にならないように話している。


 対するジェイス侯爵は『その気高さは血筋と身分によるもの』と、返している感じか。貴族同士のやりとりってこういうものか。参考になるな。

 オデットがいたら、もう少し詳しく解説してくれるんだろうけど。


「立ち話はここまでといたしましょう。どうぞ、中へ。歓迎の準備は整っております」


 ジェイス侯爵が告げた。

 こうして俺たちは、侯爵家の屋敷へと案内されたのだった。








 ──数時間後──




『あんな言い方はないと思います!』


 その日の夜。俺とアイリスは、コウモリ通信で話をしていた。

 具体的にはディックとニールを往復させて、それぞれの言葉を伝える感じだ。


 あの後、俺たちはそれぞれに部屋を割り振られた。

 俺は幸いにも、アイリスのすぐ近くの部屋だった。

 これは俺が彼女の『護衛騎士』だということを考えてのことだろう。それと──


『ジェイス侯爵は、俺の服と馬をじろじろと見てたな。まるで、値踏みしているように』

『あの方は他者の価値を、地位や身なりで判断される方ですから』

『ローデリアはそれを見越して、俺の衣裳いしょうを決めたんだろうな』

『はい。あの場にいた人の中で、ユウキさまが一番かっこよかったです!』


 アリスの口調で答えるアイリス。

 そんな彼女に、俺は、


『旅で疲れてるだろう。今日は早めに休んだ方がいい』

『そういうわけにはいきません』

『……なんで?』

『だって、せっかくマーサさまがすぐ近くにいるんですから』


 ……そうだった。

 俺とアイリスの部屋の間には、メイドの部屋が配置されている。

 アイリスに一番近い部屋に配置されたのは、マーサとレミーだ。

 マーサは旅の間はアイリス専属だから、こういう配置になったのだった。


 マーサは優秀だから、アイリスの面倒もきちんとみてくれる。

 レミーは狐の姿になれば、こっそり俺のところに戻ってこられる。

 緊急時の連絡役としては最適だ。


 就寝前しゅうしんまえの今、マーサはアイリスの部屋で、様々な手伝いをしている。

 マーサが側にいてくれれば、俺も安心。

 そう思っていたのだけれど──


『──わかりました、マーサさま。ユウキさまの髪を洗うには、仰向あおむけになっていただくのがコツなのですね!』


 ……コウモリのニールはアイリスの口調で、そんな言葉を伝えはじめた。


『その隙に洗面器を用意すれば、なし崩しに髪を洗うことができるわけですか……さすがマーサさま。すばらしい発想です!』

『……なにを話してるんだよ』

『え? ユウキさまのお話ですけど……』

『……ユウキさま。マーサは、どこまでお話ししてよろしいのでしょうか?』

『ユウキさまが「古代魔術」に目覚めたとき、マーサさまがお着替えしてるところに飛び込んだところまではうかがいました。その先をお願いいたします!』


 マーサは転生してからの俺の暮らしぶりを、すべて知っている。

 アイリスは前世の俺のことを、よく知っている。


 そんな二人だから、俺の話題で盛り上がってる……らしい。


『とにかく、今日は早く休むように』


 俺は伝言役のディックに告げた。


『明日のうちに墓参りを済ませて、それから、アイリスの祖母の実家に行くんだろ。体調を整えておくように』

『わかりました。でも、ユウキさまは──』

『俺は、アイリスの祖母の墓の下見に行ってくる』


 まずは現場を確認しておこう。

 危険がないかチェックするのも、護衛騎士の役目だからな。

 それに──


『アイリスの祖母がミーアの子孫なら、ゴーレムの「フィーラ」が反応するかもしれない』


 ゴーレムの『フィーラ』は、今は収納魔術の中にいる。

 あれを他人に見られるわけにはいかない。

 夜のうちに呼びだして、確認しておきたいんだ。


『というわけだから、行ってくる。マーサは、アイリスを早めに寝かしつけてくれ』

『承知しました。ユウキさま』

『待ってくださいマーサさま。もう少しお話を──』


 二人からの返事を聞きながら、俺は窓を開けた。

 周辺に配置したコウモリ軍団によると、あたりに人目はなし。


 コウモリ軍団は屋敷の周辺に残しておこう。

 俺が戻るまでの間、アイリスを護衛してもらえるように。


 そんなことを考えながら、俺は『飛行』スキルを起動。

 そのまま、夜の中へと飛び出したのだった。




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・お知らせです。


 コミック版「辺境魔王」の6巻が発売になりました!

 今回の表紙は『フィーラ村』のライルとレミリアです。

 ユウキとアイリスが新たな約束を交わす第6巻を、ぜひ、読んでみてください。


 連載版は「コミックウォーカー」と「ニコニコ漫画」で読めますので、ぜひ、アクセスしてみてください!

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